第197話 このオカマは超絶ヤバイッ!

 才ある者たちが生き残っていく――


 才なき者たちは沈んでいくばかり――


 身の丈に合わない重い石を選んだ者たちは


「ハァハァ……どこまでいけば終わるんだよ……」

「もう……ダメだ……」


 疲労が蓄積して倒れ込む。脱落者が増えていく。最後の試験が終わって残り二十キロだとしてもそこまでの道のりと合わせれば総距離五十キロを超している。それも平坦な道ではなく山道である。登りも下りも繰り返される。足腰にかかる負荷に耐え切れずに脱落者が続々と溢れかえる。


 第一の試験で三千人まで減ったものが、


 いつのまにか千を切っている――


 一万人は十分の一まで絞られた。さらにそこから才溢れ出るものだけが謳歌する。


 終わりの見えない戦いは精神を削る。それこそ溜まる疲労と圧し掛かる重い石が心をすり減らす。夢見る者たちに現実を突き付けるようにどこまでも重くずしりと希望を打ち砕く。


 合格者は


 その既知の事実が自分に結果を教えてくる。櫻井が考えたことを理解するものにはわかる。それがどういう意味か。いま自分のいる順位が分かってしまった時にそれをひっくり返せるのか。奇跡に縋ることしかできないのならば、このすり減った心が重さに引きづられ絶望の奈落へと堕とされていく。


 現時点で実力がなければ、進む意味がない。


 力があるものだけが、


 いま力があるものしか、


 受かることなどは出来ない。


 最後の試験はその重さに耐えた者だけが辿り着く。


「予定だとあと十分ぐらいか」

 

 いくつもの巨大な体重計が横並びにある仮校舎の校庭で茶色髪のポニテJK試験官は額へ水平に手を当て待ちわびている。才ある者を。基礎体力試験で一位になる実力のものを。


 例年より三十分早い予定。


 弓の使い手である彼女は目がいい。


「いや――」


 遠くまで見通すような目を持つ。彼女は視力の良さから駝鳥だちょうの目を持つアーチャーと呼ばれている。駝鳥は四十メートル先の蟻を見ることが出来る。蟻を見るのである。単純に遠くを見るだけなら十キロ先まで見える。


「一人異様に早いやつがいる……」


 彼女は眉をしかめる。明らかに後方の集団を引き離してくる人物。予定ですら三十分早いのにそれを超えてくる。


「なんなのアイツ!?」


 真っすぐにこちらに爆走してくる。発見が遅れたのは木々の隙間を縫うように軽いフットワークで道なき道を突っ走ってきているから。傾斜などまるで気にしていない。ショートカットして先陣をきってくる。足腰の強さが違う。スピードに慣れているのか、寸前で障害物を交わす。走りづらい足場でも軸がぶれない体幹。


 だが、驚かさせられたのはそれだけではない。


 速度もさることながら何より異様な格好。黒髪にスカートの男が小さい岩を片手に走ってくる。


「学校……やっと模試の会場か」


 男は校舎を見上げ息ひとつとして切らしていない。まるで何事もない状態。始まった時と変わらんと言わんばかり。制服に汚れはなく体に傷一つとしてない。試験官にはそれだけでわかる。コイツが異常であるということが。


 さらにオカマであるということが。


「おほん」


 咳払いで平常心を取り戻す、そのオカマに賞賛を送るように試験官は口から賛辞を漏らす。


「貴方が一番乗りよ」

「そんなの当たり前だ」


 ——このオカマ一位であることが当然と言わんばかりね……相当実力があると見て間違いない。それに不気味だ。実力の片鱗がまったく見えない。相当、隠蔽系のスキルが高いのかしら。


 オカマの自信に満ちた声に試験官は期待を膨らませる。


「じゃあ、その手にある岩をこの測定計に乗せなさい。それで基礎体力試験は終わりよ」

「体力試験だったのか……これって」


 ——何を言ってるの、このオカマ?


 ——模試ってやつは健康診断代わりに体力を試すのか……知らんかった。


 試験官の思考と強の思考が交錯する。受験であると分かっていないが故に温度差が酷い。試験官はあまり深く気にしてもしょうがないと思い、


「とりあえず、それをここに置きなさい」

「おう」


 指示を出す。手に持っているのは試験の中でも最軽量の種類の岩。それでもわかっている。涼宮強という男の実力は直に見たらわかる。オーラでもない。実際にその身体能力を見てしまえば逸材だということがわかってしまう。


 ただ測りきれないというだけ――


 それが本気の力に遥かに届かない領域の力だとしても、才覚が他と違う。


 思わず試験官も有望さに顔が綻んでいた。


 ——小さい岩を選択したのはこのタイムを叩きだす為なのね。まぁどうみてもこの子は合格組の領域にいるのは間違いない。さらに知恵まで使えるのであれば正に鬼に金棒ね。これで加点が少ないとしても間違いなく貴方は合格するわ。


 岩の重量によって加点が変わる。今までの基礎体力試験ではステータスの測定をしている。すでに七億ダメージを出している時点でこの男の加点は飛びぬけているのである。


 だが試験官はそんな結果を知らない。それでもこのタイムだけで十分に加点を得ている。上位百名に軽く残れるだろう。おまけに余力さえ感じるのだから。


 強は静かに岩から手を離す。落ちていく岩。重いものほど早く落下するわけではない。形が同じなら落ちる速度は軽いものでも同等スピードで地面につく。空気抵抗により差が生じるのである。小さい岩の方が空気の抵抗が少ないために僅かに速く落ちていくのである。

 

 だからこそ試験官は気づかない。


 ——さて、次の学力試験に案内しましょうか。


 わずかに目を離した瞬間にズドーンと腹に響く音と揺れる大地。


「はぁ……?」


 視界に映る計測器が地面に埋まっている。試験官たちの悪ふざけがここに来て驚きの結果を招く。目が見開いていく。信じられない質量。重さが違いすぎる。それはどんな岩よりも重く自然の重量ではない。


 ケタが違う――


「……」

「次はどこへ行けばいいんだ」


 驚く試験官に平然と問いかけるオカマ。当たり前と言わんばかりである。これぐらいどうってことないと語る口調。ポニテガールはもはや混乱している。


 ——コイツ……あの速度、この重量を運んできたっていうの……


「お~い、どこでテスト受ければいいんだよ?」

「あっ……」


 オカマに呼ばれて驚愕から意識が戻る。学力試験への案内が優先だ。逸材だ。とんでもない逸材が来たと試験官の心が震えた。全てにおいて圧倒的数字を叩きだす天才。


「案内するから私についてきなさい」

「わかった」


 ——不遜……これですら実力の片鱗でしかないってこと。


 オカマを背に誘導して歩いていくが体の震えが止まらない。心の中ですごいと連呼してテンションが上がるのを外に出さないように平静を装う。だが鼓動の高鳴りが抑えきれない。興奮も仕方がないこと。


 待っていたのだから。才ある者を。基礎体力試験で一位になる実力のものを。


 ——このオカマは超絶ヤバイッ!


 間違いなく、マカダミアキャッツ受験に於いて断トツの実力はこのオカマである。他を寄せ付けるはずもない。


 その男は最恐で最凶で最強なのだから。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る