第223話 ピエロ過去編 —初めてのお出かけ—

「今日はお出かけしようか、櫻井くん」

「へっ……?」


 温かい陽気が溢れる四月の終わりに銀髪の男はそう言って、俺はとぼけた顔を浮かべた。


「はぁ~……」


 憂鬱なため息がでる。どうやら銀翔は休日で仕事が休みのようだ。その一日を使って俺を外に連れ出すということらしい。俺は憂鬱なまま外に出れるように銀翔が用意した服に着替えをすませる。外に出るのがすこし怖い。


 外には雑音を鳴らす奴らがたくさんいる。


 今は銀翔だけしかいない部屋だったらから、それなりに強がれた。綺麗な音しかない世界だから安心できた。そこに多くの雑音が混じるのが不安でしょうがない。


 だから俺は憂鬱なんだ――


「こっちだよ」


 俺は銀翔に手を引かれ外を歩く。不快だ。休日のせいか人混みも多い気がする。おまけにここは新宿。人の多さにかけては都内でトップクラスだろう。不快だ。春なのに空気が排気ガスで濁って見える。不快だ。人の話し声がガヤガヤト耳障りに聞こえる。不快だ、不快だ。車の走る騒音がうるさい。


 電車が通ってけたたましく鳴る音が不愉快だ。


 うるさい……うるさい……雑音ばかりが聞こえる。両手で耳を塞ぎたくなる。


 音が怖い……クスクスと笑っている声が不気味に感じる。目を開けているのがイヤになる。


 嘘だらけの雑音に支配された世界が怖くてイヤだ。


 大丈夫?


「大丈夫?」


 綺麗な音が近くで鳴った。俺は思わず音の持ち主の顔をみる。声と心が重なっている旋律。どこまでも心地よく綺麗な音。それが――銀翔の音。


 安心して照れくさくなって顔を下に下げると胸元で白い紙が俺の顔を覗き込んでいた。


「シキ……お前ついてきたのか?」


 ダメだった?というように小首を傾げる式神かわいい。そこで銀翔がシキに気づいて、


「持ってきたの……」

「いや、着いてきた」

「あっ……そうか。君から離れないで守れって命令いれてたんだっけ」


 額に手をあてて困惑する銀髪に俺はちょっとクスっと笑った。命令した本人が忘れているのがおかしい。けど銀翔はそういうやつだ。それにシキは着いてきてくれた。ずっと俺を守ってくれる。シキはそういう存在だ。


 俺には心強い味方が二人もいるから、大丈夫。


「シキも一緒でいいでしょ、銀翔?」

「いいか、とりあえず人前では動かない様にしておくから」


 俺の服の胸元にシキが隠れるように戻っていく。安心した俺を見届け終わったようような感じで。そして銀翔は俺の手を引いて歩いていく。周りでパシャっと音が鳴った。それに銀翔が少しイヤそうな顔をした。


「写真の音って嫌いなんだよね、僕」

「なんで?」

「なんか自分が撮られているって感じちゃって、僕の方に向いてる気がして……おそらく後ろのビルとか景色とか取ってるだけなんだろうけど」

 

 はぁ?と何言ってんだコイツと俺は顔を歪める。


「一人で勝手に勘違いして自意識過剰になってるのに自己嫌悪しちゃうから、ダメなんだよね、ははは」


 コイツ……気づいてないのか。俺は携帯でパシャパシャ撮っている女子高生たちをみる。明らかに銀翔を撮っている。あの人ちょーやばいとかまじモデルみたいとか芸能人かなとかJKらしく頭の悪い美辞麗句を並べたてきゃっきゃしている。


 そして触れた先からわかる。銀翔の言葉に嘘はない。本気でそう思っているこの男。気づいていない。自意識過剰どころか大分自意識が低い。この男は騙されやすそうだし、騙しやすそうだ。


「着いた、ここに君を連れてきたかったんだ」

「うん?」


 銀翔の声に俺が目的地を見ると大きな病院があった。


「じゃあ行こうか」

「お……う」


 中に入ると受付前で多くの人が診察を待ちをしている。その横を俺と銀翔は何も言わずに通り過ぎて診察室へと向かっていく。能力でわかるけど顔パスってなんだろう。手を繋いでるせいで銀翔が胃薬中毒者とかいらん情報が頭に入ってくる。


 中毒って、どんだけ心労抱えてんだよ……銀翔。


 診察室に入ると小太りグラサンの医者がいた。見た目からしてやぶ医者っぽい。頭がよさそうな清潔感とかない。そんな相手に俺が訝し気な視線を送っているとヤツは俺に向けて驚愕と言わんばかりに目を開いている。


「まじか……」


 何がマジなんだよ……。医者がマジとか使うなよ……。女子高校生じゃねぇんだから……。


 ヤツは俺に向けて歩み寄ってきていきなり眼球にペンライトをあててくる。


「まぶしッ!」

「おう、おう! 生きてんな!!」


 俺はすぐさまに睨むように銀翔の方を見た。なんなんだコイツはと。すると不思議と手から情報が流れ込んできて会話しなくてもわかる。どうやらセッキーらしい。俺が動かない時に一回診察した経緯があるみたい。


