第196話 オカマは反則豚野郎を許しません!

「ほっほっほっ――」


 大杉聖哉のケツにかかるプレッシャーは半端ない。アイドルのケツには保険金が掛けられることもある。ドラマでケツをさらすだけのものに掛かる保険。その額は億を超えてくる。


 ——なぜ、俺がこんな目にッ!?


 現スーパーアイドル聖哉の尻ならば5億はかたいだろう。しかし、それは保険金を掛けていればのこと。まさか高校受験でケツの心配をすることになることなど微塵も思わぬだろう。


「ほっほっほっ――」


 絶対に剥がれない吐息。岩を背負ってる後ろから聞こえてくる一定の音階。


 恐怖――


 最恐のオカマによる尻へのプレッシャーが生み出すかつてない恐怖。


 足を動かしていても離せない。山道をジグザグに走行しようとピタリとついてくる。汚れを知らぬ体が山道に汚れようとも離れぬ恐怖。出会ってしまったらもうどうしようもない。大杉聖哉の行く先は決まったのかもしれない。


 デットエンドであると――


「ほっほっほっ――」


 ——ダメだ……いくら速度を上げても道を変えても着いてくる……


 半泣きになるトップアイドル。オカマが怖い。むしろオカマということが怖すぎる。これが女子であれば大したことはなかったのだ。追ってくるのはどうみても男だ。


 女子生徒の制服を着て、スカートを揺らして走ってくるオカマだ。


「うぁああああああああああ」


 聖哉は走りながら叫び声を上げる。極限まで追い詰められていく精神。離れぬ恐怖は人を狂わせる。トップなどどうでもいい。今はそんなことより、オカマを突き放すことが先決だ。


 ――コイツ……ウホッって言ってないか!?


 恐怖で聴覚が狂っている。強はただ呼吸をしているだけ。しかし、オカマに襲われていると思ってるアイドルの耳にはウホッ♡と聞こえている。


 ——オカマが発情している!! これはマズイぞ、マズイマズイ!!


 周りに人がいない。人気のない山道の二人走ににんそう。静かな高尾山に聞こえるのは二人の激しい息遣いだけ。オカマとアイドル、アイドルとオカマ。ピッタリとケツを目掛けて走っている。


 静かな山で二人だけ――オカマと聖哉のふたりだけ。


 静かな湖畔の陰から男と男の声がする、あはぁあはぁーほっほっと。


 もう受験どころの騒ぎではない。


 ——怖いよぉおおおおおおおおお!


 スーパーアイドルのメンタルブレイクである。恐怖が加速し幻聴も加速する。思い込みによる聞き間違い。もはや一度そう聞こえてしまったからには空耳アワーである。そうとしか聞こえなくなる。


『ウホッ♡ウホッ♡ウホッ♡』


 超怖い! 発情期のメスゴリラ的な響きをオカマが出すのがスゴイ怖い!!


「アアッァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

飛翔ジャンプでふ!!」

「んっ……?」


 強たちの近く聞こえるブタの遠吠え。強は空を眺める。空中に飛んでいる豚人間が一匹。泣きながら走るスーパーアイドルの後ろで強は豚を視界に捉えている。強はこの受験中は美咲になりきっているのだ。


『お兄ちゃん、私マラソンだけは得意かも!』


 一位を取らなければいけない。それにこれはマラソンと認識している。


 ——空飛んだらマラソンちゃうやろ……


 何も知らない空中を飛ぶ田中はミカ達の想いに応えるために決意を込めている。そして強たちより前に出てトップを獲得した。このまま何事も無ければトップである。ゴールまではあと二キロ。目と鼻の先である。


 ——ミカたん、ミキたん、サエたん、クロたん! 僕はやるでふよ!!


 凛々しい顔で空を跳んでいる。何が起きるのかも知らずに。強が立ち止まって足に力を込める。大杉の表情に安堵が浮かぶ。


 ——オカマが離れていく!


 しかし、離れたのではない。止まっただけである。


「反則豚野郎ッ!」


 止まった強は足に力を込めて振り上げる。それはサッカーのシュートのように振り上げられた。


「天誅じャアアアアア!!」

「ヒィヤァアアアアアア!!」


 空を切り裂くように出される脚。それは突風を巻き起こし大杉を吹き飛ばす。後ろに岩を背負っていた為にモロに空気抵抗を直撃で受けてしまった。そして、それは不可視の一撃の余波でしかない。


「何の悲鳴でふ……?」


 空を跳んでいた田中は気づいてない。空気の刃が自分に向かって放たれていることに。


 だが数秒で衝撃が


「クハッ――!」


 ――なんでふぅうううう!?


 横っ腹に叩きつけられ吹き飛ばされる体。抵抗など出来る力ではなかった。何をされたかもわからないが、信じられない程の威力で空中にいる自分の横腹がへこんでいる。上空で耐えることも出来ない肉体は彼方に飛ばされていく。


「デッブシイィイイイイイ!!」


 脚による空弾エアブラスト――


 オカマの無慈悲で理不尽なペナルティアタック。


「ズルはいかんでしょ、ズルは」


 後ろから風に圧された前のめりに大杉は倒れてケツを上に上げていた。なんでこうなっているかは察しがついた。後ろのオカマが本気で攻撃を仕掛けた来た。しかも信じられない威力の一撃を。余波であるが大杉からすれば立派な攻撃にしか思えない。


 走るの再開したオカマの足音。


 ——終わった……俺のケツもここまでか……


 大杉聖哉は観念した。もはや四つん這いになりケツをオカマのほうに向けている。ここまで恐怖に抗っただけでも立派だった。心は決まった。抵抗をやめようと。もう無理だと。遂に最強のオカマが本気出して自分を犯しに来たのだから、逃げても無駄だと。


 ここで男を魅せるのがスーパーアイドル。彼は四つん這いの姿勢で勇ましく吠えた。


「バッチコイヤァアアアアアアア!!」


 高校球児のような掛け声に迫力を乗せたアイドルの散り際の最後の抵抗。威嚇にも似た声で恐怖を受け入れる覚悟を、腹を決めたのだ。ケツを差し出すが心までは汚させないと。もう怯えている大杉聖哉はいないと。


 なんと男らしいスーパーアイドルなのだろう。さすが後の剣術ギルド長。


「ほっほっほっ――」

「あれ……?」


 しかし、オカマはその横を何食わぬ顔で走りすぎ去っていった。アイドルはケツを突き出したまましばらく考え、ケツを地面につけて座り込んだ。


「何やってんだろ……俺」


 スーパーアイドル大杉聖哉の不幸が始まった瞬間だった。順風満帆な人生でもどこかには谷がある。ここから彼の人生は少しずつ泥沼へとハマっていく。マカダミアキャッツに入れたはいいもののデットエンドという最悪の魔王に出会う。


 さらには櫻井というピエロのに弱みをたんまり握られ脅される日々を送ることになる。アイドルゆえにスキャンダルが怖い。そこをゲスな櫻井というチーレム反対野郎はついてくる。櫻井という奴は人を狡猾に落としいれるデスゲーム出身だったのが彼の人生を狂わせる。


 マカダミアキャッツに入学することが最悪の学校生活の始まりであることを彼は知らない。


 大杉聖哉は既に出会ってしまったから。


 不吉を見舞う、最凶の者に。



≪つづく≫

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