第222話 ピエロ過去編 —シキがいると安心する―
俺だけにしか聞こない音がある。
触れると頭や心に流れてくるもの。
それは音楽に似ている。俺の心をかき乱す様に奏でられる。明るい音と暗い音。耳から聞こえる言葉と心の音が違うと不協和音になる。まったく合ってない音の旋律。調和しないで不安定な感じを受ける。
俺だけにしか聞こえない音。
聞いてて不安になる。ノイズになってチグハグな音程を出し続ける。相手の表情と一致しない心の声が怖いと感じた。見ているものが嘘になって信じたものが壊されていくのが恐いんだ。ボタンをかけ間違えているシャツのように歪んだ世界。
触れればわかる。どいつもこいつも嘘ばかりだ……
ここは嘘で塗り固められた人間の世界。
俺だけの音は聞こえない。
自分の音だけが聞こえない。自分に触れても何も聞こえない。俺は俺の音を知らない。他の人の音は聞こえるのに自分の音だけは隠されたままで、聞けなくて、見えなくて、見つからなくて、俺は俺の音を知らない。
それが不安で、不安で、仕方がない。
俺は俺の事を知ることが出来ない。
きっと俺もアイツらとさして変わらないのだろう。
嘘をついて、誤魔化して、偽って、騙して、脅して、蹴落として、欺いて、貶めて、罵って、裏切って、奪って、殺して――
殺して、奪って、繰り返して――
繰り返して――
失って、捻じ曲げて、忘れて、何も無かったことにして――
俺は笑うのか……
◆ ◆ ◆ ◆
「銀翔さん、これ定期報告書です……」
「あ……ありがとう」
渡される分厚い書類の束。しかしそれより気になるのは彼女の格好だ。なぜだろう。日に日に杉崎さんの服装が乱れていってる。制服にしわが寄ってくしゃくしゃになっている。髪もどこかボサボサしてきているし眼つきやる気なくなっている。仕事の悩みでもあるのだろうか。
以前の彼女からは想像もできないほど乱れて疲れ切っている。
「杉崎さん、今日は早めにあがってもいいよ」
「銀翔さんみたいにですか?」
「うっ……」
なんだろう、睨まれている気がする。最近早く帰ってるせいで仕事で迷惑をかけているのだろうか。しかし、私に回ってくる仕事を彼女が肩代わりすることはないはずなのだが。そもそも印鑑の押す場所も違うし。私はいつも左端だし。
何か仕事以外の話題に変えよう……。
「そういえば杉崎さんに聞きたいことがあるんだ」
「なんですか?」
彼女は小首を傾げてだるそうに答えた。私は苦笑いをするしかない。何か気の利いた話題でも出来ればいいのだが、異性に対して気さくに話しかけれらる話題など私にはない。何か軽い言葉をチョイスして。そうだ、世間話をすればいい。
「
「はぁ?」
あれ……何か不味いこと言ったかな、僕。場の空気が凍り付いてる。こんなに冷たい『はぁ?』は初めて聞いた。彼女から片目を歪めて見下ろされている。彼の体に残っている傷跡を消せそうなものを知りたいということであったのだけれど。
あまり回復がすることがない私より彼女はそういう知識に詳しいはずと思って話題を試みたのだ。だって、彼女のジョブは知的な見た目からわからないけど、
肩を震わせている。下を向いて肩を震わせている。杉崎さんの背景から何かゴゴゴッと云った気迫を感じる。
「変態につける薬はございませんッ!!」
叫ばれた。また私の部屋の扉はバタンと力強く閉められ、壁がグラグラと室内のキャビネットがミシミシと揺れている。耐震補強してあるが扉のヒンジなどが曲がってしまうかもしれない。
「やってしまった……」
何か気に障るようなことを言ってしまったに違いない。アマゾネス扱いがいけなかったのだろうか。やっぱり私は女性の扱いがとびっきり下手なようだ。いい薬ないかなと話しただけなのに部下の女性社員に変態と罵られるぐらいに嫌われているらしい。
すごく悲しい……。
◆ ◆ ◆ ◆
「シキ、こっちだよ」
俺が呼ぶと白紙の人型がちょこちょこついてくる。見てくれも小さくて歩く姿もちょっとぎこちなくて可愛い。けど、これでも俺の護衛だ。
銀翔がくれた式神に俺は『シキ』と呼び名をつけて呼んでいた。
動ける間は出来るだけ家事をやることにしている。洗濯物を洗ったり、収納を整理したり、掃除機をかけたり。ただ、外に干すのは怖いから俺は乾燥機でしか乾かさない。
やっぱり、あのベランダに出るのはちょっと怖い。
シキは何もしゃべらないが俺の周りをとてとて歩き回っている。守るぞーという意志が伝わってくる。どういう原理かはわからない。陰陽術という言葉は聞いたことあった。映画やアニメ、歴史もので出てくる。安倍清明という人が有名だ。土御門家というのも付随してついてくることがある。土御門が何かはわからない。
式神――
それは獣や使い魔、鬼などを使役したりするといったものだという俺の知識。けど、印象はまったくの別物だった。知識と現実は違う。
このシキは紙だ。顔も無いし声も無い。しかしコミカルな動きが可愛いらしい。
「シキは何も食べないの?」
食事中に聞くとシキはこくこくと頭を動かす。それで辺りを見渡してボールペンを取ってきて紙の上に食べないと書いた。しかもその字が達筆。完全に書道の文字だ。
「ほれほれ」
俺は指でシキのわき腹をコショコショする。するとシキはくすぐったそうに紙で出来た体をよじらせる。くすぐっている俺の指先にピタッと両手を添えてよじ登ってくる。たどたどしく俺の腕をうんしょと昇り肩に立つ。
俺はそのシキの可愛らしさに思わず頬ずりする。
俺の能力は触れて心を読むことが出来るものだ。けどシキなら平気だ。何も聞こえない。だから安心する。物質や心がない者の声を聴くことはできない。生きている者限定の能力。
だからシキといると安心する。
しかも、頼れる守り神。
俺が黒い影に襲われている時に助けてというとシキは俺に『どこにいる!?』とカンペのようなもので指示を仰ぐ。俺が怯えながら『そこ』と指さすとシキはそこに行ってくれて暴れまわる。黒い影は無くならないがその景色にシキがいてくれるだけで俺は安心する。おまけにシキは発光するのだ。その黒い影を無くすように小さい体で金色の光を発する。
初めて見た時はびっくりした。けど恐怖が薄れていくのがわかった。シキが守ってくれていようとすることが嬉しくて救われる。シキが出す光は温かい綺麗な光。まるで生命をつかさどっているような淡く温かい金色。
「シキ、あっちいくよ♪」
頼もしい味方は俺の後をたどたどしく歩いてくる。だから俺は安心して生活をする。もう闇に飲み込まれることはないと。
トイレで吐くことは続いても――
≪つづく≫
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