第194話 オカマは体育の授業に出たことがない。

 第三の試験が終わり、残す試験は一つ。


 一つと言ってもそれに試験官が張り付くことはない。あとはゴールまで走るだけの簡単なものだから。数十メートルおきにある看板に従って山道を上がったり下がったりするだけのもの。


 ただ、岩を持って走るだけのもの。手では持ちにくい大きさなので全員が体に括り付け背に岩を背負っている状態である。その為に綱が括り付けられているのだから。


「ミキさん、お待ちなさいッ!」

「待ってて言われて待つバカはいなんだよッ!」

「なんですて……ッ! ミキさんはバカ三冠王さんかんおうでしょ!」

「なにその三冠王って! ちょっ……ひどくない!?」


 レースに近い発展を遂げるところでもある。山の中を追いかけ合う僧侶と魔法使いは本気である。僧侶がうまく十メートルほど離している距離を保っている。


「ミカ、そういえば勝負の景品決めてなかったね!」

「何を言ってますの!?」

「これに負けた方が田中さんとのデート一回分を譲るってことで!!」

「上等よッ!」


 もはや高貴さのかけらもない淑女。本気である。勝負の景品をかけていることより前の僧侶をぎゃふんと言わすことにマジのガチである。


 その後ろから新たに


「デート一回分ね。オッケー♪」


 参戦するものがいるとも知らずに。


「「クロ!?」」

「ぱぱっと参上、クロだよ♪」

「ミカさーん、ミキさん! やっと追いつきましたよ♪」

「「サエまで!?」」


 暗殺者の後ろから雲に乗ってニコニコしたサエが現れる。彼女の精霊の一つクラウドパパである。よーく見ると雲にひげや目と口が薄っすらついている。その横を小人のじじぃが岩を持って並走している。


 クロさんに言われてサエミヤモトは重大なことに気づいた。


『精霊二つだせばいいんじゃない?』

『はぁー、そうかッ!』


 目から鱗が落ちた。なぜ自分の足で歩いていたのか、バカらしくなるくらいの真っ当なクロの指摘にサエは乗っかった。焔だと怖いので雲の精霊を呼び出した次第である。楽ちんも楽ちんである。マナは消費するが山道を歩くよりは楽である。


 田中組全員集合だった。そしていつの間にか二人だけの勝負だったのが四人の勝負になっている。ちなみにサエはニコニコ遅れて登場していて勝負が始まっていることにすら気づいていない。


 ミキフォリオとミカクロスフォードは目を合わせた。感じたことはヤバイである。この状況下での参戦は不利的状況を作り出していること。誰が圧倒的有利であるか。明白である。


「じゃあ、勝負だから。ミカ・ミキおさき~、」


 褐色のアサシンは足取り軽く一気に距離を開けていく、背中に背負っているのは中くらいの岩。おまけにスピード勝負になった時点で勝ち目は一切ない。


 ——早いッ!?


 疾風となり風と消えていく黒猫を止められるものは今この場にいない。


「ミカのせいだぁああ!」

「ミキさんがアホなタイミングで変なことを口走るからですわ!」

「違う! いつも厄介ごと持ち込んでくるのがミカだ!」

「失礼なッ! ミキこそ、よく酒飲んで暴れて大事になってた癖に!」

「二人とも……何の話をしてるんですか?」


 その横で風が吹いた。


「ほっほっほっ……」


 風は『ほっ』と呼吸していた。三人の髪を巻き上げるような突風だった。三人は慌てて風の行方を追う。


 目に入るのは――


 スカートと黒髪。


 だがそれどころではない。一刻も早くクロさんを負わねばデート一回分が消えることをサエミヤモトは知らない。


「デートが三人分だから、三回できーる♪」


 クロミスコロナの妄想は膨らむ。フォースブッキングデートになると個々の時間は少ない。二人っきりで半日一緒にいることはほぼない。それだけにデート権を巻き上げることに夢が広がる。


「ほっほっほっ――」

「ん?」


 後から追いついてきて追い越そうとするオカマに黒猫はちょっと勝負心をくすぐられた。ちょっとスピードをあげてやろうと加速をあげる。だが加速した方が置いていかれた。クロミスコロナは走りながら首を傾げた。


