第191話 竜騎士の最高の一撃

 田中が発した白い蒸気に包まれる。


「あの子……何した」

「この霧は……魔法で作られたものとは違う」

「これは蒸気……か」


 熱を発する体により空気中の水分が気体へと姿を変えた。白い霧が晴れ竜の衣を纏った竜騎士が現れる。表皮は黒く変化し体の表皮は熱を帯びたように光る。


「誰よ……アイツ」

「変身した?」


 突如現れる美形の男。一時的に体型もスマートなものへと変化しているが田中である。体が痩せたことにより身長も高くなっているような錯覚を起こさせる変貌。


「ミカ、ミキ」


 呼び捨てである。戦闘モードに既に移行されている。口調が荒くなってしまう上にカッコつけている。ニヒルに口角を緩め女子二人の


「負けねぇからな」


 胸をきゅんと見えない矢で撃ったのはいうまでもない。


「「――ッ!」」


 鼻血が出そうなくらいクラっと来ている女性陣。ギャップ萌えにやられる二名。正直、田中であればなんでもいいのではなかろうかと思うが、その凛々しい姿には心臓がバクバクしてしまうのは乙女心の成せる技。


 ただ傍から見れば若干キモくもある。


「何、アイツ……さっきのおデブちゃんがアレなの?」

「女子の反応を見るに獣塚さんの予想通りだろうね。けど、変わった魔法? 違うか――」


 一人が言いかけてやめた。マナに動きはあったが竜人変化を魔法と呼ぶには無理がある。明らかに法則を逸脱している。肉体変化までの領域をもたらしている上に纏っている。


 田中の特異体質によるものだ。マナを纏うことが出来る体質。


 それは帯電体質に似ている。帯電体質とは電気をため込みやすい体のことを指す。自然放電がうまく出来ず体内に電気を残してしまう。それが逆の電荷をもつ因子とぶつかると電気を起こす。


 田中の場合はマナを体に吸着させている状態で常時変化をもたらしている。水蒸気の発生を考えるに放熱が起きている。体内でカロリーという燃料を燃やすと熱になる。熱はエネルギーとなり人の体を動かす動力となる。


 竜人変化とはその莫大熱エネルギーを自分の内側にため込んでいる状態を保っている。


「アレは彼にしか出来ない芸当だ。法則じゃないね」

「術に近いものを感じるが……媒介がわからんな」


 媒介は脂肪である。櫻井の場合は心読術で情報を得ているからそれが術だとハッキリわかっている。試験官が戸惑うのもしょうがないこと。見た目でその判別が難しいのはマナを使用する動きが困惑を生み出すから。


 そして、術とは――


 媒介が己の命に近ければ近いほどに威力を増す。


「ハァアアアアアアアアアア!!」

 

 槍を持って気合を入れる。片手で後ろに引き力をため込む。もう一方の手は的に向かって手のひらを広げて照準を合わせる。膝を曲げ身を屈め胆力を込めていく。


 槍の攻撃方法は多くはない――


 払うもしくは叩く、突く、斬る。


 それらで構成されている。刀より長く間合いを制す武器である。だが刀よりキレる刃が少ない。突くのが槍の利点ではない。薙ぎ払うこと、叩くことに特化した獲物。


 それでも田中が選ぶのは突きの一択。


 体内で溜めた熱を放射するようにそれは、足から腕へと力を伝動し一点に力を凝縮させる。


臥竜点睛がりゅうてんせいッ!」


 突き出す動きに回転を加える。コークスクリューブローの原理である。弾丸と同じように回転を与え貫通力を高める。そして力を分散しないように先端一点で的を貫く。


 穿つ――


 全力で貫くように放つ。的より遥か後方に狙いを定め力をぶつける。槍による一点打突。渾身の一撃。衝撃は接触よりわずかに遅れて周囲へと波動を伝える。見ている者の正面に風を叩きつける。


「ふぅー……でふ」


 元の体系に戻った田中は一息ついた。いま持てるだけの最高の一撃。全てを出し尽くした。


 やりきった彼は岩に手を掛けうっとりしているハーレム要員に


「先行くでふよ♪」


 声を掛けて先頭を目指して走っていく。


「富田、なに……アイツ」

「獣塚さん……僕もわからないよ」

「アイツは決めたわ。不合格よ」

「それは無理だ……獣塚」

「獣塚さんに権限はないし、あっても無理だね。だって――」


 威力は体感した。タブレットにある数値は嘘をつかない。田中がいなくなった後も激しく振動している盾が威力を物語っている。


「350000ダメージだもん」

「……」


 それはミカクロスフォードの遥か上を行く。単純戦闘特化である。何より秘術の効果がデカすぎる。身体能力強化でも上位にあたる竜人変化。一日一度のみの回数制限にはなるが効果は絶大である。


 現在トップは田中となった。


 残された二人は動き出す。


「ミカ、勝負は引き分けってことにしといてあげる」

「はい?」


 明らかにミカクロスフォードが上の点数を叩きだしているが、ミキフォリオが譲らない。


「何を言ってますの、明らかに私が上でしたよね?」

「いや、わかんないじゃん。どっちが上とか」

「……」


 ミカクロスフォードは黙った。彼女たちの手元にはタブレットはない。いくつのダメージを叩きだしたかもわからない。ミキフォリオが言う通りどちらか上か判定は出来ない状態。


「だから先にゴールしたほうが勝ちってことで。じゃあ、勝負開始ッ!」

「あっ……ミキさん、待ちなさい!? 卑怯ですわよ!!」


 ミキフォリオがズルをした。勝負を持ち越して宣言と同時に岩を持って走り出す。その後を追う金髪貴族。


 150000と60000。


 数値上では大差をつけている。ただ勝負というのは一概に測れない。被ダメージのみであればミカクロスフォードの圧倒的勝利である。


 しかし、実戦として考えればまた違う。


 ミキフォリオの方が発動までの時間が短いし連続で出来る。もし実戦と考えるのであればミキフォリオの方が実用性は高い。


 勝負はまだつかないまま、二人の試験は続いていく。

 

「ホント粒ぞろいだね、今年は」

「いいのが揃ってるね、獣塚さん」

「それにしてもこの試験が一番楽しいな、富田、獣塚!」


 その試験では皆が最高の自分を魅せていく。だが最高を見せないものが現れることを知らない。試験官が度肝を抜かれるのはすぐ後のことである。


≪つづく≫

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