第228話 ピエロ過去編 —総理が出す答え—

 ラウンジには二人だけになっていた。


「お頭ごめん……」

「いつまでも落ち込まなくていい、シャオ。アレは相手が悪すぎただけだ。私でもあの銀髪には一対一じゃ勝てないよ」


 獣人に気にすることはないと肩を叩く。獣人にとってはショックで堪らない。どう足掻いても勝てるイメージが湧かないことが彼女を落ち込ませている。


 ただ、お頭はわかっている。


 あの戦闘に置いて重要視すべきは結果ではない。


 涼宮晴夫という男の実力を推し量ること。そのすべてに集約されている。それと対等あるいはそれ以上であろう実力を持つ銀髪。


 だからこそ、小狼が頑張った結果は十分な収穫であったと言える。


 答えは出たのだ。


 それに対してお頭は眼つきを尖らせ穴の開いて窓を見つめた。


「さて、総理が出す答えはなんなのかねぇ」


 彼女たちにとって重要なのは総理の出す指令である。ただそれに従うのみなのだ。わかったことは伝えた。あとは鈴木政玄という男がそれを踏まえてどんな命令を下すかということだけなのだから。


 それは彼女たちには分からぬこと。




「総理、お帰りなさいませ」

「あぁ、ただいま戻ったよ」


 何食わぬ顔の彼が総理官邸へと戻ると秘書が上着を預かりスーツラックへとかける。政玄はただ普段と変わらぬ様子で自席に着き机を指で三回叩く。それは彼の中でのシナリオの数を表す。どういう道筋を辿るべきか、どう判断をするべきかというシナリオ。


 そして、その音は止んでいる。それは彼の中で結論がまとまっているということ。彼女はそのタイミングを見計らいティーカップを取り出し、ティーポットにお湯を入れながら問いかけた。


「総理、ブラックユーモラスとの会合の結果はいかがでしたか?」

「まぁ簡単に言えば決裂だね。彼らは元から政府と別であることを理念としている。それを貫かれた感じかな」

「そうですか」


 秘書も解答に驚きもせず彼に紅茶を入れて差し出す。


「では、涼宮晴夫の暗殺はどうされるおつもりですか?」

「それだけどね」


 彼女から差し出された紅茶を受け取り上品に一口だけ飲み彼はティーカップを置いて秘書をみる。


「どうしようか」

「……」


 にこやかな笑みを浮かべて秘書をみやる。その姿に秘書は呆れた様にため息をひとつついた。わかっている。その表情はわざと作ったものでこの男はふざけながらも自分を試しているのだと。


 秘書はおふざけに付き合うように自分の考えを伝える。


「涼宮晴夫はトリプルSランクの超人です。それを討伐するとあればそれ相応の戦力が必要となります。おまけに国外へ逃げられたのがマズイ」


 なぜ涼宮晴夫が国内に潜伏するのではなく国外に逃げたのか。


「下手に日本から国外へ刺客を送ったとして戦闘に発展した場合、それは国際問題に発展しかねない。トリプルSランクとの戦闘であれば市街地が跡形もなくなることは目に見えてますから」


 涼宮強と鬼の戦いですら市街地は壊滅状態に陥っているのだ。鬼の戦闘ランクで言えばSランク。それとは比較にならない規模の被害を及ぼすということが国際問題になる。

 

「こちらが出来る手段としては涼宮晴夫が国内に姿を見せた時に限定されるのは必然です」


 秘書は前提条件を喋り終え、そこから次の答えを導き出す。


「涼宮晴夫を殺すとして討伐できるものは限られます。ブラックユーモラスもしくは御庭番衆でしょうか。あるいはアンゴルモアをぶつけるか……」


 総理が三回机を叩いということは三通りの未来を示唆したということを汲み取り秘書は考え付く三通りの回答を用意する。そして結論をそこから導き出す。


「現実的なものとしては御庭番衆でしょうか。これは総理の意向のみで動かすことが出来る。被害を押さえたいのであればブラックユーモラス。手間がかかる方法としてはアンゴルモア。だけど三番目はないですね。それをしてしまったら困るのは総理ですから」


 彼女はどうですかというように総理に微笑みを向ける。それに総理は一度だけ頷いた。


「残念だったね。二つまでは正解だ。しかし、三つめは自分でもわかっているようだが論外だ。ここでアンゴルモアを失うことを私は良しとしない」


 否定に僅かに秘書の眉が歪む。三通りは間違いない。だが、他に考えられる手段とは何か。涼宮晴夫に対抗できるものの存在がない。秘書は迷いながらも考えを伝える。


「山田オロチ……ではないですね。それであればブラックユーモラスを動かすのとやることはさして変わらない。総理がを使えばいいだけですから」


 秘書は総理の右腕を見てアレといった。ただ自分で言っていて腑に落ちない。政玄という男は安易にそこまでをしない。分かろうと考えに考えるがもはや思考は袋小路に迷い込む。


 それを見かねた総理は紅茶を一口飲み置いて語りだす。


「今回ブラックユーモラスとの交渉が決裂したことにより、君は私にはあると思うかい?」


 それは迷っている秘書に手を差し伸べる様なヒント。秘書は「損……」と漏らして顎に手をあて考え込む。今回の交渉決裂は痛手なのか、政玄はそう聞いてるのだ。涼宮晴夫とまともに戦うのであれば秘書があげた者たちで間違いない。


