第185話 お姫様とふとっちょ竜騎士の出会い

 王妃は他界した。彼女の亡骸を景色の良い高台へと運び終えたミカクロスフォードは杖を振るう。


「ストーンウォール」


 石碑を作った。母の死んだ年と名を刻み込めた。アリスクロスフォードはココに眠ると。泣きはらした目は腫れた。別れを惜しむことは昨日のうちに終えた。


 あとは手を握り、


「お母様、不出来な娘を愛してくれてありがとうございました」


 感謝を告げることだけ。


 また杖を振るう。母の亡きがらが宙に浮く。土が掘り起こされそこに彼女の遺体を静かに下ろした。ミカクロスフォードは姿勢を伸ばし、顔を整える。優雅に高貴さを保ち愛する母の最期を迎えるために。


「私も愛しております……どうか安らかにお眠りください」


 杖はゆっくり静かに綺麗に下へと振るわれた。


 彼女は十二歳で一人となった。そしてやることを失くした。家の椅子に座ってぼぉーっと天井を見上げていた。


「……」


 母の看病が無くなり彼女は時間を持て余していた。自分に目標がないことに気づいた。


「何をしましょうか……これから」

 

 頭はよかった。母が動けなくなってから大抵のことは一人でこなせるぐらいになっていた。看病をしていた日々も無駄ではない。椅子から立ち上がる。


「我が道を照らし示せ、クリエイトマップ!」


 杖を片手に宙を振るう。魔法が彼女には使えるようになっていたのだから。自分のいる世界。それをマナで書き起こす。自分の今いる場所と王国のある場所。四角く映し出された地図の対角線上に遠く位置する。


 地図と睨めっこをすること10分。


「旅にでましょう。姫である私が世界を知らなすぎては王国の先行きも不安ですしね」

 

 彼女は家にある生活費に手を付ける。家も捨てる決意をした。思い出も置いてくことを決めた。旅に必要なリュックと道具を一式そろえる。コンパスを手にパンを持って地図を書き写した。マナで書いたものでは辿る道の記録が取れないから。自分の旅路を後世に残すために。


 迷いはなかった。これから起こることに恐怖などない。ただ何事にも凛と向き合うのが性分である。むしろ楽しくさえ感じていた。


 ミカクロスフォードは二日で全ての準備を終えた。最後に洗濯しておいた母の形見に袖を通す。それは真っ赤で燃えるように赤いドレス。継ぎはぎの服を捨て、彼女は貴族を貫く。


「お母様、行って参ります」


 旅が始まる。長くて険しい彼女の旅が。


「世界を見に!」


 そして、本当の冒険が始まってしまう。僅かその五日後に彼女は運命的な出会いをすることになるとは思いもしなかった。




 月が輝く森の湖で彼女は水浴びをしていた。絹の様に白い肌と煌めく金髪の長い髪。とても村娘や町娘とは思えない風貌。すでに育ち始めている胸部。彼女が髪を振るうと水飛沫を上げた。彼女は月を見ながら気掛かりな場所を触る。


 お腹をさする。別に空いてるわけでもない。そこに刻み込まれた傷跡が気になっただけだ。


 奴隷の烙印――


 本来、犯罪を犯した者に付けられる消えぬ焼き印。何も罪を犯していない者が持つことはない。それは人でない扱いを受ける目印である。見つかればタダではすまない。それほど文明は進んでいない。


 異世界にありがちな中世的土人レベルである。


「これは誰にも見せられませんわね……」


 ミカクロスフォードはそれを付けた者たちを恨むことはなかった。抵抗空しく裸にされて心に傷を負ったがそれでも憎むことはなかった。その場所に付けてくれたことが彼らの見えぬ優しさだと知っているから。


 服を着れば隠れる位置。それは従者たちの気遣いだったのだろうと。


 首や腕、手の甲、足におされることが多い。それはすぐに見わけをつけるため。人と人ではないものを。危険な人物だと知らせるための警告に使われているのである。わざわざお腹の部分に付けるものではない。


 大人たちもわかっていた。幼い彼女が何をしたわけでもないことは。


「誰――!?」


 静かな森にドサッと何かが落ちる音がした。人の気配がする。彼女は自分の恥部を隠し目を闇夜に凝らす。だが見えない。胸と下を隠そうと慌てて湖から出て自分の衣服を取りに行く。


 そこに


「あいてて……なん」


 響く、すっとんきょうな声。


「でふか? ここは? どこでふ??」


 目が合う貴族と日本人。


 太った同い年くらいの男が自分の前に現れた。一糸まとわぬ姿を見られてしまった。若き日の田中である。この世界で後の勇者となる男。本を読んでたはずが吸い込まれてココに落ちてきてしまった。


 お互い頭を下げ合う。


「こんばんわでふ……」

「えぇ……こんばんわ――」


 言葉はお互い聞き取れた。ミカクロスフォードは田中が挨拶をしたがそれに返すために頭を下げたわけではない。


「そして、さようなら!」


 怒りで杖を取り魔法を使う為である。


「ファイアボール!!」

「うわぁあああ、いきなりお約束展開でふうぅううううう!!」

「避けてるんじゃない、男なら堂々と食らいなさい!!」

「無理でふよぉおお!」


 男だからファイアボールを真正面から受けなければいけないわけではない。男が真正面から立ち向かい耐えるのは奥さんの罵倒くらいである。


 森の中を鬼の形相で、しかも全裸で追ってくるミカクロスフォードに田中は泣きながら走って逃げる。火の玉では森に火の手が上がると考えた貴族は魔法を変える。


「罪深きものを捉えろ、ウッドウィップ!」


 蔓が伸びて田中の体を絡めていく、


「ぎゃああああ!!」


 見事に捉えられた。チャーシューの様に網目状に縛り上げられている。ところどころ豊満な脂肪が押さえつけられた隙間から飛び出す。日本人チャーシュー。それを前にほくそ笑むのは全裸の金髪貴族である。


「姫の裸を見といて、何を逃げようとしてるのかしら」

「見せてきてるの間違いでないんでふかぁああ!」


 全裸で追いかけてきたくせに良く言うということである。正論であるが正論などヒロインに通じない。


「このミカクロスフォードに対しての不敬……」


 ご自慢の乳を隠すことも無く杖を力強く上に掲げ、裁きを伝えるチーレムヒロイン。


「己が命を持って償いなさィイイイ!!」

「ほわっぶぅううううううう!!」


 それが、ヒロインと主人公の初めての出会いだった。そして別れの一撃となるはずだった。雷が豚の体を直撃する。


 しかし、その男は異世界から来たチート野郎。


 最大の魔法を持っても、焼き焦げても、


「あれ……生きてるでふ?」


 死ななかった。



≪つづく≫

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