第192話 オカマのかる~い一撃

 続々と第三の試験に人がなだれ込む。第二陣といったところだろうか。


 岩を小さな小人が持ち主人より前でクロミスコロナと一緒に待っている。


「サ~エ~、はやく~」

「待って……ハァ、ハァ……クロちゃん……」


 褐色の肌を持つ暗殺者と運動不足を感じさせる三つ編みメガネが遅れて現れる。第二の試験までは田中組で一番に駆け抜けていたのに、いつの間にか最下位に入れかわっていた。


 息を切らし山道を駆け上がってくるサエミヤモト。


 クロがサエと行動をしているのは好きだからという理由もあるが、護衛目的である。自身が道の途中でいきなり襲われた経緯があり、疲れ切ったサエミヤモトを見つけて有事の際に備えている。気弱な彼女が襲われた時に備えて一緒に行動を共にしている。


 口にはしないが色々考えてるのがクロさんである。


「クロちゃん……もうダメ」

「サエ、頑張ろう。ちょっと休んでもいいから」

「休む~」


 サエはクロさんの言葉に甘えるようにその場にへたり込んだ。


 その横で機械を組み立てるようにガチャガチャと音がしている。


 そこにいるのは後の銃火器ギルドの長――


 名を玉田愛子たまだ あいこという。意外と古風である。組み立て上がったものは先が長く標的に向かって伸びている。持ちながらでは撃てない威力を誇る為に三脚にアンカーを打ち込み地に固定している。


 対戦車用ライフル――


「お年玉が……」


 対戦車用ライフルを組み立て上げ、砲弾を前に悲し気に見つめている。彼女にとってそれは大変貴重なものである。銃火器系統を使うものにとって弾はけして消耗品程度の軽いものではない。練習用のものであれば大した額でもない。


 だが、こと実戦用となると価格が目も当てられないくらいに跳ね上がる。


 たかが一発。されど一発である。


「けど、これもマカダミアに入るため!」


 彼女の今年のお年玉全額はこの一発で消し飛ぶことが確定した。泣く泣くその弾を込めて彼女はうつ伏せになり地に伏せる。


 祖父の想いを、祖母の想いを思い出しながら。


『愛子ちゃん、遠いとこからよく来たねー。ばっちゃんがいいもんやるけんね』

『じっちゃんからもだよ。大事に使いやー』

 

 渡されたポチ袋と愛情。それらを積み込み彼女は引き金に指をかける。


 銃口はしっかりと目標に向かっている。


 ——じっちゃん、ばっちゃん、ありがとう!


 巨大な盾。


「いっケッェエエエエエエエエ!」


 そこに最大の一撃――彼女のお年玉が撃ち込まれる。


 トリガーに引かれた砲弾はまっすぐ盾に命中し爆発する。炎を巻き、音を上げ、煙を上げる。玉田愛子はゆっくり起き上がり泣きながら敬礼した。両親そして、祖父と祖母。彼女の親類から貰った総額五万円は華々しい輝きを放ち砕け散った。


 わずか一秒――代償が計り知れない。


 自分の未来の為に確かに使われたお年弾としだま


「お疲れ様でした!」


 彼女は銃をすぐに解体して次の試験へと向かっていく、涙をながしながら。だが試験官にそれは伝わらなかった。


「銃火器ってあんま好きじゃないのよね。金の力に頼ってる気がして」

「獣塚さん、彼女はナケナシの財産をはたいたんだよ。認めてあげようよ」

「ダメージはっと……」


 タブレットをもとに三人は確認する。


「28000……」

「金の力も大したことないわね!」

「まぁ誰が使っても威力は変わらないからね。当てるのがうまいかは技術だけど」


 五万円の力は28000ダメージと発覚した瞬間だった。今のところ平均以下である。おまけに金銭以下である。


 タブレットに三人が注目している時にそれは起こっていた。


 表示される新たな数字――


「一体ダレがッ!?」


 520000ダメージ。


 突然の記録の更新。音は続々と大きい音が鳴り響いてるせいでわからない。所在がわからない力。辺りには受験生が溢れかえている。だが誰もがその異常事態に気づいていない。破格の一撃がどう放たれたかを気にする様子もない。


