第189話 金髪魔法使いは夢や理想を詠う

 試験官は知らない。気品高く溢れる魔法使いの少女の知られざる挫折の冒険とその名にまつわる意味を。


「あの子も中々やりそうだ……」

「獣塚さんでもわかるんだから、相当な使い手だね」

「富田ッ!?」

「優秀な血筋なのだろう」


 下から天を突くように上に杖を振るう軌道は美しい流線を描く。その一つの所作すら優雅に感じる。誰よりも繰り返し振るってきた。誰にも見つからないように何度も何度も重ねてきた動き。


 体に染み込ませた洗礼された動き。


 天から肩へとまっすぐ指し示す様に自分の直線状に整えられる軌跡。彼女の動きに合わせて世界が変わる。試験官たちに見える昼間の雪景色が止まる。時間が制止したように光の粒が動かない。号令をかけられたように待機して指示を待つように。


「行きます」


 ミカクロスフォードの杖が曲線を描き、言葉がマナに意志を伝える。


「起源にして原始の子らよ、我らが純粋なる輝きに従い、残酷且つ矮小わいしょうなるくびきは意思を転換して不変の形骸けいがいへ進化を促す」


 彼女の口から出る言葉は美しい音を奏でる。


 彼女の言葉が世界を変えていく――


 原子が彼女の言葉に反応して動き出す。


 詠唱とはうたに似ている。


 意志を想いを言葉にすることで願いをマナに伝える。求める答えに導く演算の為の復唱。マナとは魔法の元素にて原子。魔法の元となる子供たちに伝わるように彼女は唄を捧げる。止まっていたマナ達が唄に反応して、彼女の二つのツインテールを持ち上げるように動き出す。


「これは逸材だね……」

「富田が褒めるなんてめずらしい」

「獣塚さんでもわかるでしょ?」


 まだ、それが初動だとしても才覚を見せつけている。マナが彼女の指示に従うように動いている姿が目に映っている。彼女を愛するように従うように指示を待ちわびている。


 杖が宙に円を描きだす。彼女の指示書が前に映し出される。書き連ねていく異界の文字。その指示を口から明確に原子達へと伝えていく。


「冷たき闇を滅する始まりの炎よ、思うがままに捧ぐ。汝の力を持って導きを。我は求む。汝の力による奇跡を」


 マナ達は指示に従い魔方陣の中に流れ込んでいく。文字と文字のつながりを通り、難解な迷路を辿るように隈なく隅々へと。空に描かれた魔方陣が朱に染まりだす。


 だが、金髪少女の杖はさらに新たな円を描きだし、処理を増やしていく。


「チッ――」


 脳金僧侶の舌打ちが響く。そこで止まるような女でないとわかっている。自分が重ねがけをすればその土俵を荒らしにくる。相手を完膚なきまでにねじ伏せようとする性格。己が血筋に誇りを持ち続けている。魔法の名家であるクロスフォード。大魔導士になる高潔なる血統。


「仮初の黄昏を打ち砕く者よ、我が目前に願う。汝の力、世界を持ってここに示せ。我は捧ぐ、汝の力による冷徹なる処罰を」


 止まらぬ詠唱。


 無詠唱より詠唱がなぜ強力なのか?


 詠唱より長文詠唱がなぜ強力なのか?


 答えはシンプル。マナ達にどれだけ正確に意思を伝えるかが威力の根源となる。その小さき無数の力を束ねる指揮者の力量を試すものである。正しき形へと原子の子らを導く為に捧げられる願いの唄。


 それが、詠唱――


 赤い魔方陣の横に青い魔方陣が完成する。それでも彼女は止まらない。新たな魔方陣を杖で描き出す。終わりを見せない。


「空の支配者にて天空からの神罰を体現するものよ。深淵より来りし無垢なる弾丸よ、我が命に従い光を消し去れ」


 黄色い魔方陣――


「それは豪華なる導き手、地より深く闇に染まりし異界の門より借りて宵闇に蠢く紅蓮の方程式よ、我が命に従い万物を壊せ」


 紫色の魔方陣――


 試験官たちはその光景を楽しむように眺める。


 魔法とは想像であり創造だ。その言葉一つとっても才覚を表す。その杖の動き一つでも形式を表す。描かれる世界一つにも己を映し出す。


 そこに描かれるのは彼女という高貴な存在。


「遥か蒼穹の彼方に存在する魔境の零合にて宵闇に蠢く災禍の爪よ、一切の慈悲なく闇を飲み込め」


 止まることのない詠唱の言葉。創造される魔法。それは幾重にも重ねられていく。美しくも禍々しき色彩。全てが美しく華やかに見える。


 誰もが今の彼女を見れば才覚を見出すだろう。


「ミカたん……」


 ミカクロスフォードを見てきた田中を除けば――


 前で魔法という異能を存分に振るう少女が才能がないことを知っているのは彼だけである。それが才能でないということを知っているのは彼だけである。彼だけが本当の彼女を知っている。強がっているだけだ。誇りに身を任せているだけ。自分に何もないことを隠しているだけ。クロスフォードの血筋などない。彼女には魔法の才能などない。


