第211話 ピエロ過去編 ―バットエンドの終わらないエピローグ―
銀翔が夜遅く家に帰るとテーブルに残っている。
「……食べてないのか」
置いておいた食事はまるで手が付けられていない状態で残っていた。コンビニ弁当だが、朝置かれた状態のままそこにある。何かあった時のためにお金も合わせて置いといたが興味すら持たれなかったようだ。
少年はどうしていると
「……」
寝室を除きにいくと布団に包まり凍える身を温めるように眠っている。銀翔は横に座り彼の髪をかき上げ寝顔を確認した。
「辛かったんだね……」
少年の閉じた瞼から涙が零れ落ちている。そっと撫でて涙を拭きっとって彼は立ち上がる。ソファーに横になり目を閉じるが男は悔しそうに口元を歪めた。辛さが伝染した。自分に出来ることは少年が絶望から立ち上がるまで待ってあげることだけだ。
殺して欲しいと願う少年が生きたいと願うその日まで。
翌朝――
「うわっぁああああああああああ!」
少年の叫び声が目覚ましとなって銀翔は起きた。どうしたと、慌てて寝室に行くと彼は震えて何もない所をみて脅えていた。けど少年に見えていた。殺した人々が黒い塊となって自分のところに迫ってくるのが。
「どうしたんだい……」
「――っ」
櫻井が自分に助けてと言うようにほんの一瞬だけ眼を合わせたが、すぐに目を逸らされた。本能で怖いはずなのに、震えるほど怖いのに、助けを拒んだ。救われてはいけない。優しさに甘えてはいけない。生きていてはいけないと。
「ご飯にしようか」
銀翔もそれを感じ取ってか、特に少年から何かを聞き出すこともなく笑顔を作った。少年は何も言わずにうつ向いたまま銀髪の後を歩いてきた。昨日置いたコンビニ弁当を捨てて銀翔は新しい弁当を彼の前に差し出して対面に座る。
「いただきます」
「……」
何も答えない少年を前に彼は黙々と食事をとる。少年は座ったまま動かない。ただここで心配な顔を見せてはそれはダメだと彼は食べながも笑顔を見せ続けた。
食事が終わり仕事があるので、
「じゃあ、行ってくるから」
「……」
何も言わない少年が立ち尽くすのを背に扉を閉めた。扉一枚と隔たりが出来たことで、銀翔はようやく笑顔を崩すことが出来た。扉の隙間を縫うようにして指を動かして結界を施す。それは少年を外敵から守るためではない。
「大丈夫だから……」
少年がどこへもいけないように閉じ込める為のもの。少年が終わりを望んでいることはわかっていたから部屋という場所に閉じ込めることしか出来ない。彼にはそれが酷いことだとしてもそれしか出来なかった。
布団から起き上がり走ってトイレに向かう、
「オッエエエエエ――」
何も胃に入れなくても終わらない気持ち悪さを吐き出そうと内臓が動く。体の底から腹の底から絶望を吐き出そうと拒絶を繰り返す。生きろと体は訴えてくる。少年は死にたいと願うのに何もできない。
それは続く――
どこまで行っても終わりがないように――
櫻井はひたすら繰り返していった……
——もう疲れた……
体に力は入らない。やせ細っていく体。心は恐怖することしかできない。睡眠を取ったら襲われる悪夢。起きていても自分の腕が黒く染まっている幻覚に怯えた。その手は命を奪ってきた。ここではない世界で望まなくとも彼は奪い続けた。
――いつ、俺は……
何もない日々なのに絶望だけが彼の飲み込んでいく。
——死ねる……?
生きようと望んでなどいない。死ぬ覚悟はとうに出来てる。それでも終わらない。生きることは簡単だった。息を吸うだけで命が生きている。死ぬことすらままらない。
死のうとした日がなかったわけではない――
銀翔のいなくなった部屋でナイフを握って喉元につきつけたこともあった。
「……」
刃が喉元に触れて冷たい感触がした。自分の手で終わりにしようと思った。もう恐怖でおかしくなっていた。
——これで楽に……
やせ細った震える手で自分を殺そうと思った。
――楽……に?
そう思った時に手からナイフが零れ落ちた。床に打ち付けられる金属の音にびっくりした。自分がしようとしていることがどれだけ自分勝手なのかと。目に焼き付いて残る屍は一体たりともまともな死に方をしていないのに。
自分が殺した者たちがそれを望むわけがないと苦悩した。
「ごめんなざい……ごめんなざい……」
頭を抱えて涙を流して少年は繰り返し謝る。何も見えないところに向けて懺悔を繰り返す。楽になど死んでいい訳がない。もっと苦しめて絶望を持って奴らは毎日自分を掴んでくる。裏切りは許さない。お前が進むべきところも地獄だと彼が作り出した幻影は彼を逃がさない。
部屋の電気を付けずに布団の上に座り何もない天井を眺めていた。骨と皮だけになって栄養がない肌はボロボロになっていく。醜く汚れていく自分。確実に死に近づいていく。苦しんで怯えて何もできずに死んでいく。季節を越える前に終われるのだろうか。ふと少年は考えていた。
「……いつ終わる」
希望などない。生きる理由もない。死ぬのを許されるほど苦しみが足りない。先の事など自分のことなどどうなってもいい。苦痛が続けばいい。苦しみを抱きながら死ねるのならばそれでいい。救われたいとも願わない。自分が人を殺す醜い化け物なのだと言い聞かせ、残酷な結末だけを願う。
櫻井はじめの物語にハッピーエンドはない。残酷で悲惨な光景ばかりだった。救いがあったとしたら彼の傍らで赤い髪の少女が笑っていたことだけ。
『ハジメ、貴方って本当にダメな男ね――』
クスクスと陽だまりの用に温かくキンモクセイの香りを纏う赤い髪の彼女が笑ってくれたのが救いだった。
『けど、いつかきっと――』
それすらも嘘だと分かった先に残されたものなど、残酷な結末しかない。
少年は物語の終わりを願う。
くだらない
それが彼のデスゲーム――
その最後のエピローグに彼は魔物に家族が殺された現場を訪れる。
壊れた様に嗤って彼という少年の映画は後味悪く終わるのだ。
そして、今は描かれなかったその悲劇の終わりを生きている。
バットエンドしかない物語で終わらないエピローグの終わりを罪人は願っていた。
≪つづく≫
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