第186話 金髪少女とふとっちょダメ少年

 森の中で男女の声が響く。女は強い口調で詰問し男は力ない声で答える。


「もう一度、話を確認させて貰ってもいいかしら?」

「はい……でふ」


 ミカクロスフォードは服を着た。全裸でいるのは田中の方である。気の蔓で体を縛り付けられパンツ一枚で正座させられている。両手もしっかり背中の後ろで結ばれている。


「貴方は違う世界から来た。本を読んでたら、本に吸い込まれて突然この世界に来てしまった」

「そうでふ……」

「貴方はおそらくこの世界を救うために呼ばれた勇者だ」

「大抵そういう流れになるんでふ……」

「この世界に魔王がいるはずだと……」

「ソイツを倒せば、僕は帰れるはずなんでふよ! 魔王はどこにいるんでふか!?」

「おだまりなさいッ!」

「……」


 信じられるはずもない。そういうものだと説明してくるやつらがいたら、いくら現代日本でも手に負えない。一般人だったら病院に案内するだろう。それはミカクロスフォードとて同じこと。


「人の、はだ……裸を……見ておいて」

「……」


 裸を見られたのがよほど恥ずかしいらしいのか、裸という単語に口ごもっている。


「その上で平然としらばっくれようというのですか!」

「嘘じゃないんでふよ……信じて欲しいんでふ!」


 怒っているのにつぶらな瞳でこちらを見てくる異常者。ミカクロスフォードの目から見える田中。それはとても平気で嘘つくような人物に見えなかった。言ってることはちんぷんかんぷんだが必死に訴える姿に同情を覚えた。


「その話をどう信じろというの……まだ記憶喪失と言われた方がましな話だわ」

「仰る通りで……何も言えないでふ」


 太っている少年はしょぼんというする。ミカクロスフォードは静かにため息をひとつ零して立ち上がる。この者と話していても無駄だと分かってしまった。


「服を着なさい。せめて近くの町までは案内してあげるわ」

「ありがとうでふ! 恩に切るでふよ……あれ?」


 何かを言いかけて止まった。


「どうしましたの、間抜けな面を浮かべて?」

「名前をちゃんと聞いてなかったでふ。僕は田中竜二りゅうじでふ。君のお名前を教えて欲しいでふ♪」


 木の蔓にしばられながらも、可愛いらしい子豚のような笑みを浮かべてくる男に毒気はもうなくなっていた。


「この国の姫である、ミカクロスフォードよ。しっかり覚えておきなさい」


 彼女は杖を振るい田中の拘束を解きながら、


「いずれ歴史に名を残す大魔導士になる者の名です。覚えておいて損はないわ」


 笑って告げた。その笑顔に田中の胸は高鳴った。日本人ではいない。完全なる外人。鼻も高く髪の色は金に輝き風に揺れる。その気高さを身に纏う少女の名を胸に刻んだ。


 町まで行く中でいくつも二人で会話をした。同い年の子と話すのは初めてだった。


「ミカクロスフォードさんは、なんで旅をしているんでふか?」

「国の姫が世界を知らなかったら恥ずかしいでしょ」

「同い年なのに……しっかりしてるんでふね」

「貴方はダメすぎるのよ」


 道中一緒に過ごして荷物持ちをさせている田中がダメな奴だということはしっかりわかった。食事の準備もできない。洗濯もできない。山道を歩くのも遅い。汗をすぐかく。そのくせ人一倍食事を食べる。


「どうやって生きてきたのか……名前からしてブレーニュ地方っぽい響きだけど、タナカリュウジって。ここからだと大分遠くにあるけど……おそらく海路を使う必要があるわね」


 ミカクロスフォードが口にしたサエミヤモトの故郷である。


「僕がいたところは日本っていう国でトウキョウなんでふよ」

「ハイハイ」


 隣にいる子豚ちゃんは相変わらず空想じみた話をする。それを適当にあしらうのも慣れてきた。王国から離れた土地であるが為に過疎だった。森を超えて山を越えてようやく次の町につける。夕食はミカクロスフォードが魔法で仕留めた獣の肉。それを料理するのもミカクロスフォード。

 

 そうやって二人は仲を深めるように時間を過ごしていく。


 寝るところもいっしょである。


「ミカクロスフォードさん……聞いていいでふか?」

「なに……」


 星空が浮かぶ山の中で野宿をして横になっていると話しかけてくる田中。


「お腹の傷はどうしたんでふか?」

「貴方見ていたのね……しっかりと」

「ご、ごめんでふよ!」


 ごそっと起き上がり杖を手にして少女は少年を脅しに掛かる。それは知られてはいけない秘密だった。姫である自分が奴隷の烙印を持つことなど。


「おまけに記憶にしっかり焼き付けてるってわけでございまして?」

「あまりに湖にいる姿が綺麗だったもんでふから!」

「えっ……」


 その言葉に頬を赤く染める金髪貴族に田中は言ってしまったことの重さがわかる。裸を記憶していることを否定するのを忘れておまけに鮮明に語っていることを。


「違うんでふ! 綺麗だと思ったことはホントなんで違くないでふけど! そうじゃなくて!」

「もういいわ! 何度もそう簡単に綺麗と言わなくてもいいです!」


 少女は不貞腐れて自分の寝床へと戻っていく。


「私が美しいことなんてわかっておりますわ。周知の事実です……」


 赤くなった顔を隠す様に寝床に顔を隠す。田中は怒らせてしまったとしょぼくれていた。静かな時間のなか落ち着いた少女はぼそりと口を開いた。


「まだ……起きてまして、田中?」

「起きてるでふよ……さっきはごめんでふ」


 声がしょんぼりしている。わかりやすい男に少女はクスクスと静かに笑った。少しの時間でもわかる。この男が純粋だということが。だからこそ語る気になった。


「お腹の傷は奴隷の烙印よ」

「ど、奴隷!?」


 田中が寝床から身を乗り出してビックリした様子でミカクロスフォードを見る。最初に出会った時から姫だと聞いていたから、なお驚きもひとしおだった。その反応を見た彼女は確信した。


「タナカは……本当に何も知らないのね」

「えっ……」


 その烙印がどういう意味を持つのかも彼は知らない。この世界がどういう世界なのかも知らない。どこから来たかもわからない太った男。


「このことは他言無用。タナカだから……」


 それでも初めて出来た、


「話したんですからね。約束ですからね!」


 友達だったから。一緒に旅するのが楽しかったから。少女は初めて約束を交わした。ヒロインとの主人公だけの秘密である。


「わかったでふ! 誰にも言わないでふよ!!」


 彼はそれを守り通す。その意味の重さを知るのはまだ先の旅だが、それでもミカクロスフォードと交わしたこの約束だけは徹頭徹尾守り通した。他のヒロイン達にすら明かさぬ二人だけの秘密となった。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る