第231話 ピエロ過去編 —戦闘を繰り返せば繰り返すほどその小さな確率は上がっていく—

 緊急の三傑会議の結果、皆が悩みだす。


 豪鬼は娘と同い年の少年が自分の発言で殺されるかもしれないことに悶々とし、火神は晴夫の息子という人情と魔物転生の元凶であることに対する合理主義な考えに挟まれ、銀翔は特異点という存在の少年の命をどう扱うかべきなのかを苦悩する。


 追加で結構適齢期の女狂戦士アマゾネスは日夜戦闘の最前線に立ち鬱憤を晴らす様に暴れ狂っていた。彼女の変わりようを見た者達からおっかねぇと言われるくらい素の自分を取り戻している。


 そんな新宿都庁に来客が現れる。


 ひょろっとしたもやしのように細い体と薄い線の様な糸目の男とサバサバしてそうな細身でクールな帯刀した男が受付前を黒服で横切っていった。


「ミッシー見て見ん! 東京のおねぇいちゃんやで!! めっちゃベッピンさんやな~」

「草薙さん……落ち着いて下さい。奥さんに言いつけますよ」

「アカンで、ミッシー!? それは本当にアカンやつ!!」


 指をさして鋭くツッコむ謎の京都訛りと関西弁コンボ。騒がしく廊下を歩き続ける男にやれやれと言った感じで歩き続けるが糸目のマシンガントークは止まらない。


「ミッシー、ホンマにあかんで!! 振りちゃうでッ!! 美琴はんにそんなこと言おうものなら、わいちゃんお刺身にされてお魚天国されてまうやろ!! わさび醤油でプリプリの身をガブブリンチョでステェアウェイトゥヘブンや!! レッドツェッペリンやで!!」

「天国にいけるか怪しいっすよ、草薙さんは」

「ミッシーの人でなし!! クールぶってるくせに実はごっつ熱血のくせに!!」

「別に俺はクールぶってないですよ!!」

 

 ガヤガヤと騒がしい大阪支部からの来客に東京本部の人間達は好奇な目線をおくる。それに気づいて糸目が「ん?」と三嶋から視線を外したのと合わせて三嶋も向けられている視線に気づいた。


 三嶋ははぁーとため息をついた。


 注目を浴びている糸目は嬉しそうに手を上げて見ているものに声を上げる。


「どうもまいどです、ちわー三河屋です! 三河屋ちゃうがなッ!! 大阪支部から来ました草薙総司くさなぎ そうじと申します!! 以後ご贔屓によろしくでおまっ!」


 草薙流の挨拶である。テンション高くひょうきんに明るく一人ツッコミも交えポーズを突けてやったが返ってくる声はない。皆ポカーンと口を開いている。三嶋はため息をついて草薙は固まっている。


 ――うっわー……めっちゃひいとるやん、ノリわる……東京もんは冷たいんやな……。これぞまさに東京砂漠や。わいちゃんがいくらお笑いのお水を巻こうとも枯れた大地には笑いの華は咲くことがないねんな。砂粒手をぶつけてくるような連中や。ごっつアウェーやで、ほんまに。赤外線のポイントレーザーとか照射されそうな雰囲気やん……。


 自分は何も間違ってない、東京という土地が悪いと思っている草薙の糸目が少しだけ開く。懐かしい人物との再会に草薙は嬉しさのあまり蛙の様に飛び跳ねた。


恭弥きゃうやくーんー! 貴方の総司やでー!!」

「あ……ん!?」


 廊下から現れた眼つきの悪いグラサンに飛び掛かる草薙。伊達にブラックユーモラスではないので中々の跳躍である。火神も反応が遅れていた為に腰に抱きつき愛おしそうにふざけて頬ずりする。


「もうアタイのこと離したらアカンよ!! 絶対にアカーン!!」

「離れろ、草薙ッ! うっとしいぃいい!!」

「イヤや、イヤや、ワイちゃんもう恭弥くんと二度と離れとうない!!」


 女々しい女のように悪ふざけする草薙を必死に引きはがそうとする火神。だが草薙はしつこくまとわりつき離れない。その光景を東京本部の従業員達はただポカーンと見ているだけだった。怖い火神に馴れ馴れしくしてるバカの光景が物珍しい。三嶋は頭を痛そうに抱えている。


 だが、シュッボと言う音がなった。それは火神の能力。火神恭弥はブちぎれた。離れない草薙に向けて炎を纏った腕を近づけていく脅迫する。


「望み通り焼け死ぬまで離れんじゃねぇぞ、草薙……」

「ごっつアツイやつやん!! ダメなヤツ、ソレ!? 恭弥くん、ゼッタイアカンやつやて!!」


 だが、冗談ですませないのが火神という男である。その手は的確に怯える男の顔面を掴んだ。

 

「ギャアァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 草薙の悲鳴が東京本部に鳴り響いた。





「かがみん……ホンマ容赦ないわ。あの子ゼッタイ友達あんまおらんタイプやで」

「どう考えても草薙さんが悪いですよ。それとさっきまで恭弥くんって呼んでませんでした、呼び方変わってるんですけど? 草薙さんの方が本当にあの人の友達なんですか?」

「彼女役やる時は恭弥くんやねん! 友達の時はかがみんってワイの中で決まっとるん!!」


 先程起きたことに呆れている三嶋の的確なツッコミに怒って返す、顔面にススがついている草薙。二人が東京本部に来た目的は別にふざけに来たわけではない。二人は目的の部屋の前に着きノックをする。


「どうぞ」

「おおきに銀翔はん、久しぶりどす」

「草薙くん……どうしたの?」


 突然の糸目の登場に銀翔はとぼけた顔を浮かべる。この来訪の話が入ってなかったからである。突然の押し掛けに近い状況。


「いやー、うちの可愛い新人のミッシーを紹介しよう思うてな」

「違うでしょ、草薙さん」


 草薙のどこまでも続くボケに冷静に三嶋は胸を叩いてツッコむ。二人が来た本題はそこではない。銀翔に伝えなければならないことがあったからだ。二人は銀翔の前に椅子を並べて対面に座った。


 そして、先程まで嵐の様にふざけていた二人は銀翔を前に真剣な顔つきを浮かべる。草薙が言いづらそうに口を開き始めた。


「つい先日のことやけど……」


 銀翔はただ静かに席に座って草薙の話に耳を傾ける。草薙は先の言葉を躊躇う。その横で三嶋はわずかにため息をついて目線を落とした。


「わいの細い目は一重じゃなくて、奥二重ってことに気づいたんよ」

「えっ……?」

「草薙さん……」


 呆ける銀翔の横で三嶋が寂しそうに草薙を見た。それに気づいて草薙が顔を逸らして下唇を舐める。本題を口に出したくない様に本心をおちゃらけて隠している。三嶋も草薙のことは良くわかっているからこそ、それを躊躇っているのがわかるからこそ


「言いにくいなら俺から言いましょうか」


 真剣な顔で草薙に告げた。口にしたくなくないなら俺が言いますよと。草薙は静かに首を下に落として振る。


「ミッシー、これはリーダーであるワイの役目や。これだけは譲らん」

「わかりました」


 二人の空気が重いからこそ銀翔もこれが何かを悟った。日夜魔物と戦いに明け暮れる者たちの宿命でもある。守られる側ではなく守る側の人間だからこそ何時かはそうなってしまうことがある。


 草薙が真剣に口を開いて目的を告げる。


「大阪支部で殉職者一名。金城歩きんじょう あゆむ。家族構成は妻一人で息子が二人。十歳と八歳。金城隊員の退職金と特別弔慰金ちゅういきんを申請ねがいます」

「わかった……用意しとくよ」


 苦々しい想いが室内に充満する。


 それは日常的にあるわけではないがないとは言い切れないこと。ブラックユーモラスの隊員が如何に強かろうと時として起こり得る。戦闘を繰り返せば繰り返すほどその小さな確率は上がっていく。


 誰にでも付きまとう死というものが。


 そして戦死者の家族には特例金が発布される。


 その者は人々の平和を守る為に命をとしたのだ。死ぬことによってここからさき自分の家族を守ることが出来なくなってしまうのだ。ならば、その残された者達への平和を誰かが守らなければならない。


 その為のお金である。


 用件を言い終えると草薙は席を立ちあがった。それにつられて三嶋も席を立ちあがるが、それを待たずに草薙は扉の前へと移動していた。


「では、失礼いたします」

「ご苦労さま」


 銀翔がそういうと草薙は振り返らずに銀翔の部屋を出ていった。三嶋は一礼してから急いで草薙の後を追う。急いで追いつくがさっきまでアホみたいに喋っていた男は何もしゃべらない。


「草薙さん……」


 その男がいつもと違うことが心配になる。誰よりも責任感が強いということがわかっているから。誰よりも仲間の死に対して自分を責めているということがわかっているから。


「ミッシー、たしか実家こっちの方やったな?」

「は……い」


 こちらを振り向かない草薙の問いに三嶋は恐る恐る返す。


「明日の新幹線で帰るから、実家にでも顔見せてきいや」

「わかりました……」

「じゃあ、今日は終わりや。おつかれちゃーん」

「は……い」


 草薙は背中越しに右手をバイバイと振って遠ざかっていく。三嶋は一切を自分を見ない草薙の後を追うのをやめた。


 多分、自分に見られたくないのだろうと。


 草薙が今どんな顔をしているかもわからない。けど、その表情を、その気持ちを、後輩である自分に草薙は見せたくないのだということが三嶋にはわかった。


 そして、実家に顔を見せてこいというのはいつ死ぬかわからないからということなのかもしれないと三嶋は感じ取った。



≪つづく≫

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