 ぼんやりしていると、ヤツの手が俺の頭に触れようとした。


「触るなッ!!」


 俺の出した拒絶の声にビックリして医者は手を引っ込めて銀翔もビックリしている。俺は銀翔の手をぎゅっと掴みながら医者を睨み続ける。


「わかった……わかった……触らねぇから」


 俺の出す殺気に負けて医者は両手をあげて後ろに下がっていき、自分の椅子に着いた。銀翔の心の声が大丈夫、大丈夫、悪い人じゃないからと伝えてくる。けど、それは嘘かもしれない。銀翔はバカだから騙されやすい。コイツの言う情報を鵜呑みにするのは危険だ。だから俺は警戒を解かずに鼻息を荒くする。


「銀ちゃん……まぁひとまずよかったな」

「うん……大分元気になってきたんだけど」


 俺の頭上で言葉を交わす二人を他所に俺は獣の様に殺気を出し続けた。そうしていると後ろから抱きかかえ上げられた。


「何すんだよ、銀翔!」

「大丈夫だから、落ち着いて」


 力が強すぎて逃れられない。後ろからぬいぐるみでも抱きかかえるようにアイツは全身で俺を包む。そして一緒の椅子に座った。思わず警戒していた意識が恥ずかしさに持ってかれる。中二にもなってこの状態で診察されるのは恥ずかくて少し意識が持ってかれそうになるところをグッとこらえた。


 医者への警戒は解かない。どいつもこいつも厚い化けの皮を被っている。


 誰も信じない――


 知っている。お前らが平気で嘘つくことを――


 お前らが笑いながら人を騙すことを俺は知っている――


「銀ちゃん、この子は獣かなんかに育てられちゃった系な感じなの?」

「いや、本当はいい子なんだよ。私が仕事に行ってる間に家事とかやってくれるし」


 とほほと言った感じで銀翔は医者に返す。俺は睨み続ける。簡単に心を許せばそれは死につながる。信じれば裏切られる。そんな当たり前のことを俺は知らずに育った。異世界で知ったんだ。人は人を平気で騙す、裏切る、そして殺すんだ。


「あんまり怖い目すんなよ……」

「気安く話しかけんなッ!」


 銀翔は特別だ。銀翔みたいなやつはいない。この音を鳴らせるのは銀翔だけだ。銀翔だけは特別だ。他のヤツが奏でる音は汚くて不快だ。誰も俺に触るな。誰も俺に近くづくな。誰も俺に関わるな。


 殺すぞ――


 俺の頭がコンと軽く殴られて俺は上を見る。


「櫻井くん、殺気出しすぎだよ。そんなに怖がらなくていい。セッキーは君の味方だから」

「……ふん」


 銀翔が頭を叩いてきた。銀翔の顔が怒っているせいで俺は不機嫌にうつ向く。


「そうだ、俺は味方だ。お前との約束は破らねぇ。お前が触るなっていうなら絶対に触らねぇから」


 ヤツは真剣な目で俺に語り掛けた。最低限の譲歩だろう。言葉では何とでも言える。


「治療の手助けをさしてくれ」

「治療……?」


 俺が眉を顰めるとヤツは少しだけ前かがみになって俺の眼を下から見つめる。


「まだ吐いたりして苦しいんだろう?」

「なんで……」


 俺が吐いてるのがバレている。どうして……。トイレは吐いたあと綺麗に掃除してあったはず。吐いた形跡も何も残していない。俺は慌てて銀翔を見る。


「悪いが何かあった時の為に式神から伝達を貰っている」

「……そういうことか」


 俺は胸に手をあててボソッと呟いた。大体わかった。心と言葉が重なっている故に嘘はついていない。銀翔がそれをこの医者に相談していたんだろう。銀翔はこの医者と旧知の間柄でコイツを心底信用している。別に銀翔には騙していた気持ちも無い。


 俺を想っての行動だ。俺は医者を見つめ、言葉を出した。


「吐いてる」

「そうか」


 俺の答えを医者は深く飲み込むように、考える様に上を向き、


「大分辛かったろうな……苦しかったろう……」

「なっ……」


 眉間を押さえて涙を流し始めた。ヤツは鼻をすすり涙をふき取ると力強い目で俺を見据えた。


「けど安心しろ! お前にちゃんと味方がいる! 俺の事は別に信じなくてもいい。銀ちゃんのことだけを信じろ!!」

「……」


 何言ってんだ……と眉を顰める俺にヤツは膝を強く一回パンと叩いた。


「まだこれからも苦しみが続くかもしれない。ただその時に必ず味方がいることを思い出せ」


 確かに銀翔は味方だ。ずっと触れているからわかる。コイツは正真正銘の味方だ。


「そしたら死のうなんて思えなくなるからよ。お前が死んだら銀ちゃんが悲しむからよ!」


 俺は銀翔の顔を見上げた。ヤツは目を閉じて優しく一回だけコクっと頷いた。そうだよと心で言った、どこまでも優しい音で。


「わかった」


 医者が言いたかったのは死ぬなということだ。自分で死のうとするなということだ。


 それだけは良くわかった。


 そしたら、銀翔が悲しむってことが――



≪つづく≫

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