第179話 オカマ旋風が巻き起こる

 第二の試験会場に突如現れるオカマ中学三年生に度肝を抜かれたのはいうまでもない。魔法使いも剣士もタンクも他の参加者そっちのけで、その不吉なものに目を奪われた。


 まるで東京マラソンにコスプレで参加しているような場違い感。遊び感覚で来たのかと錯覚するがソイツは第一の試験を無傷で突破しており平然としている。


 三人同時に考えることはひとつ。


 あのオカマはどの岩を選ぶのだろう?


 オカマのテンプレと言えば馬鹿力キャラである。それには漏れなくあてはまるであろう涼宮強。馬鹿力どころの騒ぎでない。人の領域並びに魔物の領域をすっとばしたような力を持つ異端児。


「どれでもいいとか……なんなんだ?」


 強は岩を前に考え込む。大き岩と小さい岩。それが試験に関係しているとは思いもしていない。何か化かされているのではと疑う始末。


 しかし、周りの参加者は続々と岩を担いで持っていく。


「どうして……みんな岩を運ぶ……?」


 オカマが真剣に岩を悩む。普通になりたい少年である。少年は普通を渇望している。


 であるからして、


 みんなが岩を持つならとりあえず持っておこう。となる訳である。


 オカマが岩に対して一歩踏み込む、それに試験官たちは前のめりになる。果たしてオカマが選択する岩はどれなのか。単なる興味本位であるが今日いちの興味がわいている。こんな面白い参加者は他にいない。


 果たしてテンプレ通りの馬鹿力オカマなのか、期待が寄せられている。


 それに気づかない涼宮強の選択が決定を告げる。


「きゃー、重い♪」


 オカマが奇声を上げた。試験官三人は驚き目を合わせる。まさかの選択だった。オカマが選択したのは一番小さい岩だった。涼宮強はめずらしく奥の奥まで考えた。今日やるべきことは美咲の替え玉。ということは、ここで美咲ちゃんっぽいチョイスを選ぶのが正解である。


 おそらく、美咲がこの光景を見ていたら殺しにかかっていただろう。まさか自分のモノマネがオカマだとは思いもしない可愛いだけが取り柄の貧乳娘。


 ただ、試験官たちの慌てようは尋常ではない。目でお互いの意思疎通を図る。


 剣士からタンクへ伝心が飛ぶ。


 ——おい、岩井! あれ、お前がトレーニングに使ってたやつだろう!?


 ——だよな、武田!! アレ俺が使って奴だけどアイツ……


 それは強の持ち方に驚きを隠せない様子だった。


 ——鷲掴みで持ってるぞ!?


 自分が背中に括り付けて歩くのがやっとの重量を軽々と掴む握力。恐るべしオカマパワーどころの騒ぎではない。現マカダミア学生でタンク役の岩井がやっと持ち上げられる重さだったのだから。


 慌てて二人の視線は魔法使いに移動する。


 ——重力魔法はもう解いてあるのかッ!?


 魔法使いは激しく首を横に振って返す。岩を指さしハンドジェスチャーで必死に現状の状態を伝える。両手を下から上に激しく振ってその重量を体いっぱいに伝えている。


 ——全然かかってる! あれが一番重いやつ!!


 三人は慌ててオカマに視線を集中する。焦っている。試験前の悪ふざけがココに来て問題になることが。


「ほっ、ほっ、ほっ――」


 だが、そのオカマはバスケットボールでも持っていくように片手ハンドリングで軽快にスカートを揺らして走り去っていく。最重量級の球を持って。


 慌てて三人は駆け寄った。ひそひそ話すが魔法使い女子の声が興奮している。


「どうすんのよ、岩井!?」

「どうするも何も、あんな持ち方出来ると思うか!?」

「ホントは魔法解けてんだろうなあ? 解けてるって言ってお願いだから……」


 現状、信じたくない。剣士からすればお願いして取り消して欲しいぐらいだ。ハイパワーなオカマの受験生の登場など。ひやかしどころの騒ぎではない。どれだけヤバイ事態なのかということである。


 しかし、


「バリバリかかちゃってるわよ!!」


 現実は嘘をつかない。


「じゃあアイツ……岩井がひーこら言ってたのを片手で持ってるのか……?」

「オカマ……やばいぜ」

「やばいわよ! 300倍の質量を軽々と持ってるんだから!!」


 マカダミア2015年の受験は伝説の試験となる。一人のオカマの登場によって。


 これが最強のオカマ旋風の始まりだった。


 新たなオカマ伝説幕開けを他所に、

 

 岩を持ちながら次の試験会場に向かう山道でクロミスコロナは気配を察知する。


 ——三人分の気配……止まってる?