 奴隷の烙印が持つ意味を彼は知っている。

 

 彼女の兄であるレイクロスフォードは紛れもなく天才だった。異世界チートの自分と並ぶくらいの実力があった。その十分の一も彼女には才などなかっただろう。彼女は強くなどない。ただの負けず嫌いだ。認めることを嫌った。自分の理想から外れることを断固として受け入れなかったわからずや。


 田中達のパーティで一番才能と言われるものなどなかった。


 突出していたのは魔法に関する知識と努力の量だけ。櫻井と少し似ているかもしれない。執念に囚われ抗い続けていた。自分の道を決めてしまったから。母の最後の言葉を受け取ったから。


『誇りだと』


 兄と再会した時にはもう遅かった。少女と兄の関係は治ることはなかった。敵として天才である兄は立ちはだかった。クロスフォードという血筋による圧倒的実力を遺憾なく発揮して少女に叩きつけた。


『これでわかっただろう、お前はクロスフォード家の人間ではない。私の妹などでは断じてない。今のお前は見苦しくも足掻き人間になろうとする卑しい豚だ!』


 少女は誇りを奪われ敗北に歯を食いしばり涙を堪えた。兄にはクロスフォードという名にすがる卑しさに見えた。血筋もない愚かなハエが名家という餌を求めて執拗に飛びついてきたのだと。少女はそんなものは求めていなかったのに。ただ相応しい人間になろうとしただけなのに。


 クロスフォード家は魔術師の手によって変えられていった――


 狂っていく王政。旅の途中で聞こえてくる民の悲鳴。才なき者への差別の横行。世界を見てわかってしまった。クロスフォードという名が次第に嫌われていく様を。気丈な彼女は涙を流した。全てが戻らぬ日々で、あの日から地獄は終わってないのだと。


 諦めかけた――


 才も無く血筋もない自分には何もできないのだと。


「タナカ……もうだめかもしれない……」

「ミカたん……」


 いつも強く気高くあろうとした少女の自信がない小さな声。悔しさに震える体、そして頬を伝う涙。現実を受け入れて理想を捨てることが苦しかった。想い描いたものは何も手に残らないとしってしまったから。自分の居場所などどこにもないと悟った。


「何もできないの! 私には何もないの!!」


 誇りも何もかもが無くなろうとした。全てを手放そうとした。見える風景に目を瞑ろうとした。


「クロスフォードでもない私には……何もないの……」


 少女を突き動かしてい誇りが無くなった瞬間に肩から、全身から力が抜けた。それがどれだけ自分を強く支えていたものだったのか。十二歳の少女が一人で気高く生きていくと誓うほどに芯をささえていた。


 それが消失したら、彼女を支えるものは何があるのだろう。


 それがあったから魔法を覚えてきた。旅を続けてきた。強く気高くあろうとした。


 魂の火だった。それが消えてしまえばどうなるのだろう。


「ミカたん!!」

「タナカ……」

 

 叱咤する声が魂の火が消えかかるのを防ぐ。全てを失うことなどない。彼女は旅に出た。そこで出会った仲間がいる。偽物の姫を支えてくれるホンモノの騎士がいる。


「ミカたんに何もないなんてことはない!」

「……」

「ミカたんが持っているいいところやものを僕は百個でも二百個でも言い続けられるでふ! それに僕は知っているでふよ……ミカクロスフォードはこんなところで終わるような女の子じゃないって!」

「タナカ……」

「それに忘れないでふ。他の誰が忘れても僕が覚えているでふ」


 むかし問いかけた言葉がある。


『名前をちゃんと聞いてなかったでふ。僕は田中竜二でふ。君のお名前を教えて欲しいでふ♪』


 初めて名前を聞いたときに彼女は語った。


『この国の姫である、ミカクロスフォードよ。しっかり覚えておきなさい』


「この国の姫であるミカクロスフォードでふ。それでミカクロスフォードは」


 そして続けて未来を語った。


『いずれ歴史に名を残す大魔導士になる者の名です。覚えておいて損はないわ』


「いずれ歴史に名を残す大魔導士になるんでふ。忘れるわけがないんでふよ!」


 田中の目は澄んでいた。迷うことも無く疑うことも無く、十二歳の少女が語った妄言を心から信じ抜いて語る。分かっているから。一緒に旅をして理解したから。その少女は妄言などではなく、自分の夢を、理想をうたったのだと。



≪つづく≫

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