第227話 ピエロ過去編 —男と女は風が吹き荒れる展望ラウンジで微笑み合う—

 銀髪のトリプルSランクがいなくなった展望会で鈴木政玄は一人ワインを口にする。丸型に切り取られた窓からラウンジ内に風が吹き荒れるがそれすらも酒の席の一興と言わんばかりにワイングラスを揺らし破壊されたエレベーターホールを覗き込む。


「仮想涼宮晴夫はどうだった?」


 ワイングラス捧げその先にいるものに問いかける。


「強いね」


 女の声が返ってくる。長身で外にはねた黒髪が流れ込む風に揺れる。結わいた長い髪が胸元で風に揺れている。女は鋭い眼つきを保ちつつやられた仲間に肩をかして政玄に近づくように歩いてくる。獣人が銀翔から鼻に拳打を喰らって砕かれた骨を白い光が覆い修復をはかりながら。


 それは回復魔法の光。


 その女を前に政玄はワインを一口流し込み、置いてから小首を傾げて平然とした面持ちで問いかける。


「で、勝てる見込みはありそうかい?」

「あのレベルになると簡単にはいかないだろうね。小狼シャオランですらこの有様だ」

「すみません……」


 片言の言葉で獣人の女性は悔しそうに不甲斐ない自分を助けてくれた女を、


「お頭……」


 お頭と呼んだ。彼女は異国の人間、中国から連れて来られた獣人であるが故にまだ日本語に慣れていない。お頭と呼ばれた女は気にするなと笑みを浮かべてから政玄に返す言葉を繋げる。


「アイツはアタシにも気づいていて、こっちに小狼をわざと飛ばしてきた。どうぞ私は二人がかりでも構いませんよと言わんばかりにね」


 銀翔なり挨拶だったのだろう。戦闘に割り込んでいたもうひとつの視線にも気づいてますよと。ふむと政玄は銀翔の実力を味わうように零す。だがその表情は依然として楽しそうに穏やかな笑みを浮かべている。


 総理の前でソファーに二人の女は座る。


 銀翔に完膚なきまでにやられた獣人はシュンとして敗北の居心地悪さに体を小さくしているが、もう一人は足を開いて堂々とした様子。


「私と同等のトリプルSランクでもちょっと次元が違うね。銀翔衛ぎんしょう まもる

「まぁトリプルSランクの中で彼は対人であれば間違いなくトップだからね」


 総理の答えに眉を顰める女の横で、手合わせをした者は悔しそうに語る。


「アイツの硬さ……普通じゃない。多分……お頭の結界と同じくらい、それに動き……早すぎ。能力も……わからない。私、何もできなかった……」


 彼女も自信はあった。ダブルSランクの実力があることに。それでもここまでのレベル違いを見せつけられて自信を喪失している。何一つ引き出すことも出来ずに傷一つすらつけることも叶わなかった事実。


「小狼が弱いわけじゃないから気にしなくていい」


 女はウェイトレス姿の獣人の頭を撫でながら優しくフォローする。そして鋭い双眸で総理を睨んでから挑発的な笑みで思いの丈をぶちまける。


「アレはレベルが違いすぎる」

「お手上げってことかな?」


 総理はただ静かに女の動向を楽しみに待っている様だった。女はふんと鼻を鳴らして回答を告げる。


「お手上げ以前の問題だ。仮想涼宮晴夫としてはあの優男は不釣り合いだ」


 総理を前に肩をすくめてオーバーリアクションで如何に対戦相手が悪かったか伝える。涼宮晴夫より銀翔衛の方が強いと言ったような口ぶりで。


「戦闘技術が高すぎるね。涼宮晴夫が直感に頼った本能的な戦闘をすると聞いてるのに対してアレは修練の果てだ。動きに微塵の淀みも無い洗練された動き。アイツは完成され過ぎてる」


 先の戦闘でわかっている。小狼が中国拳法を用いて挑んだがそれを超えてきている。ただ単純に力で対抗するでもなくこちらの攻撃を未然に防ぎ攻撃を打ち込んでくる。


 それは技術だ。


「アレはだ」


 鍛え上げられた獣人を遥かに超えるほどの人の武。


「それに能力についてもわからないことが多すぎる。マナの動きはなかったことから、ヤツが能力か術の系統までは判別できる。いや間違いなく術は使っていた」


 部下の戦闘を思い出し冷静に女は状況を語る。それは見えにくい僅かな動きだったが指を動かして完全に再現する。


「総理と話している時に確かこんな動きを入れていた。印と呼ばれるものに近い。あるとしたら忍術か幻術……そうじゃないな。もっと違う呪術に近しいものを感じた……気配的には呪力だ」


 考えを口に出してあれこれ仮説を立てる。まるで先の戦闘を分析するように。


「彼の能力は陰陽術だ」


 総理が彼女の出した仮説に答えを出す。それでも女の思考は止まらない。僅かな時間の戦闘だった。それでもそこから情報を逃さない様に、ひとつでも多くの情報を推察する様に。


「ただそれだけじゃない……空中での不可解な減速」

「確かに! お頭、アレはおかしかった!」

「小狼は戦闘の最中に何かされた感じがあったか?」


 彼女の問いかけに獣人はあちこちに顔を動かして内容を思い出す。必死に戦闘に他に何か違和感はなかったかどうかを考える。しかし残念そうに答えを出す。


「……硬いしかわからない」

「多重アビリティであるのは間違いないがもう一方は情報不足か。空中での減速ができるものから絞るにしても答えが多すぎてわからない。戦闘中はおそらく陰陽術の結界を主軸に戦っただけか。拳を強化して殴りつけただけ」


 女は考え終わるとソファーに持たれて、やってられないと愚痴をこぼす。


「それだけでも十分すぎるほど強いけどね……」


 自分が鍛え上げた獣人を使っているからこそその実力差がわかる。銀翔は本気など一切出さずに場を制すことができてしまうと。だからこそ気になる。仮想涼宮晴夫であるならば。


「涼宮晴夫はアレと同等なのかい?」

「私の見立てではそう変わらないと判断するよ」


 総理の笑顔に女の頬が引きつる。総理は微笑みを崩さずに相手を追い詰める様に問いかける。


「で、御庭番おにわばんで晴夫は殺せそうかい?」


 お頭と言われた女は仮想涼宮晴夫に対して考え出た結論を答える。


「残念ながらアレを殺すのであればこちらに間違いなく犠牲が出る。少なくとも半数ないし、悪ければ七人は死ぬかもしれないね」

「そうか、わかった。さすがに十人のうち七人も殺されたのであれば話にならない。別の手を考えるよ」

「そうして頂けると助かりますよ、総理」

 

 男と女は風が吹き荒れる展望ラウンジで微笑み合う。



≪つづく≫

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