 

 岩を持ちながらも不思議な気配に注意を配る。三人が道中を覗くように配置されている。その視線の中に僅かに感じる気配が気掛かりだった。


 ——敵意?


 誰かを待ち伏せている様な感覚。


 まさか、それが――


「おっと!」


 自分だとは思わなかった。いきなりの上空からの矢による攻撃。慌ててバックステップを取って躱したがマナがざわつく感覚に身の毛がよだつ。


 ——魔法が来る……


 直感通り目の前から火柱がこちらに迫ってくる。イヤそうな顔をして軽い身のこなしで横に回避するがまだ一人の気配が下からする。クロミスコロナはため息をひとつ付いた。


 ——メンドクサイ……


 いきなりの攻撃が試験なのかもわからないが、攻撃対象にされたこともこれから戦闘をすることもメンドクサイ。岩も動きやすいように中くらいを選んだと言ってもそれは彼女の体よりはるかに大きい。それを体に括り付けながら戦うのが鬱陶しい。


 地中から彼女の足元に手が伸びてくる。


「貰ったぜぇええ、ふぎゅッ!!」

「うるさい」


 地中から人が這いだした瞬間その顔面を踏んづける暗殺者。三対一でも感じることはメンドクサイ。地中から出てきた男の手を引っ張り体ごと引きづりだした。


 それはどこかの中学校の制服を着た男。


 目的はクロミスコロナではない。奴らの狙いは違うところにある。それは無差別にも近かった。小泉の考え方に近いもの。


『失くしたらってことは守りきる必要があるかもしれない』


 それは試験に組み込まれたルールの裏をついたもの。


『重すぎたら途中で削ろうが何しようが構わないけど、必ず最後まで持って行ってね。持ってないと失格だから』


 最後に持っていなければ失格なのである。ならば、道中で岩を無くすことはリタイアの宣言に等しい。合格率百分の一である。そして異世界に行ったものがみんな清き正しいものだけではない。


 他の受験者を蹴落とす工作をする輩も自然と湧くことがある。


 それがこの三人だった。しかも自分たちの岩を背負わずに隠してある。そうするだけでも大分身動きがとりやすい。おまけに相手は岩を背負った状態で岩を守りながら戦うことが強いられる為に好条件での戦闘である。


 しかし、相手が悪かった。狙った初めの獲物が元暗殺者であることが。引きずりだした男の喉元に突き立てられるナイフ。それは威嚇である。


「追ってこないで、これ以上来たら――」


 人を殺した経験がある殺意が溢れる。


「コイツを殺す――」


 その覚悟が本気であると感じ取れた。静かに残りの二人を警戒しながら少しずつ距離を離していく。メンドクサイが故に戦うこともしたくない。出来れば何もなく過ぎ去るのが一番というのがクロミスコロナの考え方。


 やられたからやり返すのではなく、必要であれば殺ってしまうだけ。


 暗殺者の気配が静かな山の中へと消えていく。


 投げ捨てられた男は命の危機から大量の冷や汗を流し地に手をついていた。仲間二人は慌ててかけよる。


「大丈夫か!?」

「アイツは……やばいよ。アサシンだ、ありゃ」

「とりあえず、無事でよかった」


 三人は困惑した表情を見せ合う。最初の標的を間違えてしまった失態によりどうすると言った雰囲気だった。もうやめて先に進むかここでしばらく参加者を落としてからいくか悩みどころだった。


