第177話 オカマTueee、ピエロYoeee!! —最強と最狂の男―

 薄ぼやけた視界。爆風に吹き飛ばされて頭部を強打した感覚。


「ついてねぇ……不幸だ……」


 平衡感覚が失われている状態に鞭をうって立ち上がる。自分の位置を把握しなきゃいけない。


「はぁはぁ……大分後ろに戻されてる……」


 息切れしながらも目の前にある遠い距離に落胆を感じる。三歩進んで二歩下がっている様な感覚。爆発の威力がデカすぎるが故に戻される距離も大きい。体にダメージも残る。


「くそがぁああ……」

 

 悪態を付く俺の前で沸き起こる無数の爆炎。その中でも実力があるやつはなんなく進んでいく。


「いけー、アルフォンス!!」

「はっはっはっ、マッスル楽しいな万理華!!」


 筋肉とアルビノの珍妙な二人組が笑いながら地雷原を突き進んでいる。この状況ですらアイツらにとってはなんてことない日常だったってわけか。この程度は異世界で経験してこいってことだろう。


「ちっくしょ……」


 なんで俺はアイツらとは違うんだ……。


 悔しい。俺はアイツらみたいに絶望を笑い飛ばせる世界じゃなかった。相手は魔物ではなく人間だった。騙して出し抜いて人を蹴落とすことしかあの世界で経験できなかった。人の闇しかみることができなかった。

 

 誰一人信じられるものなどなかった世界。


 俺の人生は無意味なまま終わっちまうのかよ……


 異世界で戦闘経験などない。能力はクソの役にも立たない。基礎ステータスだってゴミみたいな値。何もが三流。いくら努力しようとこの第一の試験すら突破することはできないのかよ。才能がない奴は何をやっても無駄なのかよ……


 苦しむことしかできないのかよ……。


「アレは……」


 絶望に頭を垂れる俺の目線が自然と上がる。


 そこに目を奪われた。


 黒髪のダルそうな男が何かを考え込むようにぶつぶつと呟きながら爆風をもろともせずに進んでいく。爆風が横から吹きつけようと身構えもせずただ歩いている。スカートを揺らしながら。


「……」


 消えてしまいそうに遠くなっていく背中。俺の目標でもある男。俺とアイツの位置は遠い。爆炎が二人を近づけないように火柱を上げていく。まるでおまえじゃ無理だ届くわけもないと語り掛けてくるように。その背中を追いかけることが地獄の道であるかのように感じてしまう。


「感傷に浸ってる場合じゃねぇな……」


 これが俺の生きる目的。


 お前という存在を殺すということが俺に与えられた命題だ。


 お前がどこへ行こうとも、


「逃がさねぇぇえええ!」


 俺はやつの背中を追いかけるように走り出す。考え無しの行動が招く結果は見えていた。不幸な俺が平坦な道を進むことができるわけがない。爆炎が俺を遮るように包み込んで、弾き飛ばす。


 倒れるが今度はしっかり受け身を取った。ダメージは体に残る。それは体の感覚を奪っていくのかもしれない。けど、それでも奪えないものがある。


「どれだけ痛みを与えようと、どれだけ絶望を与えようが、無駄だ――」


 心のままに俺は走り出す。足が止まるはずもない。諦めることならもうとっくにしていた。もう絶望など死にたいと思うほど味わった。生きてる意味などないと思っていた。


「俺を殺せるものなら殺してみろぉおおおお!」


 アイツを殺すことが俺の今生きている意味。それが消えない限り俺の心は挫けない。色褪せない。止まらない!




◆ ◆ ◆ ◆



「大分数が減って来たなー、僥倖、僥倖♪」


 もはや諦めだすものが続出する。地雷の威力に加えてその爆音と悲鳴が心を殺していく。兵器は一撃目で威力と脅威を心に刷り込む。二撃目以降は当たらずとも相手の戦意を恐怖でそぎ落としていく。おまけにそれが自分の目の前で無数に起きているとなれば実力がないものにとっては地獄に等しい絶望を与える。悲鳴が共感を呼び、自分の未来を映し出す。


「う……ん……何あれ?」


 試験官も目を奪われる。


 絶望に染まらない一人の姿。何かをぶつぶつと言っている。まっすぐに地雷原を走るでもなく慎重に進むのでもなく普通に歩いてくる。横で爆風や悲鳴が鳴ろうとなにひとつ気にしていない様子。さらにスカートをはいた黒髪の男が歩いてくる。


