第198話 愛する我が子が殴られてますよ、高畑先生!?

 涼宮強という史上最強の逸材と共に行動することに感動で震える試験官は扉を勢いよく開けた。


「高畑先生! 学力試験をお願い致します!!」

「わかりました!」


 試験官と学力試験の担当教師はやる気に満ち溢れたやりとりをかわす。オカマの格好については置いてけぼりである。スカートで現れた人間が無視である異常事態。


 高畑の目にそれがちゃんと認識されていない。


 試験問題を作るまでの連日の徹夜の疲れ。おまけに本日一番目であるとなれば気合もより一層はいる。


「では、失礼いたします!」

「ご苦労様です!」


 頭を下げた試験官が挨拶を終えて姿勢を戻す。そして元の場所に戻る為に強の横を通り過ぎる際に、


「貴方なら間違いないわ」

「はっ?」


 期待を言葉に込めた。しかしオカマにすれば言いがかりである。何が間違いないのか。主語としては合格である。合格間違いなし。それは周知の事実であるが、オカマは何言ってんだ、この馬頭うまあたまバカはとなっている。


「それでは座席についてください。試験を始めます!」

「は……い」


 周りに誰も座らない模試会場。ちょっと不安でもあるが担当試験官はやる気に満ち溢れている。それに渋々従うように一番最前列の座席につく強。


「これから試験用紙を渡します。終わったら挙手してくださいね。交換で次の科目の試験用紙を渡しますから」

「……」


 何そのシステム?である。強が考えることは疑問だらけ。


 しかし、このダメ人間が人生で模試など受けるわけもなく勝手がわからない。言われたままに従っていくしかない。美咲からは受けるだけでいいと言われているのが拍車をかけている。


 目の前に用紙がひとつ置かれた。問題と回答欄が一体になっている。


 科目は数学である。


 涼宮強は何度かこくこくと頷く。問題を見てみたがさっぱりわからない。机に置いてある鉛筆を手に持ち、最初にやることはひとつ。書くことだ。必ず書かなければいけないものだ。


 ——涼宮美咲


「んっ?」


 ここで高畑がようやく気付く。目の前にいる男が女子の名前を書いたことに。無理のある替え玉のやり口に。氏名欄に記載された事実と現実がことなることに。


「あの……名前はこれなの?」

「これです!」


 気を使って優しく問いかける高畑に迷いなく返す、変人。覚悟などいらない。悪いことしている気など微塵もない。気後れ、するわけがない。美咲の為にすることこそが兄の絶対的正義。これだけは譲られない涼宮家の兄妹愛である。


「涼宮美咲、駒沢第二中学校です!」

「……そうなのね」


 あまりに真面目に返すものだから疑うことをやめてしまった。美咲という名前の男がいないとも言い切れない。無理くり納得しかけた高畑は自分の席に戻る時に視界に映るスカート。


 ——あれ……なんでスカートなの?


 やっとオカマ論に足を踏み入れそうな高畑。席につくが疑問が疑問を呼ぶ。なぜ女子の名前を書くのか。なんでスカート履いてるのか。おまけに女子の制服。


 強は演じ切る。そして鉛筆に力を入れた。


 気迫漲る表情。美咲の頭は良い。ならば、演じるには頭が良くなくてはいけない。


「なっ!?」


 疑惑溢れる高畑は席を立ち上がった。


 ——早いッ!?


 尋常じゃない速度で動かされる鉛筆の動きが目で追えない。真剣な表情からスラスラと回答欄を埋めていく。まるで考えている時間は刹那だと言わんばかりに。目の動きは早く問題文を読み取っている。


 ——この子……デキるッ!?


「次の問題をくれ……ちがっ、ください」

「あっ、は、はい!」


 若干美咲になりかけるのを忘れた男っぽい口調を慌てて直すのに信じられない状況に慌てる教職者。ここから一進一退の戦いが始まる。


 ——数学が得意ってこなのかしら……魔法系の子?


 渡された国語の問題を一瞬で見やる受験生。


 ——さっぱりわからん。まずは選択式から埋めるか!


 尋常じゃない動体視力。選択肢がある回答欄を一瞬で見分けて埋めていく。その姿に驚くのは教師。


 ——違う……この子、本物だッ!


 迷いのない書き出す速度。速筆を超える領域で書かれる回答。選択式が終わったあとが問題だ。


 ——下線部分での主人公の気持ちはどういったものか?


 ——止まった……?


 ——わかるわけなどない。俺に人の気持ちなどわかるわけがない。

 

 止まっていた鉛筆が回答用紙へと向かう。この男の恐ろしいところが発揮される。コイツは普通ではない。数学で1か2しか回答を書かない男。国語の記述問題など適当極まりない。


 ——とりあえず、適当に本文から抜き出せばいいんだ。こういう問題は直前の文で同じ文字数になるものを探すのがコツ!


 その見極めも刹那である。文字数を数える速さが尋常でない。句読点から句読点までの文字数と回答欄の文字数を数えてピンポイントで探す。ただわかっている。最後に入れなければいけない文字数は考慮されている。


 ——回答欄20文字。そこに気持ちって書かなきゃいけない! ということは、三引いて17文字!! 見切った!!


 ——わかったわ


 高畑は満足げな表情でうなづく。


 ――あの試験官のやる気はそういうことね。


 理解した。


 ――この子は心は女子だけど、ポテンシャルが半端ないのねッ!


 勘違いさせて理解させてしまった。涼宮強の得意技である。誰もがソイツを上手くつかめない。普通じゃないから。


 そこからはあまりの回答の速さにも驚かない。次々と試験問題を指しかえていく。名前に涼宮美咲と書いていても気にしない。こんなに自分の問題と真剣に向かい合ってくれているのだから。


 ――気持ちがいいものね……


 やりきった達成感に酔いしれる。作り上げた我が子を理解して可愛がる優等生の登場である。実際問題はその我が子はまったく理解されず、回答欄はフルボッコで殴り書きである。問題文すら読まれないものもある。選択式ならば即答である。


 ――さっき、アを書いたから次はウあたりだな。連続する箇所もそろそろ出てくるか。なら次はさらにウだ。


 確率は四分の一。涼宮強はギャンブル感覚でテストを楽しむ。出たとこ勝負である。点数など気にしない。当たったらラッキーである。それでいいと思ってる。


 だって、働く気がないまったくないのだから。


 ――終わったら美咲ちゃんの温かいお弁当が待っている!


 ――すごいやる気ね……うれしいわ。ありがとう、我が子を愛してくれて。


 高畑がコタツに入りながら冷えピタをはり、栄養ドリンクを飲みながら仕上げた努力の結晶は綺麗に加工されていく。それは一見綺麗に見えるが、ボコボコに殴られていることに高畑は気づかずに涙をふき取った。


「終わった……」

「お疲れ様でした。次の試験の指示があると思うから、それまでは控室で待機しててね」

「昼食食べててもいいですか?」

「いいわよ! 午後の試験も頑張ってね、涼宮く……さん!」

「はい!」


 ご飯を食べていいと言われ笑顔がこぼれる。お互いにやりきった笑みを浮かべている。涼宮強はうれしそうな顔で学力試験会場を後にした。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る