「ほっ、ほっ、ほっ」


 そのなか聞こえてくる男の息遣い。三人は慌ててどうするかを考えるが時は待ってくれなかった。


「ほっ、ほっ、ほっ」


 不思議なスカートのオカマが現れた。三人は状況を分析する。謎のオカマ。手に持っているのは一番小さい岩である。おまけに強さを感じない。


 出た結論は――


 コイツなら狩れるわ。


 三人は弱そうな相手の登場にやる気を取り戻した。走ってくるスピードもさほど速くも無い。目に見える速さである。


 立ち上がりニヤリと笑う三人組。絶好のカモが来たと思っている。


 それが――


 最強のオカマだとも知らずに。


「よー、にぃちゃん待てや!」


 一人が声をかけるがオカマは止まる気配がない。なぜなら涼宮強は美咲になりきっているから『にいちゃん』ではない。三人が笑う横を無視して走り抜けていく。


「あの野郎……!」


 一人が慌てて逃げていくオカマを追いかけて並走する。


「ちょっと待てよ――」


 そして、追いつくと言い方を変えてみた。


「ねぇちゃん!」

「えっ……」


 軽く流す様に走りながらも強も『ねぇちゃん』と言われて顔を相手に向けて反応を示した。並走してくる不思議な男とオカマが見つめ合う。


「ちょっと話あんだけど止まれや!!」


 この瞬間、涼宮強は状況を理解する。美咲である自分に並走して声を掛けてくる男。これはアレしかない。アレだなと。まとわりつくようにしつこく着いてくるやつ。


「ナンパはお断りですぅうううう!」

「おぼっぁああああああああああああ!」


 それは横を並走する相手への張り手だった。しかし、それが最強の一撃であるなら単なる張り手で済むはずがない。もうすでに悲鳴が尋常ではない。顎にクリーンヒットしただけは済まない。首の第一頸椎が横にずれる感覚。衝撃が半端ない。


 その時のことを後に彼はこう語る。


「あー、あの時ですか……死んだかと思いましたよ。何て言えば伝わるのか……張り手は張り手なんですけどね、違うんですよ」


 彼は続けて語る。


「衝撃がね……全身を打ち砕くっていうですかね。立っていることさえままならないんですよ。衝撃に耐えきれずにね、もう体がビューっと横に吹っ飛ぶわけですわ。体半分、上半身が地面に突き刺さりましたよ」


 彼は思いだしたように続けた。


「あっ、そうだ。アレに近いと思います。僕もオーソドックスな異世界転生組だったんで、経験あったんですけど、異世界行く前に受けた生身のあの感覚ですよ」


 左の手のひらに右の拳をゴンと叩きつけた。


「トラックに轢かれて死んだ感覚によく似てたんですわー。ホントに死んだとかと思いましたけどね、はっはっは」


 のちに彼は笑って話を締めくくった。死ななかったようだ。


「ケンちゃん!?」

「あの野郎!」

 

 慌てて残りの二人が男の背中を追いかけていく。オカマはナンパを撃破した後も同じペースを保ったままだった。


「お前、その手に持ってる岩を寄越せや!」

「岩を置いてけや、ボケ!」

「えっ……?」


 強は突然の岩を略奪する発言に驚いて立ち止まった。その二人は岩を持っていない。


「これが欲しいの?」

「いいから寄こせや!」

「ほい」


 強の片手に掴まれていた岩が落とされる。それを両手で受け取ろうとした瞬間だった。


「うわぁあああ!」


 男の体が岩の重さに耐えきれずに地面に突き刺さる。その岩の質量は300倍されている。それが上から落とされたのだ。体が耐えきれるわけない。鈍い音で地面を振動させる重さに耐えられるわけがなかった。彼は両腕の脱臼と骨折を負うと同時に激痛で意識を失った。


「ゴンちゃん!?」

「えっ……?」

「お前、何したんだよ!?」


 一人残された男は泣きべそをかきながら必死にオカマに問いかける。強は何が起きてるかもわからないので困惑している。いきなりナンパされて、岩を渡したら地面に突き刺さるようなパイントマイムをかましてくる。一人は泣きべそをかいてる。


 困惑しながらも泣きべそかいてるのがかわいそうだから、あげた岩を指さして説明をした。


「岩が欲しいっていうからあげんたんだけど……いらないの?」

「うー、けんちゃん……ごんちゃん……」


 残された男は二人の死を無駄にしない為に岩に手をかける。もう何が何だかわからない。ケンちゃんは横の山壁につきささり下半身しかないし、もうひとりは地中に手を埋めて失神して動かない。


「うわー、オモテぇよ! オモテぇよー!!」


 一人取り残され岩を持ち上げようとするが普通に重すぎて持ち上がらない。強はそこで理解した。二人組のコントでパイントマイムの修行中なのかと。迫真の演技である。泣きながら岩を持ちあがらない悲壮感ある躍動的な演技。強は満足した。


「いい芸だったよ。笑いのツボがわからんが、パイントマイムは素晴らしい」

「なんだそれ……」


 必死にやっているのに微笑みを浮かべてくるオカマに彼の脳は限界に達してしまった。こんな悲惨な状況に耐えられるメンタルが若い子にはない。


「もう岩いらねぇからお前なんかどっかいっちまえぇえええよ!」


 強はびっくりしてびくと体を震わせ、いそいそと言われた通りに岩を回収して次の試験に向かう。号泣する男を残して、なぜ怒鳴られたのかを考えながら次の試験へと向かっていく。


「そういうことか……」


 強は一つの答えに考え付く。


「笑いのツボがわからないっていうのが、癪に触ってしまったか……芸人だもんな。悪いことをしてしまった」


 見当違いの勘違いをしながら、伝説になるオカマは進んでいく。



≪つづく≫

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