 後ろからのピエロの殺意にも気づかず試験官の目線を気にしない。


「私は美咲……私は美咲……あっ!」


 美咲になりきろうとする男は忘れていた何かを思い出す。


「さくらんぼの髪留め借りてくるのを忘れた……やっちまった……」


 替え玉を誠心誠意こなそうと女子生徒の制服を借りてきたのにシンボルマークを忘れてしまっている。その髪留めは、いま自分の制服を洗って干している美咲の頭にある。


「あぁー、素晴らしい一日です。このままどこか遠出しちゃおうかな♪」


 幸せを満喫している少女は知らない。自分の替え玉を演じる変態サイコ野郎のせいでマカダミアの受験に名を残すことを。


 強は立ち止まって周りの状況を分析する。額に手を当て見渡す。


「それにしても高尾山って地雷がこんなに埋まってるんだな……戦争の遺産っていうのは悲惨だなー」


 それが試験だということに一切気づいていない。みんなが移動しているから着いていってるだけである。そしたら爆発で他のやつらが死にかけている。どうでもいい。


「さっさと試験会場に移動しなきゃなー」


 再び歩き出す目を引く変態。試験官にもその周りとの雰囲気の違いを与えている。


「なんなの……あのオカマ?」


 緊張感もなくビビることも無く焦ることも無くマイペースに進んでくる不吉なもの。試験官はまだ知らない。それが最凶で最恐になる予定の最強のオカマだということを。知らないからこそマイペースな雰囲気が気に食わない。


「ちょっとビビらせてやるー!」


 対象を強に絞り地雷を強の足元に移動する試験官。強の足がその地雷の場所に動く。


 ——ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね……試験なんだから!


「えっ……?」


 罠が発動する瞬間を楽しそうに待っていたが何も起きない。普通に歩いてくる。


「えっ、なんで、なんで!?」


 目を丸くして驚く試験官にも気づかずにスタスタと歩いていくオカマ。


「地雷の回収に登山客を使うとは恐ろしい山だぜ、高尾山。お国もこれで税金を少なくするとは非人道的国家だぜ、日の丸日本!」


 オカマのテンションが上がるが、試験官は目をパチクリする。


 ——不発なの……なら、もう一回!


 能力を使い違う地雷を替え玉オカマの足元に移動する。一度でダメなら二度目。


「えっ……なんなの、あのオカマ!? なんで地雷が効かないの!?」


 オカマが通る道には何事も起きない。能力でしっかり移動している位置は把握しているが強の場所では地雷が発動しない。


「そういう能力なのかしら……」


 自分の能力を疑うことはない。体重を軽くする能力や電子機器を破壊するジャミング系の能力。他にも地雷を無力化する能力を考える試験官。だがそのどれもが見当違いに終わってることに気づいていない。


 強の進む道で死にかけ地に倒れている者にしかわからないトリック。


「なんだ……アイツ……」


 スカートが倒れてる自分の真上を通過していく。その不吉な足が一歩一歩踏み出されていく。地面から水平に見るからこそ分かる。


「宙を歩いてやがる……ドラえもんか……」


 強の足は地面に触れていない。数センチだけ浮いている。下に地雷があることを警戒しているオカマは空気の層を歩いている。涼宮強は空気を触ることが出来る。殴ることができる。飛ばすことができる。


 もちろん、空気の上を歩くことも出来る。


 オカマは地雷原を何事もなく通り抜け次の受験会場へと向かって姿を消していく。


「不思議なオカマ……」


 試験官はただ見送るしかない。自分の能力を超えてくる相手を前に構ってる余裕もない。もう、そろそろ区切りを付けたい時間になっているから。


「あと残りはどれぐらいだろう?」


 もはや半数は削りきれている。戦意を喪失している。立ち止まっているもの。倒れて動かないもの。スタート地点に命からがら逃げ帰るもの。


「私の仕事はここまでかな」


 結果に満足して笑みを浮かべる。あとは終わりを待つように地雷を終盤に固めるだけ。これ以上は通さないという意志を固める。通行止めを意味している。この時点で抜けることが出来ないものに試験をやっても無駄。マカダミアに受かる見どころがないという落第を突き付けるために。


「ああいう子は嫌いじゃないけど……」


 その中で一人もがき続けるものがいた。誰もが終わりに染まる中で不器用にも抗い続ける一人の少年。


 ——体を使え、頭を使え! あるものすべてを捻りだせ!!


 地雷を踏み込むこと五回目。体が宙へと空に舞っていく。諦めろといわんばかりに地に勢い良く叩きつけられるカハと空気を漏らす。背中を強打したことによる一次的な呼吸障害。確実にダメージは蓄積されていく。


 それでも少年は諦めない。諦めることをやめてしまったから。


 ——この程度のダメージ……

 

 走ることを止めない。


 ——銀翔さんに殴られるのに比べりゃ屁でもねぇえええ!!


 櫻井が異世界から帰ってきただけだったらここまで持たなかったろう。彼には能力しかない。それでも強を殺すことを目的に鍛え続けた。師を仰いだ相手は希少なトリプルSランク。軽く殴られても悶絶必死の攻撃に耐えてきた。


 努力は無駄ではない。


 少しずつでも少年は強さの高みへと昇っていく。ゆっくりかもしれない。まだそこは入り口に近いのかもしれない。


 それでものぼり続けることを止めない限り着実に進んでいっている。


「頑張れ……手は抜かないけど」


 試験官の眼に映る光を放つ少年にエールを送る。その輝きはまだ淡く泥臭く汚い。宝石の様に光るものはない。どこぞの路傍の石。それでも何か魅力を感じてしまう。


 眼に迷いがなく意思は強さを身に着けている。歪な執念の塊。


 動くことも考えることも止めない執念が光明を見出す。


 ——倒れているやつらの近くの場所には地雷がない……そうか!? マカダミアの受験だから人に配慮をしている。倒れている人間にも無差別に当たる位置に地雷を置くことをしないのか!!