「あの人……早い?」


 だが走り方がどこか違和感が強い。


 涼宮強が意識する美咲である。運動神経の悪い美咲。ハンドボール投げでは五メートルが限界。百メートル走のタイムは20秒。特に特筆すべきものも無く、どちらかというと運動嫌いの部類に入る。家庭科の成績は五でも体育の成績は三である。


 優等生パワーを使っての三なので二である。


 実質的に二の成績しかない。


 そんな妹がある日兄に言ってしまった。


『お兄ちゃん、私マラソンだけは得意かも!』

『お兄ちゃんは苦手だな……つまらんし疲れるから……』


 その時の記憶が強には鮮明に残っている。妹と過ごした日々はプライスレス。妹との記憶は永久保存リマスター版である。だからこそハッキリと意識している。


 美咲はマラソンが得意と。


 だからこそ涼宮強は早く走る。だれよりも早く駆け抜ける。一定のリズムと呼吸で加速していく。美咲が言った得意というのがクラスの中で中の下に当たるタイムだとも知らずに強は走る。


 試験の看板にゴールまで走れと書いてあったもんだからマラソンかと思い走った。


 そこで、さらに問題は重なっていた。


 涼宮強は他の一般人の力量を知らない。自分以下としか思っていない。認識がうまく出来ていない。義務教育で体育の授業があるじゃない?と思われるかもしれないがそんなことは断じてない。


 涼宮強が体育の授業に参加したことは人生一度としてないのだ。


 それは入学式に担任教師と親父が話し合った結果のこと――


 眼帯をした男は教師に語った。


『うちの子は体育出しちゃだめだから、よろしく』

『えっ……なんでですか?』

『いやー力が強いのよ、うちのバカ息子。信じられないくらいに』


 はははとお互い笑って社交的な雰囲気を教師は作った。そして笑いが止むと問いかけた。隻眼の男に冗談っぽく話しかけてしまったのだ。


『大丈夫ですよ、ご心配なく。たかだか子供の力ですよ♪』

『何笑ってんだよ……オマエ』


 その瞬間、涼宮晴夫は殺気を放つ。教師もさすがにわかって震えた。その殺気が最高峰の殺気であるのは生物であれば簡単に理解できる。


『俺様がダメだって言ってんだろう……あんちゃん?』


 殺気を纏ってじりじりと距離を詰めてくる。


『えっ……はぁ……』

『もし、そんなことして見ろ――』


 ドンと鈍い音が響く。晴夫は教師を壁に追い詰めて壁ドンの姿勢を取り視線で相手を殺しにかかる。


『お前の学校の生徒、全員死ぬぞ』

『……』


 本気の目である。本気の殺意である。本気の言葉である。これだけは譲れない。子供の時代とはいえ、強と遊んでいる晴夫からすればわかる。キャッチボール一つがミサイル兵器並みの武器になる。ドッチボールなんてやったらご近所を巻き込んでの大虐殺である。顔面セーフとかそういう次元の話ではない。


『おめぇに拒否権なんてもの存在してねぇーんだよ。この俺様が言ってる時点で』

『……』

『ブラックユーモラス創設者でありトップの涼宮晴夫様の忠告が聞けねぇっていうのか? 殺した子供の責任取れんのか、あんちゃん?』

『わかり……ました……』


 あまりに鋭い眼光とあらゆる生物に恐怖与える殺気に教師のズボンが新たな世界地図を作成したことはいうまでもない。


 だから、涼宮強は他者の力がどれほどなのかを知らない。


 体育の授業時間は体育館の隅で寝ていたのだから、知る由もない。


 完全に走るスピードがおかしくなってしまっているのも仕方がないこと。


 勘違いしたオカマはここからトップを狙いに行っている。


「ほっほっほっ――」


 だが、そのペースですら涼宮強にとっては本気とは程遠いものだとしても、トップを狙っていけるのである。


 オカマがマカダミアの受験をかき乱していく。


 次々と被害者を出しながら――


≪つづく≫

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