第225話 ピエロ過去編 —涼宮晴夫の動機—

 それは秋に入る直前だった。


 私はすっかり忘れていた。何の音沙汰もなかったから。けど私の見えないところでそれは着実に私を絡めとるように蜘蛛の糸のように複雑に絡み合っていた。


「銀翔……大体の調べがついた」

「火神……?」


 急に火神が真剣な顔で私の部屋に入ってきた。ガチャっと二回音がなった。扉を閉めた音と扉の鍵を閉めた音。もっと早く異常に気付くべきだった。仕事の早い男である彼が何の連絡をしなかったという事実を重く考えるべきだった。


 政府からの話も何も入ってこないから忘れていた。


「晴夫さんの件のことだ」

「かが……み?」

 

 表情でわかってしまった。重々しく苦々しく顔を歪めている。なぜ時間がこんなにかかったかということでわかる。信じたくないから何度も繰り返して本当を捻じ曲げようと抗い続けて、それでもきっと。


「国立第八研究所をやったのは晴夫さんで間違いない」

「そうか……」


 目の前がクラクラした。受け止めるには重すぎる事実だった。彼が慎重に慎重を期して用意した答えを疑うことはない。火神だって認めたくなかったからこれだけ時間をかけて何度も何度も調べ直していたのだろう。その事実が、結果が、自分にとって不都合なものだから。


 誰にも知られたくないから私の部屋の鍵を閉めたのだ、彼は。


 紙の束がどさっと置かれ私は目を通していく。


「事件の日、晴夫さんにはアリバイがない。おまけに八王子市周辺の複数の監視カメラで晴夫さんが映っている」

「偽物という可能性は?」


 擬態や変身する能力がある。相手と同一の姿に化けることだって可能だ。


「それはない。逆に本物の晴夫さんがいない証明になっちまう」

「そういうことか……」


 火神のことだから私が考える可能性はすべて潰しきっているのだろう。擬態や変身であれば必ず本人と別人の二人がこの世に存在することになる。それでいけば、本物の涼宮晴夫はどこにいったということになる。その痕跡が日常的に消えるということは考えづらい。やるなら意図的でなければならない。


 そうなると必然的に晴夫さんも犯人になってしまう。


「動機は……」


 私は重たい口を開く。ここが重要なのだ。涼宮晴夫がなぜそんなことをしでかしたのか。あの人の行動は無意味のようで必ず何かしらの結果をもたらす。だからこそ、そこに救いを求めるしかないと。


「息子のためだ」

「えっ……」


 火神は呆れた様に私に渡した紙のページを開き指をさす。そこに映る一人の人物の写真。若かりし頃の晴夫さんの面影が残っている。正真正銘彼の子供。


 涼宮強すずみや きょう――


「この子のこととなんで第八研究所が……繋がる?」

「はぁー、その紙に書いたがソイツは」


 彼は首を横に振り信じられないと想いを込める。


「ただのガキじゃねぇ……とびっきりヤバいヤツだ」


 火神の言ってる言葉に私が眉を顰めると彼は言葉を続けた。


「話長くなるぞ」

「構わない」


 彼は私の机の向かいに椅子を持ってきて足を組む。威圧的なポーズに見えるが火神らしい。それでもヤツはどこか真面目に仕事をするのだから。


「まず特筆すべき点は既にダブルSランクの戦闘力を持ってる」

「えっ……!」

「こんなんで驚くな。これだけじゃ済まねぇ」

「いや……」


 そんな馬鹿なと言いたくなる。中学生でダブルSランクなんてものは聞いたことがない。そもそもSランクであればブラックユーモラスに入団できるほどの戦闘能力。それを超えているのが十四歳の少年。


 おまけにダブルSランクであれば既に日本で五十本の指に入ってしまう。


「おまけに無能力で異世界未経験」

「何を……言って……」

「ダブルSランクなんて書いてあるが、実質トリプルSランクだと俺はふんでる」

「そんな……ことって」


 あるわけがないのだ。異世界に行ってないものに戦闘ランクが付くなんてことがまずありえない。聞いたことがない。力は遺伝しない。だから異世界に行くまでは一般人なんだ。それが常識だ。


 けど常識は常識でしかない。イレギュラーには対応していない。


 異様な話でしかないが火神は真剣なままだった。


「それが第八研究所と関係が……あると」

「そうだ」


 分かってきてはいる。これだけの情報でも十分すぎるほどだ。そんな人間はいないのだ。他にどこを探してもいない。能力がないのに異世界にも行ってないのに人間を超えてしまっている者など普通ではない。私とは違う。私よりさらにその上だ。私には陰陽術があった。


 その存在自体に理由が存在しない。


「国立第八研究所は異世界とのゲートを研究する機関だった」

「それが……」

「そこで出た研究結果は、世界改変以降に発生しているゲートの多発はコイツが原因とされている」

「いや……どういう」


 少ない言葉しか出てこない私に向かって火神はバカらしくなったと言わんばかりに席を立ちあがった。


「この世界に魔物が発生しているのも人類が異世界にいっちまうのも全部コイツ一人が原因で全てそうなっていると。世界改変ミレニアムバグはコイツのせいで起こったってこった!」


 理解できる範疇の問題を超えている。


「たった一人のせいで世界は大騒ぎで、たった一人のせいで世界は大きく変わっちまった!!」


 火神は写真を指さして告げる。


「コイツがこの世界のバグなんだよ。特異点シンギュラリティと呼ばれるバグだ!」


 全てがこの子のせいで狂いだしたと言わんことはわかる。だからか。だから晴夫さんは。私は淡々とわかったことを口にして確認する。


「晴夫さんには動機があると……」

「そうだ」

「息子の為に研究結果を無くすために、だから……第八研究所を破壊した」

「そういうことになるなー」


 火神がイラついた口調で怒りを出す。私も彼もわかってしまっている。涼宮晴夫という人物ならその理由で動くことも。それだけの理由があればそうなることも。あの人の動機には十分すぎる理由だ。


 自分の家族の為に世界を敵に回すこと――


 それだけで涼宮晴夫という男が動くには十分だ。


 総理の言っていたことは嘘じゃないと分かり力が私の体から抜けていく。


「どうすればいい……?」

「政府の回答はお前の仕事だッ!」


 火神がイラつく理由もわかる。そうなってしまった結果に私達は何も言えない。何もできることはない。助けることさえできない。彼がやってしまった事実の方が遥かに大きいのだ。


 涼宮晴夫が人を殺したという事実が大きすぎる――


「俺の仕事は終わった……あとはトップであるお前の判断だ」


 火神は苛立ちを押さえながら言葉を吐き捨てて出ていった。一人残された部屋で私は資料を手に何か穴がないのかを見ていく。そんなことがあるはずないのに。火神という男がそれを許すはずがないのに。


 どうかと願いを込めて、真剣に何度も読み返していく。


 そこに特異点とは別の文字でその子を表す言葉が書かれていた。


 皮肉だ。それは彼が生まれた生年月日とある預言者の言葉を交えた皮肉。千九百九十九年ななの月に生まれた不思議な赤子に付けられた忌み嫌われる敬称。


 世界を滅ぼすとされた恐怖の大王。


「アンゴルモア……」


 飛んだ皮肉だ……



≪つづく≫

 

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