 時間がたったことにより増えてきた落第者たち。ダメージの限界を迎え動くことをしない倒れている人。そこに地雷を発動することはないという考えは当たっている。それをやってしまえばオーバーダメージによる重傷を与えてしまうかもしれないから。


「気づかれちゃったか……」

 

 櫻井の予想通りの展開。


 ——イケる! これならゴールまで届く!!


 倒れてる受験者たちの近くを駆け抜けていくが、


「ここまでしか……ないのか……」


 足が止まった。受験者のバリアが無くなる地帯は存在する。ゴール前に近づいてしまったが故にそこにはいない。そして、そこには少年の行く手を阻むように地雷が固められ配置されている。


 そこはデットライン――


「行き止まりだよ少年……頑張ってるところかわいそうだけど、タイムアップなんだ」

 


 時間がかかりすぎたが故に届かないゴール。横一線に凝縮されるように配置された見えない地雷。足を踏み入れれば弾き飛ばされる。爆風に飲み込まれるだろう死地。踏み込めばどうなるかは予想がつく。


 そこに倒れている受験生がいないことで櫻井にもわかっている。ここから先は確実に地雷が仕込まれていることが。そこに倒れている者たちがいないという結果が何を意味しているか。


「踏み込めば後ろに弾き飛ばされるってことか……」


 絶望が彼の邪魔をする。彼の進む道にどこまでも待ち構える。人生で上手くいくことがない。ひたすらに諦めろと襲い掛かる。彼の終わりを望むようにそれはいつ何時でも彼につきまとう。


「はっ……いいぜ、かかってこいよ」

 

 だが、彼は絶望を鼻で笑う。絶望と長く付き合ってきた。落ちるところまでは落ちた。失うことしかなかった。それでも彼が見つけた一つの道。特異点に復讐するという生きる意味を手放すことを諦めない。


 試験官の前でデットラインに向けて覚悟を決めて


「なっ……あの子死ぬ気なのかッ!?」


 走り出すピエロ。それは捨て身ではなく自殺に近い行為。


「殺せるもんなら殺してみやがれぇええええ!!」


 地雷原に頭から飛び込んで突っ込む愚行。試験官の対応が間に合わない。


 ——あの子気が狂ってる! ダメだ……地雷を敷き詰めたせいで移動できない!?


 死ぬかもしれないという状況で狂ったように笑うデスゲーム出身者。最狂の愚行。頭から地雷を叩きつけ爆風に身を捧ぐ自殺行為。


「バカァアアアアア!!」


 試験官の必死な叫びは連鎖で起きる爆音に消される。爆発の振動で近くの地雷が連鎖するように爆発していく。爆炎を悲しそうに眺める。諦めないことが美徳ではない。ここまでするやつがいる想定をしていなかった。自分の命を犠牲にする狂った男が試験に望んでいることなど考えもしなかった。

 

 彼の考えを理解するには住む世界が違いすぎた――


 狂った世界で生き抜いた壊れた少年の行動などわかるはずもなかった――


 悲しい結末に力なく膝をつき天を仰ぎ見る。


「あれは……」


 爆風に煽れ吹き飛ぶ体がデットラインの上空を舞う。諦めない執念の塊が空を飛ぶ。痛みに歯を食いしばりながらも喜びの嗚咽を漏らす。


「予想通りだったぜ……やっぱり地雷原か……」


 地面に叩きつけられバウンドして転がりながらも嗤っている。


 ——やっぱり最後のところに地雷がたくさんありやがったか……


 頭から飛び込んだのは自殺行為ではない。ゴールするための奇策。足から浮けば後ろに吹き飛ばされやすい。体重が後ろに残っているから。


 ——だからこそ、頭から突っ込んでやったんだ……爆風で飛ぶために!


 櫻井は少しでもゴール付近に重心を移動するために頭から身を捧げた。爆発するより早く自分の足をゴール付近に動かして重心を飛びたい方向に移動した。誰しもができることではない。ダメージ覚悟の玉砕。


「あの子、無事だったんだ……よかった」 


 膝をついている試験官のまえで転がりながらも地を這うように急いで向かっていく。次の試験会場へと。止まることなどないと言わんばかりにがむしゃらに。その姿に安堵して目を擦った。


「君はすごい子だよ……とても普通じゃない……」


 試験官は気を取り直す。最後の試験突破を確認した瞬間だった。


「でも、そんな状態で受かれるほどマカダミアは甘くないよ……」


 どこか悲し気に櫻井の未来を予想するように呟き第一の試験を終わりを迎えた。



 受験者数一万人、第一試験突破人数三千と一名。



≪つづく≫

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