第212話 ピエロ過去編 ーあの人達のように私も彼を救ってあげたいー
私は会社のデスクでうなだれた。
「果たして僕のしていることは……正しいのだろうか」
少年が自殺できないように監視で
一向に回復は見込めない。式神から聞くに泣いて謝っては吐いての繰り返し。あとは布団の上で静かにじーとして動かないらしい。人を殺してしまった罪悪感で苦しんでいるということはなんとなくわかる。何もないところで脅えて必死に手をかきむしったような痕がある。自分の腕が薄汚れ見えて必死に汚れた黒い部分を削ろうとしたのだろう。
「どうしたんですか、銀翔さん? 最近お疲れの様子がひどいですよ」
「……杉﨑さん」
私の顔を見るなり聡明な彼女が心配してきてくれた。相談したいがどう切り出したらいいものなのか。自害しそうな少年をいま家で保護してるんだけど、どうにも治る兆しが見えなくて悩み疲れてなどと口が裂けてもいうわけにはいかない。
何やってんるんですか……と失笑されるに違いない。
「仕事が立て込んでてね、その疲れが取れないんだ。何か報告かい?」
「はい、政府からトップと直接アポイントしたいと要請が入りまして日にちをどうしましょうかというご相談です」
「政府が……私と?」
私が眉を顰めると同じように眉を顰め彼女はそうなんですと一度頷いた。そんな話はめったにない。ブラックユーモラスはあくまで自警団。活動報告などはホームページに載せている。それは全部を開示しているかと言えば、言えないこともあるにはあるが……。
「内容は?」
「どうも前リーダーの涼宮晴夫さんに関することでと……それ以上はアポイントとの時にの一点張りでなんだかわかりません。どうします?」
「う~ん……」
晴夫さん絡みとあればもっと言えないこともたくさんある。あの人はとんでもないことを平気でする人物で、言葉は悪いが政治なんてクソくらえって人種だ。あの人にとっては自分の考えが法であり絶対的な法則。地球が何の為に回っているかと聞けば、俺様の為だと迷わず答える最強の
「空いてるとしたら、来週の火曜日かな」
「かしこまりました。そうお伝えしときます」
用件を終えると杉崎が何か言いたそうにこちらを見ている。
「なに?」
「いえ……なんでもありません。失礼いたします」
なんだかわからないけど、私の顔をみて彼女は困ったような顔して出ていった。
「もうすぐ二年か……」
晴夫さんがいなくなってから二年近く。未だにあの人の脱退は尾を引いてる。適当と思い付きで動くこと野生のごとし。本能と直感だけで生きている人型の超人。近くにいる人間を巻き込むこと竜巻のごとし。私のイメージでは、あの人が通った先には必ず人が倒れていてぺんぺん草一つ無くなるぐらいの暴れん坊将軍ぷりだった。
そんな人なのに懐かしいと感じる。リクライニングを倒して上を見上げ晴夫さんのことを考えた。
「晴夫さんは……」
いま、どこで何をしているのだろうか。二つの話が繋がったような感覚が過った。晴夫さんと少年が私に過去を思い出せる。
『俺を殺してくれよぉおおおおおお!』
あの少年の言葉に思い出せられた。かくいう私も人を殺したことがある。だからこそあの少年が何に苦しんでいるかがハッキリわかる。アレは人を殺した時の症状そのものだ。一緒に育った仲間を何人も殺した。この手で心臓を貫いた。それが彼らへの救いになると思ったから。幼い私は陰陽術で強化した
殺さなければ彼らは人間でなくなってしまっていただろうから。彼らが人である内の死を求めてきたから私は泣きながら彼らを殺した。
その爪痕は消えなかった。
あの男達に会うまでは――
あの一撃は生涯で一番効いた。何よりも重く体の芯に届き心までも揺さぶる様な拳だった。殴られ倒れている私に向かって片目を失う前の晴夫さんは言った。
『
