第180話 わかってて諦められねぇことだってあんだよ…
第二の試験場所は閑散としていた。数百あった岩も今となっては十数個しかない状態。剣士は遠くの景色に動きがないことを確認する。
「もう終わりかな……」
木々の揺れも無く、最後に訪れた参加者から時間が開いていた。最後の参加者から二十分は経過しているだろうか。魔法使いは椅子代わりになりそうな岩からぴょんと飛び降りて長く休憩して凝り固まった体を軽くストレッチをする。
「地雷原で大分数が減らされてたみたいね。ざっと三千人ってところかしら」
「そりゃー随分と削ったもんだな。こっちとしては助かるけど」
タンクは笑いながら魔法使いに返した。参加者一万人に対して七割の脱落。半分は来るかと予想をしていただけにその目減りが感じさせるものは不作というものではない。
「今年はいいのがたくさんいる」
ずっと試験を見守った剣士は思い返し微笑む。それに笑いながらタンクと魔法使いも返す。
「大きい岩を敢えて選択する子も多かったなー。体力と力に自信ある感じか」
「自分に見合ったものを選ぶ感性、それにちゃんと課題の意図に気づいて先を予想してる子も多かったわ。それなりに思考力も高いかも」
「特に先頭集団にいるやつらは試験すら楽しんでる余裕があったからな。それになにより……」
剣士がにやりと返す。そして三人同時に口角を緩める。それが一番の印象に残った出来事だったから。
「「「オカマがやばい!」」」
三人のアハハと笑った声が静かな場所に響き渡る。涼宮強の異常さが記憶に刻まれている。その見てくれのインパクトも後押しされてより鮮明にネタになる。
三人ともこれで終わったと思っていた。
その笑いを遮る足音が近づいていることに気づくのが遅れていた。
「ハァ――ハァ――」
静かに荒れた呼吸が耳を刺激する。枯れ枝が踏まれて砕ける音、パキっという音が辺りに響く。三人同時に言葉を失う。それが突然の来訪であるからではない。その姿があまりにも痛々しく見えた。
「ここは何の試験だ……」
男は問いかける。顔が整っている。顔が土で汚れている。制服が破れている。右腕から血が下に滴っている。とこどころ裂傷や打撲が見られる。
「アンタ……その状態は試験やってる場合じゃない。ちょっと岩井、すぐに救急グッズ持ってきて!」
「わかった!」
だが制止する声が響く。
「やめろッ!」
傷らだけの男が訴えかけてくる。目が告げてくる。終わってないと。止めようとする自分たちに剥き出しの殺気を向けてくる。目に余る愚行。それに魔法使いの怒りに火が付く。
「アンタ……何言ってんの? その状態で――」
ボロボロになりすぎている。ダメージを受けすぎている。
「こんな結果でまだ続ける気なの……」
前とのタイムの差が開きすぎている。先頭集団とは一時間ぐらいの差。
「アンタに特別に良い事を教えてあげるわ。アンタが最後よ。もう先頭は最後の試験を受けてるものも出ている時間。その無意味な状況で、その重体で、弱いアンタに何が出来るっていうの?」
別に彼をバカにしたいわけではない。よく頑張ったと褒めてやりたい。それほどにボロボロだ。必死だ。ただこの先に進むことで男に何もないと分かっているだけだ。
「マカダミアの試験合格者は上位百名。あなたは現状三千番目。この基礎体力試験でそんな結果じゃ貴方は受かりっこない!!」
それが賢明な判断だと思っているから、伝えてあげたいと思う。今すぐにでも治療を必要としている。呼吸が荒く流れる血が止まっていない。地雷原で受けた傷が開き始めて男の体力を奪い続ける。時間が経つごとに彼の血がどんどんと地面に吸われていってる。
「悪いことは言わない……もう諦めなさい」
魔法使いの言葉に合わせて視線を向けた。タンクも剣士も傷だらけの最下位に向けて厳しい目を送る。優しさでは懐柔できないとわかっているから。その目に宿る意志の強さを伝えてくるから。
「うる――」
その計らいを遮るように
「せぇ……」
傷だらけの男は呼吸が乱れたまま掠れた声で返してくる。ぎらついた目が返ってくる。
「説教みたいな……御託はいらねぇ。その丸い岩をどうすればいい……」
ふらふらと試験で使われる岩に向かっていく。止めるなと意思を伝えてくる。
「アンタ!?」
魔法使いの女は足取りの遅い男を追いかける。一番大きい岩の前でふらつく状態で倒れそうになる体を岩に手を掛けて寄りかかるようにした。
「わからないなら、何度でも言ってやる! アンタは最下位で才能がないから無理だって言ってるの!!」
先頭集団は笑って試験を突破していく。困難を楽しむように向かっていく。それに比べて男の悲壮感はなんだ。困難に打ち砕かれて傷だらけになっている。ボロボロになり血を流してフラフラと歩いている。呼吸もままならない。
結果は歴然ではないか。だが、
「わかってんだよ、そんなことは……」
男は返す。魔法使いに言われなくても地雷原で理解している。
「俺に才能がねぇなんてことも、実力がないなんてことも……とっくの昔にわかってる」
マカダミアの試験に受かる確率なんていうのがゼロに近いのはわかってる。
「今、自分が最低な位置にいることなんてイヤだってほどわかってんだよ……」
絶望的な場所にいることも自分の体の状況も誰よりも理解している。
「それでもな……」
それでも理解したくない。それがどんな絶望を指していたとしても。諦めろと何度言われても。
「わかってて諦められねぇことだってあんだよ……邪魔をするな」
男の言葉に魔法使いはため息を返す。説得は無理だと理解した。この男は優しさなど求めていない。この男は諦めることを拒絶する。この男は狂っている。その狂気に何を言っても無駄だと。
命令するように告げた。
「どの岩を選んでもいいわ……途中で削って軽くしてもいい、欠片でもいい……ゴールするまで持っていきなさい。必ず最後まで持っていきなさい!」
魔法使いの説明を聞き男は歩き出す。それは一番小さい岩だった。弱弱しい力でそれを持ち上げようとして男の体が揺れた。タンクが反応して動こうとする。
「アブなッ――」
タンクの胸に当たる腕。それは遮るように体を押さえつける。剣士が制止をかけた。顔を横に振ってタンクに伝える。手助けをしてはいけないと。それがきっかけで不合格とあれば男の意思が無駄になる。
頭部大の岩を体に括り付け男はフラフラと歩き消えていく。何もない先に答えを求めるように。試験官三人の心に爪痕だけを残して消えていった。
「頑張ってって言ってあげればよかったかな……」
しょぼくれる魔法使いにタンクが近づいていく。
「三葉は間違っていない。誰かが言わなきゃいけないことだ」
「岩井……」
「そうだ、三葉。俺達に出来ることは何もなかった」
剣士は遠く見つめ、
「どう足掻いてもあれでは無理なんだから……」
櫻井の結果がもう決まってるように残念そうにこぼすことしかできなかった。
≪つづく≫
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