第214話 ピエロ過去編 —あの男を中心に世界は回っている―

 あれから数日経ったが、鈴木政玄から聞かされた内容が私の中でうまく咀嚼できずに胸につっかえ続けていた。簡単に内容をまとめれば、涼宮晴夫が第八研究所を潰し、そこにいた職員全員を殺した。


 何の為に?


 という、情報を聞き出せていないからこそ私の思案があれこれ働く。あの場で平静さを失い一方的に話をされただけの状況がこの状態を招いている。内容が深刻な話であるために想像がむやみやたらに掻き立てられている。


 そして、気掛かりになっているのは晴夫さんがブラックユーモラスを辞める前に浮かべていた苦悩の色。


 それが合わさり、それはどす黒く私の体にヘドロの様に圧し掛かる。晴夫さんという恩人を信じたい気持ちと首相が口にしたことの合間で揺られ続けて身動きが取れなくなっている。


 涼宮晴夫という人物について、正義か悪かと問われれば


 私は――『悪よりの正義』と答えるだろう。


 どれだけ悪く見えようともあの人は一線を超えない。あの人はそんなことをする人ではない。目的があろうと人を殺すような人ではなかった。どんな理由があれあの人が誰かを殺したことはない。


 ただ長く一緒に居てどれだけの時間を過ごそうともあの人の全ては理解できない。むしろ理解できない部分の方が大きいのではないかと思う。直観的に動いてしまうために気が付いたときにはあの人は面倒ごとに片足を突っ込んでいる。迷いなく先頭を走り問題に向かっていき、私達はあの人の背中を追うだけ。片足が沼に取られようとも持ち前の豪快さで全てを吹き飛ばして突き進んでいってしまう。


 そういう男だ。


 過程も説明もまるでないのだ。答えが見えてるかのように、ゴールに向かって一人だけで動いてしまう。だから集団は彼の行動に一歩や二歩遅れて追いかけていく。どこに進むかもわからない。不安がないといえば嘘になるが、いつも終わってみれば晴夫さんの通る道は正しかった。だからこそみんな笑ってしまう。


 あの人といるとドキドキしてワクワクしてしまうのだ。


 どこに連れていかれるのかもわからないから。


 だからこそ、晴夫さんがいなくなった今なぜそんなことをしたのか、過程の段階なのか、ゴールなのかすらもわからずに見失った背中を想像して一人考え迷うしかない。迷って初めて分かる。失った道しるべの存在は大きすぎてどこに行けばいいのかも、私一人では判断が着かずに泥濘で決断という足を止めているのが現状だ。


「おい、銀翔! テメェ何ボケっとしてやがる!!」

「えっ……」


 火神の怒鳴る声にふと我に返った。三傑会議中だというのに考え込んでいて彼の話をまったく聞いていなかったのが気に召さなかったようだ。ただでさえ私を良く思わない彼としては面白くないの一言に尽きるだろう。


 これは私が悪いの一言に尽きる。


「すまない……」

「すまないじゃねぇだろう! ちっ……何をぼーっとして気を抜いてやがる。注意力散漫すぎんだよ……」


 舌打ちで苛立ちを伝えるがどこか心配をしてる風にも聞こえるのは気のせいだろうか。火神とは晴夫さん達と同じくらいの時間を共に過ごしてきたからわかる。違うな。彼が心底私が大っ嫌いということは日々感じることだ。


「火神殿、銀翔殿は何か気掛かりなことがあるのやもしれんでござるよ」


 江戸時代の剣豪のように無精ひげを生やした九条豪鬼くじょうごうきが話題を振ってくれたことで私に取っ掛かりが出来た。ひらめきに似たようなものを感じた。火神も私より晴夫さんとの付き合いは長く、一緒に過ごしてきた彼なら何か知っているのかもしれないと。


 一人で答えを導けないなら頼るしかない。私は重たい口を開けて開口を告げた。


「二人に聞いて欲しい話がある……」


 私の出す改まった雰囲気に火神の怒気は薄まりなんだよと眉を顰めた。豪気はただ刀を抱いて静かに頷き横目だが私に注目をくれている。話そうとする内容が頭で整理できず固まりきらない。


 私自身が半信半疑であり暗中模索なのだ。


 だけど伝えなくてはいけないからこそ、私は思いつくままに彼らに語りだした。


「先日、政府から呼び出しがあったんだ」

「なんで政府が?」


 私のたどたどしい話し方に間髪入れず威圧するように火神が言葉をはさむ。だが話す内容が固まっていないからこそ、そうして聞き取ろうとしてくれることが助け舟のように感じた。


「晴夫さんの件でと連絡があったんだ」

「あの人のことで……」


 わずかに眉を顰めた火神だったが、両手を後頭部にあて椅子に思いっきり背を預けながら、


「晴夫さん絡みなら、おおかた政府予算の不正利用とか私文書偽造とかってオチだろう。もしくは脱税で経費を使い込んだか。あの人は辞めた後でも迷惑かけてくる。ホント、あの人らしいっちゃらしいがな」


 晴夫さんを思い出し懐かしむようにお茶らけて答えてきた。それに豪気も僅かに口元を緩めていた。私自身も政府と会う前はそれぐらいのことだろうとタカをくくっていた。


 だが、事は違う。


「違うんだ……もっと重い話だ。相手は鈴木総理だったんだ」

「はぁーあ?」


 背もたれから体を離し前のめりになり、なぜ話に総理が出てくると言わんばかりに火神の顔が歪む。私は表情を曇らせたままわかっている言葉を絞り出す様に二人に向けて事情を説明する。