『僕に関わればもっと傷つく人が増える。だから僕の事はほっといてください。僕は人殺しだから……』
私は追われて逃げていた。逃亡生活の途中で変な人たちに好かれ共同生活を楽しんでしまった。無理やり連れていかれた場所が心地よくて長居をしてしまったせいで晴夫さんとオロチさんを私の事件に巻き込んでしまった。
だから突き放そうとした私を、晴夫さんは胸倉を掴み引き寄せた。
『お前如きの関係者が俺らを傷つけるだと――』
本気で怒っているくせに言ってることは
『調子乗ってんじゃねぇぞッ!』
相変わらず無茶苦茶だった。
二度目の拳がさく裂した。陰陽術で強化している体にすら響く一撃だった。口から血が流れ出て、鉄パイプで殴られてもなんともない体が軋みを上げた。
『お前なんかちょっとばかし、かたーい人間ってだけだ。俺様が本気出せば大したこともねぇ。お前を追ってくる連中がいるならこの俺様がまとめてぶっ飛ばしてやる! ついでに俺様の次に強いオロチもいる!』
『お前に負けた覚えはねぇ。それについでとはなんだ、晴夫? 銀翔が困ってりゃ俺は当たり前のように助ける!』
普通なわけがない。陰陽術という異能を手に入れている僕が普通なわけがない。そしてこの手は何人も殺した薄汚れた腕だ。
『それにお前が人殺しなわけもねぇ』
だが、晴夫さんの眼が澄みきっていて迷いなく事実を捻じ曲げようとしてくる。
『僕は殺したんだ……それこそたくさん!』
『無理だ! お前に出来るわけがねぇッ!!』
大声で無理やり私の声をかき消して真実を隠そうとする。確かに殺した感触は時が経とうが未だに残っている。彼らの最後の顔を私は見てハッキリ覚えている。涙を流して死んでいった姿を。
『
『僕が殺したんだ……』
『お前には無理だよ、虫一つだって殺せねぇ――』
泣いて否定する私に男は優しく語りだした。いつも勝手で暴力的に振る舞うくせにここぞとばかりにその男の声色が優しくてそれが耳に残ったのを未だに覚えている。心に突き刺さったのをよく覚えている。
『銀坊、お前はバカみたいに優しいヤツだから』
その言葉でなぜか洗い流された気がした。いままで苦しんできたことが終わったような気になった。涙が止まらなかった。吐き出したこともなかった反動だったのかもしれない、ただ咽び泣いていた。
その横で笑っている二人がずっと冗談を言いながら、
『晴夫の言う通りだ。お前は殺せるやつじゃねぇよ……銀翔。ホンモノはもっとおっかないもんな、晴夫?』
『あー、あの白髪の殺人鬼のことは今でも忘れねぇ……』
『あれと比べたら天と地ほどさがあんだよ、銀翔』
『オロチの言う通り、ああいうのがホンモノの人殺しだ。お前に合わせてやりたいわ』
『会ったら、多分泣いてワビ入れなきゃいけねぇぞ。僕は偽モンでしたってな♪』
『間違いねぇ♪』
私が泣き止むのを待ってくれていた。
『銀坊、お前がいねぇと家事する奴がいねぇだろう。誰が家事すんだよ。俺様はやらねぇぞ』
『そうだぞ、銀翔。お前が洗濯しないと晴夫が汗臭くて敵わない』
『えっ……俺、匂うの? 体臭いの?』
『俺の女どもが言ってる。あの場所はなんかイカ臭いって。晴夫の体臭に違いない』
『テメェが女とやりすぎな……せいだろう、オロチ?』
『まぁ半分半分か』
本当にこんな時でもこの人たちは変わらない。私のせいで襲われようが、私が人殺しだと告白しようともふざけていつも通りで、自分達のやりたいことばっかで、言いたい事ばっかで、思わず笑ってしまった。
『『ささっと帰るぞ、俺らの家に』』
私に手を差し伸ばしてきた。帰るべき場所はそこにあると。
「私も救えるのだろうか……」
あの人達のように私も彼を絶望から救ってあげたい。
≪つづく≫
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