第188話 異世界転生ブタ野郎のテンプレ汚染
主人公がヒロインを救った場面――
のように見えるが、実際は違う。そんなロマンチックな訳がない。実際そんなことが起きたのに人は平然としていられるわけがないのだ。
「タッ……タナカ?」
「いけたでふ……」
熊が一撃でダメな奴に瞬殺された。その事実がミカクロスフォードを脅かす。自分が努力して磨き上げた魔法をふんだんに使ったのに、びくとしなかった魔物がやられたのだ。
「何を……しましたの……?」
「力いっぱい殴ったんでふよ♪」
おまけに素手で。やりきった主人公は嬉しそうな顔をしている。ミカクロスフォードの表情は引きつっている。それも仕方がないこと。魔法より
おまけに剣ならまだしも
「あっ、金貨が落ちてるでふ」
「へっ……?」
熊が死んだあたりにお金が落ちている。謎のお金である。それを田中が当たり前の様に拾っている。
「やっぱり魔物だったんでふね。その報酬に金貨が落ちてきたのが何よりの証拠でふよ」
「魔物?」
「この世界に魔王がいる証拠でふよ」
「魔王……」
もはやテンションの違いはヒドイ。異世界に来たばかりのやつの方がしっかり世界を把握している。姫様は何も知らない。魔物の存在も金貨が湧き出る仕組みも。田中は要領を得てきている。
「ステータスオープン!」
ミカクロスフォードはもう田中の成長スピードについていけない。異界の民による侵略が始まった。異世界転生という世界汚染の始まりを少女は目の当たりに頭が呆けている。
「ふむふむ……こういう感じでふか」
「……」
デブが何か空中を見て頷いて納得している。視線を上下させ何かを読み込んでいるが、異世界人のミカクロスフォードには何も見えない。だが田中にはしっかりステータス画面が見えている。自分の能力やスキル。おまけにジョブもはっきりと確認できている。
「竜騎士だったんでふね……魔法も使えるみたいでふね。ファイアボール、ウッドウィップ、ライトニングボルト」
「魔法が使える……?」
熊を倒した小僧はもうノリノリである。ミカクロスフォードは木に横たわったままデブの一人芝居を見つめるほかない。夢かと頬をつねるがイタイ。だがそれは悪夢の始まりだった。
「ファイアボール!」
「――ッ!??」
唱えたのはデブ。驚くは金髪貴族。それは雨の日も雪の日も、嵐の日も杖を振り続けた彼女がやっとの思いで取得した魔法。それをダメなデブは見事に再現して見せた。
「一回食らった魔法は自動的にラーニングできるスキルでふね。ということは、食らえば食らうほど魔法は何でも使えるでふと。いやー、いいチートスキルでふ!」
もはやどこから突っ込んでいいかもわからない鳩が豆鉄砲を食ったよう貴族。目が豆のように小粒になっているのはいうまでもない。デブ小僧のノリについてけないし、理解は到達しない。
この瞬間ですらまだ止まらない異世界テンプレ攻撃。現地人は驚くためにいる。引き立て役の大量のモブとして処理される異世界現地人。
「アイテムボックス! ここに荷物をいれれば楽でふ」
「はぁーい!?」
空中で荷物が消える。もし、それが魔法であるならば高次元な転生転移魔法。もしくは亜空間創造の次元魔法。この世界で発表すれば億万長者まったなし。いや画期的な発見であろう。金髪貴族の身が震える。想像をはるかに超えるモブ殺しの数々。
震えろモブ。騒げモブ。讃えろモブ。ツッコメモブ。
「ちょっと待ちなさい、タナカ!? 今何をしましたの!! 私の荷物をどこに!?」
「アイテムボックスに収納したんでふよ。持ち歩くよりこっちのほうが楽でふから」
「なんですの、アイテムボォーックス!?」
驚きのあまり発音もおかしくなる。ホワッツハプン。ホワッツアイテムボックス?となるのはお約束の展開である。転生者だけに許された恐るべし四次元ポケット。
「ここに装備やアイテムを入れとけば簡単に持ち運びできるし、出し入れも自由なんでふよ。ほらこの通りでふ」
「なっ!?」
先程しまったアイテムが田中の手元に戻ってきた。それだけで腰が抜けて立てなくなってしまう。ちょっと半泣きになりつつある。わかんないことだらけである。
先程までカッコよく死のうとしていたのに――
『光栄に思い後世に語り継ぐといいわ……この大魔導士となるはずだった、ミカクロスフォードを倒したことを』
自分が恥ずかしい。何も知らぬ無知な自分を殺したい。羞恥で心が殺されていく。マインドレイプしてくる無邪気なブタ野郎。
「どうしたんでふか?」
赤くなる顔を両手で覆い隠した。太ももをぐいぐいこすり付け足を揺らしている。
ミカクロスフォードは同い年のものを知らなかった。近い年齢の力を知らなかった。唯一近くにいたのは天才と呼ばれる兄だけ。そこで同い年のダメ豚野郎をちょい見下していたのに、あっさり抜かれたことに対するプライドの損失。
ミカクロスフォードに魔法の才はない。頑張って取得した初級魔法。チート野郎には即日発射である。
「うぅ―――むぅ―――」
クロスフォード家の誇りが……名誉が……自分を支えていたアイデンティティが。
破壊されていく。
同い年の短足ブタ野郎のチートによって。
「タナカァアアアアア!」
「なんでふ!?」
もう怒るしかない。泣きながら怒るしかない。まだ十二歳の少女である。世間知らずな箱入り娘。傷だらけなのを気にせずにもう杖で殴りかかるしかない。理不尽な暴力に訴えるしかない。
頑張れ異世界現地人。負けるな異世界現地人。チート反対!!
だが、その洗礼はまだ始まったばかりだと気づくのは少し先のお話。
≪つづく≫
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