第224話 ピエロ過去編 —幸せが続けばいいと思った—

 俺と銀翔は二回目の診察が終わって家に帰ってきた。家の中に入ったからかシキがぴょこぴょこと胸から這い出て俺の肩に乗る。俺は銀翔にムスッとした顔を向けた。


「病院行くなら病院行くって言えばいいのに」

「あっ、ごめん! 行先言ってなかったね!」


 俺が怒りの眼差しを向けているとたははっと頭をかいてる。俺は疲れたのだ。外に出る緊張感とふざけた医者とあった疲労感。そういうものをぶつけたかった。悪気が銀翔にないとしてもだ。多分強めに出さないとニブチンの銀翔には伝わらないから。


「とりあえず、ご飯だな」

「そうだね」


 コンビニ弁当を広げて二人で食卓につき食べる準備をする。銀翔が座っている間にインスタント味噌汁とかを用意して俺は飲み物を入れる。


「やっぱり、なにか手伝うよ」

「銀翔はいい。これは俺がやるから座ってろ」


 家に住まわせてもらって生活もさせてもらっている分どこか返さなきゃ割に合わない。俺は借りを作るのがイヤなんだ。俺の肩に乗っていたシキが台所に降りて、自分は手伝うとジェスチャーして俺が作った味噌汁などをテーブルに移動してくれた。シキが動くってことは銀翔の助けを借りてるのかと俺は飲み物を注ぎながら首を傾げる。


 いただきまーすという声と共に食事が始まる。


「なんだよ……」

「うん」


 母親のように俺が食べるさまをじっと眺めている。


「ジロジロ見てないで、自分の食べろよ」

「食べるよ」


 そういいながら不愛想な俺をニコニコして見ている。食べてない。気持ち悪い男だ。触れてないから今何を考えてるのかがわからないけど、どうせロクでもないことだ。


「今日は疲れちゃった?」

「まぁそれなりに」

「人混みが嫌い?」

「好きな奴なんているのかよ」

「確かに。セッキーは悪い奴じゃない。彼も味方だよ」

「どうかな」

「僕は嬉しいかったよ。ずっと僕の手を握ててくれて♪」

「なっ!」


 何言ってんだこのおっさん!? ホモっぽい!!


 銀翔は嘘をつかない。コイツは心から喋ってるとわかるから俺の顔が赤く染まっていく。言ってることがわかってる。関口って医者に対しての反応と銀翔に対しての反応が違うから勝ち誇ってるんだ、コイツは……。


 俺は照れ隠しに顔を顰めて答えをでっちあげる。


「アレは俺じゃなくてお前が握ってるんだ!」

「そうか……確かに」


 バカなんじゃねーの。ホントバカじゃーねぇの!! そうやって簡単に騙されやがって。俺が握って離さなかったんだろうが。何が確かにだ! なんで俺が恥ずかしがんなきゃいけないんだよ!!


 銀翔の言葉に翻弄されながら耳まで熱くなる俺は急いでパクパクと少量のコンビニ弁当を頬ばっていく。俺が喉を詰まらせて胸をトントン叩くとシキが味噌汁どうぞみたいに器を持ち上げてくるのを受け取り、流し込む。


「ゆっくりでいいからね」


 ヤツは微笑んで俺にいう。


 変なやつだ。変な奴だ。コイツは変人だ。ペースが乱される。いままで会ったことがない人種の人間。優しいだけで出来てるような変人。だから恥ずかしくて目を背けたくなる。それでいて触れていたくて離れたくなくなる。


「銀翔……も、いいかげん食べろよ」

「そうだね、食べなきゃね。洗い物が出来ないか」

「そういう意味じゃな……い」

「えっ?」

 

 俺が恥ずかしくなって口をもごもご動かしたから聞き取れずにきょとんとしてる。それが腹立つから


「早く食べろって!」

「あっ、うん」


 声を荒げて恥ずかしさを隠す。


 二人だけの食卓。


 そんな感じでそれが日常になっていく――


 アイツは他愛のないことをずっと喋る。


 だから、本当にゆっくりと俺は少しずつ俺のことを話していく。


「俺の能力は触れると相手の心が読めるんだ」

「へぇ……えっ?」


 たまにびっくりさせてやったり、


「だから銀翔が何を考えてるかわかるぞ、俺は」

「そうだったの!? あーどうしよう、どんなこと考えてたんだろう、僕」

「銀翔は変なことばっかだ」

「えー、ちょっとどういうこなのー、僕って変なの」

「お前は変だよ」

「えっ?」


 意地悪にからかって遊んで笑ったり、


「けど、僕はこれからも一緒に寝るからね!」

「俺に覗かれてもいいならご勝手に」

「ぜったい一緒に寝てやる!」


 不貞腐れている銀翔とか見たり悪くない生活だった。


 二か月経って梅雨に入ると呼び方が変わった。


「ハジメは、どんな異世界だったの?」

「デスゲーム」

「えっ……」

「人と人が殺し合うような世界だった」

「そうなんだ……」

「なんでお前が泣くんだよ……銀翔」


 段々とゆっくりと俺は俺の事を銀翔に喋った。辛かったことや苦しかったこと。ヒロインを殺してしまったこと。少しずつ言葉にして吐き出して言った。少ない言葉だったから時間がかかる。喋るごとに苦しくなったりして吐きながら立ち止まったり。だから時間がかかる。


 でも、銀翔はちゃんと聞いてくれる。少しずつでも長くても傍にいて、ずっと聞いてくれる。底抜けにバカみたいに優しいから焦らせずに待ってくれる。歯抜けのような言葉でもちゃんと受け止めてくれる。


 ニコニコ優しく笑って。


 だから、俺は俺の事を少しずつ喋っていけた。苦しくても銀翔なら聞いてくれるとちょっとずつ吐き出していった。心が少しずつ軽くなっていた。心から絶望を吐き出していくと楽になっていった。ダムの様に溜め込んだ泥水が少しずつ綺麗になるように心が澄んでいくのがわかった。


 いつのまにか秋になった。骨と皮だけの体に少し肉が付いた。


「はじめ、まだ吐いちゃう?」

「まぁ……少しだけど。まだ」

「影はまだ見える?」

「たまにだけど……見える」

「怖い?」

「怖いけど……シキが守ってくれるから大丈夫」

「そうか」


 隠さず話せるようになった。ちゃんと受け止めてくれるから。俺の事を守ってくれるから。俺は安心して話せるようになった。


 段々と生活ができるようになった。外にも一人で買い物へ行けるようになった。夕食の買い出しをスーパーで一人できるようになった。胸ポケットにシキがいるけど出来るようになった。


 どこまでもこんな生活が続けばいいと思っていた。辛かったこともあったけど、温かい日々だった。このままでもいいと思っていた。このままでも幸せだったのかもしれない、銀髪男との二人の暮らしは。


 ただ、次第に銀翔の帰りは遅くなっていった。


「……廊下で倒れてる」


 廊下に行くと銀翔が疲れて倒れている。俺は寝息を立ててる銀翔を担ぎ上げて寝室に運ぼうとした。身長が高いせいかやけに重かった。その時に触れたからわかった。銀翔が何で悩んでいるのか。銀翔が何で仕事が遅くなっているのか。


 触れた俺にはわかってしまった――


 絶望が終わらないということが。


特異点とくいてん……」


 そんな存在のヤツがいることを俺は初めて知った。


 不幸な俺はソイツが原因で世界がおかしくなったということを知ってしまった。


 不幸な俺に幸せな日々は続かない。



≪つづく≫

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