「えっ……何が起きた?」

「わからないけど……」

「完全に見逃したな……」


 田中の350000を塗り替えるダメージの値。複数の人間が山に紛れて姿を消していく。


 そのうちの誰なのか――


「サエ、いくよー」

「クロちゃん……待ってぇ……」


 その中に暗殺者と精霊術者が混じっているが誰かはわからない。


 そして、現れてはいけない者が到着する。


「なぜ……パンチングマシン」


 それはスカートをはいている。黒髪である。


「みたいなもんがある?」


 オカマである。


 巨大な盾を前に皆が狂喜乱舞で最大の攻撃を叩きこんでいる。まるで試験が意味わからなさすぎて怒りを発散するように盾に向かってやりたい放題。強から見えるやつらは目を血走らせて興奮している。「うぉおおお」とか「おっらあああああ」とか。


 受験の模試でどうして気が狂っているのか。


「これのせいなのか……」


 原因はこの岩ではなかろうかと、強は自分の岩を見つめた。受験模試で岩を体に括り付けられる拷問。普通ならキレてもいいだろう。おまけにずっと山道を走らさせられている。


「何あれ……新種が紛れ込んでる?」

「オカマなのかな……」

「ありゃ……期待できそうにないな」


 試験官たちもようやくその存在に気づく。恰好が奇抜なだけな変なやつ。強さが見えない上に一番小さい岩を持っている。岩の大きさは力への自信の表れ。力を持つものは大きいものを選ぶ傾向が高い。


 だが、そのオカマが岩を手放した瞬間だった。地面に叩きつけられた刹那。


「地震よ、富田ッ!」

「いや、なんか震源近い気がする!!」

「なんじゃ!? なんじゃ!?」


 大地が揺れた。見た目で測れない質量。試験官たちは何が起きたかもわからない。オカマは凝り固まった肩を軽くほぐす。みんな殴っているからとりあえず一発殴っておこう理論である。


 地震で止まっている者たちのなか颯爽とスカートの男が歩きぬけていく。


「オカマってことはパワー系よね」

「通常であればそうだけど……あの小さい岩だし」

「いや、待て!?」


 獣塚と富田ではない男が状況を理解した。それは見ていたのに気づかなかった。錯覚を起こしていた。


「さっきの地震はやつが……岩を落とした時になった気がする」

「確かに! 私も見てたけどほぼ同時だった!?」

「あれって……まさか質量が合ってない!?」


 富田は気づく。その岩が落ちた地面が激しく沈んでいることに。亀裂が伸びていることに。見た目より300倍も重い石。だからこそ、その事実に獣塚が気づいてしまう。


「じゃあアイツはアレを片手で持ってたの!?」


 二人の目も見開く。明らかにオカシイ質量。地震を起こすほどの重量。それすらも片手で軽く持ち上げていた事実。オカマが盾を前に右こぶしを作る。


 ——まぁ軽くだ。すごーい、軽くやらねば。


 全身の力を脱力する強。これは自分の試験ではない。あくまでも美咲の試験である。イメージするは美咲のイメージ。涼宮美咲は身長順で並べばほぼ最前列。体格が小さいこともあり拳も小さい。力は非力。これを殴ればどうなるのか。


 いったいぃいいいい!!と叫ぶであろう。


 ――あくまでちょこんだ。ちょこんと0.2秒ぐらい触れるつもりで。


 強はイメージ通り体を動かす。


「「「なッ!?」」」


 三人の想像よりはるかに弱げなパンチ。視界にはっきり映るがフラフラ揺れてか弱い感じを演出している。的に届くまでの時間が長く感じる。あくまでもエリート学園の受験生たちの一撃は戦闘と呼ばれるレベルにある。


 それに比べてオカマのこれはなんだ?


「ひぃやあ~」


 オカマが気持ち悪い裏声の気合を上げ、猫の手のように曲げた優しく握った拳を前にトロトロ動かしている。美咲が見ていたら人間シュレッダーをかけていたであろう気持ち悪さ。


 獣塚の頭に過る罵倒。


 ——おっそ!?


 富田の頭に過る疑惑。


 ——弱そう……?


 もう一人の頭に過る、オカマディス。


 ——何をかわい子ぶってやがる!?