「八王子にある国立第八研究所の事件を覚えているか」

「おいおい……銀翔」


 これだけしか伝えてないのに火神はどうやら何かを察したらしく表情が強張っていた。それ以上先を口に出すなという風にも取れる反応だったが、そんな彼だからこそ伝えたかった。


「あれは晴夫さんがやったということみたいなんだ……」


 火神は思っていた深刻な内容に舌打ちをしてから深いため息をついて態度を改めた。私を睨むように眼つきが鋭くなり話に集中するように気合が入ってる。


「それで政府は晴夫さんを――」


 私の口が言い淀む。火神の威圧に負けたわけでない。先の言葉に躊躇いが生まれているから。あの人の事を信じたいと心の底から願うからこそそれが嘘であって欲しいと思わずにはいられなかった。


「極秘に殺そうとしている」

「なんだ……そりゃ」


 総理から初めて話を聞かされた私と同等、いやそれ以上に火神の動揺が激しかった。拳を作り何度も額にぶつけて聞いたことを頭に巡らそうととするが事態の理解が進まない様子。これを信じていいのかどうなのかということとあまりにその事実が重すぎて受け止めきれないのは彼も同じだった。


「それで……」

「まだ続きがあるのか……」


 火神の声が弱くなりこれ以上は何もないで欲しいと願うようにも聞こえた。豪気ですら刀を握りしめて歯を食いしばっている。リーダーである私は本来、もっと話を整理してから彼らに告げるべきだったのかもしれない。けどあまりに一人で抱えるには重すぎて、どうにかしないとという焦りが入り混じり私は焦っていた。


 一刻も早く伝えないといけないという想いだけが先行していた。


「総理からブラックユーモラスへ晴夫さんの殺害依頼をされた」

「まさか受けてねぇだろうな、銀翔ッ!」


 火神が席を立ちあがり激怒していた。考えるよりも早く感情が飛び出したように剥き出しの怒りが私に向けられている。私も彼も過ごした時間が長い分だけ同じような反応になっている。それだけ晴夫さんに心酔していた証だ。


「受けていない……何も言えなかった」


 火神は私の答えを聞き椅子に座り、そうか…と呟いてやり切れないように首を横に小さく振るった。豪気の鋭い目もわずかに曇り下を向いている。会議室全体に重い空気が充満して伏し目がちになるだけで誰一人動けなかった。


 時計の音が鮮明に聞こえる中で、火神が両手で顔を覆い隠しながら、わずかに口を開き弱弱しい声で問いかけてくる。


「晴夫さんは第八研究所を何の為に破壊した……」


 私は痛くなる頭を手の甲に乗せ、現状を返す。


「わからない」

「晴夫さんがやったという確証はなんだ……」

「わからない……」

「晴夫さんは今どこにいる」

「国外にとしか……」

 

 火神の問いに答えを返しながら情けなくなる。あの場には私しかいなかったのに何一つ有用な情報を持って帰ってこれなかったのだ。あの人を助けるための取っ掛かりすら掴めずに私は振り回されておめおめと返ってきただけなのだから。


「ただ総理が言っていたのは第一級秘匿犯罪者というものに晴夫さんが認定されたということだけだ」

「第一級秘匿犯罪者ねぇ……」


 火神は別に私を責めるでもなく言葉を噛みしめ悔しさを噛みしめていた。なぜそんなことになっているのか、晴夫さんが何を考えてるのかわからないからだろう。聞いた内容があまりに重くて彼も潰れかかっていたせいもあるかもしれない。


「じゃあ、とりあえず出来ることは二つぐらいだ」

「えっ……」


 火神の声に驚く私に彼はまっすぐな瞳で考え付いたことを語る。


「一つは政府への回答を先延ばしすること。二つ目は」


 彼は席を立ちあがった。


「晴夫さんが本当にそんなことをやったのか調べることだ」

「火神……」

「銀翔、お前は政府の対応をしろ。何があっても回答を急ぐな。晴夫さんのことは俺の方で調べてみる。その調べた結果で判断するしかねぇだろう」


 彼が会議室を出ていき、私は少し荷が軽くなったような気がして深く息を吐いた。火神の事は私も嫌いだ。だが仕事の上では彼は頼りになることを否が応でも知っている。判断が私と比べて格段に早い。


 私は晴夫さん達が退いた後は彼がブラックユーモラスのリーダーになると思っていた。


 しかし、あの二人が選んだのは私だった。


 その意味がなんなのかを知ることはない。ただこの状況を晴夫さんが想定していたとしたら、そういうことなのだろう。火神では無理なのかもしれない。けして火神が弱いわけではない。それ以上に涼宮晴夫が強すぎるのだ。


 ブラックユーモラスの創設者である、あの人の戦闘力はいうまでもない。竜殺しドラゴンスレイヤーの異名は伊達ではない。天変地異に近い魔物である竜であっても、一人で狩れるほどの実力があの人にはある。


 ならば、その相手をするのに適任なのは――


 私ということなのだろうか。


 俺を殺しに来いということなのだろうか――


「銀翔殿、あまり深く考えすぎても良くない。やることは決まったのでござるよ」

「ありがとう、豪気……」


 豪気に肩を叩かれ私は席を立ちあがる。そして会議室の電気を消して自室へと戻っていく。


「あの人はいつもそうだ……そういう人だ」


 廊下を歩いている最中に晴夫さんを思い出しながら思わず愚痴が零れでた。


 涼宮晴夫はいつでもそうだ。あの男を中心に世界は回っている。それに引きずられる私達周りの人間は振り回されてばっかりなのだから。



≪つづく≫

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