 逆に考えれば政玄に今回の会合の結果で何か得はあったのか。


「申し訳ございません、わかりません」

「そうだね。時には知らないことを受け入れるのも重要だ」


 謝る秘書を前に総理を立ち上がり窓際で腰で手を組み夜空を見上げながら語りだす。


「私がしたいことは何か。目的は何かということだ」


 総理は夜に輝く月を見ながら、唇を動かす。


「涼宮晴夫を殺したい、これが目的だ」


 それ以外にないと目を閉じて微笑みを浮かべる。だからこそブラックユーモラスとの会合を設けた。


「同士討ちしてくれるのがいわば最大の理想ではあった。ただそれは叶わなかった」


 銀翔という男はそれを拒絶し決別を告げた。それでも構わないといった様子で総理は微笑みながら指を一本立てて秘書に向ける。


「しかし、ブラックユーモラスという存在に対して私が一番されたら困ることはなんだろうね。それは涼宮晴夫の暗殺においてだ」


 そこで秘書は気づく。政玄が何を言わんとしているから。会合の目的がなんだったのか。それは銀翔も気づいていない。彼は総理の手のひらの上で終始踊らされていただけ。


「そういうことですね……」


 それは総理にとっての『得』に当たる。


「涼宮晴夫との協力を防ぐこと」


 秘書の答えに鈴木政玄はそうだと小さく頷いて立てていた指をおろした。


「それが一番の問題だった。涼宮晴夫を暗殺する上で、さらには涼宮晴夫が私の計画を邪魔する上で、手を打たれたら一番面倒なものは何か?」


 総理はゆっくりと着席し思惑通りに事が運んでいることに微笑み浮かべた。


「それはブラックユーモラスと涼宮晴夫が協力することさ。これだけは一番避けなくてはならない。なぜなら奴らは強すぎる。トリプルSランクが二人もいるからね」


 総理が指し示す二人は銀翔衛と火神恭弥。この時点で日本で確認されているトリプルSランクは五人しかいない。残りの三人は涼宮晴夫と山田オロチ。そして鈴木政玄の配下である御庭番衆のお頭のみである。


 涼宮強については現時点でまだダブルSランクと推察されていた。


 一人ですら希少なトリプルSランク。それが協力でもされれば一溜りもない。


「だからこそ今回の会合はこれでいいのさ。。使う必要もないのさ」

「そういうことですね……」


 秘書の答えに総理は仮面を脱ぎ捨て自分の右手を見て不気味な笑みを漏らす。銀翔が選んだ回答が決別であるならそれでも構わなかった。植え付けられればよかった。それだけで奴らは迷う。


「言葉は呪いだ」


 それは頭の片隅に残ればいい。その事実を植え付ければいい。


「涼宮晴夫が人を殺したということさえ彼らに理解させればいい」


 勝手にその種は育つ。疑惑がそれを育てる。分からないということが不安になり銀翔たちに迷いを起こさせる。


「それだけで彼らは涼宮晴夫に協力が出来なくなる」


 総理は口元をイヤらしく歪めて成果を高らかに零す。


「だって、彼らは正義なのだから」


 ブラックユーモラスが正義であろうとするからこそ足元を見えない泥濘ぬかるみにとられると――


「それに大体の被害も予想がついた」


 その情報すらも得た彼は何一つ損などしていない。


「最悪、御庭番衆を使えば涼宮晴夫を殺せる」


 お頭の女は言った。多く見積もっても七人と引き換えに涼宮晴夫を殺せると。


 彼は何一つ負けていない。何一つ失っていない。すべては全部自分の手のひらの出来事。交渉というテーブルに銀翔がついた時点で敗北は決まっていた。そこでただ伝えるだけで今回の目的は果たしていたのだ。


 この男は交渉で負けたことがないのだ。


 相手を揺さぶり、自分の勝利条件を隠し、言葉巧みに煙に巻いて、譲歩をした振りをして、相手が納得している裏で勝利条件を獲得する。それが交渉というもの。


「でも、こちらの手札を減らすのは良策とは言えない。そこで三つ目の案だ」

「どうなさるつもりなんですか……」


 秘書が間違えていた三番目の案。総理は紅茶の入ったカップを揺らして波紋をただ静かに眺めた。それが一番被害が少なく最良の策だとわかっている。僅かな躊躇なのかもしれない。長い付き合いだったからこそ迷いも生じる。


 だが、それは数秒の事。


 ティーカップの中の波紋が消えると同時に彼は秘書に告げた。


「時政宗を使う。御庭番衆の先代お頭であり、晴夫の師である彼には責任を取って貰おうと思う」

「わかりました、のちほど時政宗に連絡を入れておきます」

「それはいい」

 

 彼は秘書の伝達の意思を遮る。ティーカップに入った残りわずかな紅茶を飲み干し彼は秘書に意思を伝える。


「私から連絡をしておくから。時との最後のお別れになるかもしれないからね」

「……わかりました」


 秘書は迷いない総理の言葉にただ了解と返すだけだった。



≪つづく≫

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