 あまりに遅く力のない一撃。それもそのはず。涼宮強はかつてない程に力を抜いている。全神経を使って弱く弱く、ひたすら弱く。力を入れないことを心がける。


 ——きちぃ……こんな遅い動きはキツイ……


 内心超キツイ。体をゆっくり動かす武道の型という練習方法がある。あれは素人では出来ない。極限までゆっくりと洗練された動きを綺麗に行うことの難しさがそこにはある。動かしいやすいスピードではなく、ただひたすらとゆっくりと筋肉を動かす。


 ひょろひょろと風に吹かれれば飛んでいきそうな一撃を打ち込むのに逆に全神経を集中している。


 風が吹く――


 それは不吉な風。北より現れし使い。強の顔が強張る。


「ひっ――」


 履いたことがないスカートがいけなかった。強の鼻がひくひくする。

 

「へっ――」


 二月の末という時期がいけなかった。


「へっ――」


 真冬の山という環境がいけなかった。生理現象なのでしょうがない。


「へっぶしぃいいいい!!」


 オカマから野太いくしゃみが発動する。くしゃみという生理現象の特徴は抑えられない衝撃にある。年老いたものがやれば肋骨がおれることもあるエネルギー。一般人でも口から出される唾の速さは初速320キロとなる。


 そして――


 何より、振動に耐えるために筋肉が硬直する。


 加減などできない力が解き放たれる。疑似美咲ちゃんパンチを出している最中の突然の加速。試験官の目から拳が消えた。速度というには遥かに速く、緩急というには格差が大きく。


 次元の違う力が解き放たれた。


「トミタァアアア!!」

「ケモノヅカサンンァアアアア!」

「フゴォオオオオオオ!!」


 試験官達を襲う衝撃と高速のエネルギーが叩きつけられたことによる発光。白い光と波動に世界が奪われた。体が光の中へと消えていく試験官たち。


「ぐすっ……あん?」


 くしゃみを終えて前を向く強。無くなっている。目の前にあったものがこの世から消し飛んでいる。辺りをキョロキョロすると腰を抜かしてびっくりしている人であふれかえっている。


 ——まずった……?


 強は力を恐れていた。行き過ぎた力というのは人を恐怖に落とすことを知っている。


「……」


 拳を見る。クシャミの勢いそのままに殴ったが赤くなってすらいない。実際に痛くもかゆくも無い、足の方が寒い。脅える人間たちを前に状況を理解してコクコク一人頷く。


「いったいいいいい♪」


 ちゃんと理解している美咲の真似だけは忘れてはいけないと。美咲として今日一日をやりきらなければいけないと。痛がりながら地に沈んでいる岩を片手で持ち上げ、オカマは「ほんといたいー、ちょういたいー。マジ痛すぎるんですけどー」と軽くギャルのモノマネをして去っていた。


 オカマと入れ替わるように衝撃にかき消されていた試験官三人が慌てて戻ってきた。


「どうなって――?!」

「盾が……盾がぁあああ!?」

「何をしやがったオカマァアアア!!」


 冷静な富田君でさえ叫ばずにいられない。規格外の変態の一撃。それがオカマの最大の一撃ではないとしても、くしゃみによる条件反射的な一撃だとしても、モノが違いすぎる。


 盾がひとつなくなっているという事実がやばい。


 強大な盾で持ち運びは不可能だが、それでもマカダミア生徒の一撃を簡単に受け切るだけの性能を有している。それが跡形もなく消し飛んでいる事実。信じがたいことこの上ない。


 慌てて獣塚はタブレットを確認した。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん――」


 終わらない零の羅列。見たことも無い値。


「じゅうまん、ひゃくまん!?」


 もはや試験で計測する値ではなくなっている。自分たちの想像の域を超えている。終わっていない。まだ数字は終わっていないのだ。


「いっせんまん……」


 マカダミア全校生徒を探しても一千万越えなど出ないであろう数字。それをさらに超えてくる。しかもここまでのケタで上がると手をつけられないほどの高みである。


「おく……」


 タブレットを見る三人が固まった。これはダメージ耐久競争で使われる値である。ダメージ耐久競争歴代一位の記録保持者、櫻井さんは言った。


『あんなに強く殴ることないだろう。お前のが一番効いたわ!』


 ほぼすべての攻撃を雨あられの如く受けた男が語った一撃の重さ。


「「「七億ダメージ!!」」」


 オカマは他を寄せ付けないどころか、生物としての格の違い見せつけてきた。今いる受験生も在校生もオカマからすれば蟻のようなもの。村人とラスボスの違いを遺憾なく突き付けた。


 試験官が口にできることは一つ。


 オカマ……超やばい……


 だけである。


 しかし、マカダミアキャッツの受験の中で語り継がれる最強のオカマ伝説は、七億ダメージを叩きだそうとまだピークに入っていないのである。



≪つづく≫

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