第176話 置いてっちゃいますからね、田中さん!!
マカダミアの受験が始まった。
所々で叫び声が聞こえる。何もない土だけの平地に一万人の受験生達が全力で疾走していく。大人数の足音は爆発音と悲鳴で音がかき消されていた。初っ端からこんな内容とは予想もしてなかった俺は眉を顰めるほかない。
「くそ……あのオカマ野郎のせいで」
出だしで遅れを取っている俺は立ち尽くす。情報をもっと集めておくべきだった。
目の前の光景を分析するに慎重に進むほかない。目の前の平地にあるのは地雷原。そこを走り抜けなければ次の基礎体力試験を受けられない。記念受験で来ていた馬鹿共は地雷を見事に踏み空へと舞いあげられている。
地雷の威力が尋常ではない。アレを喰らえば確実にダメージが残る。
「考えろ……」
俺を追い越して前を走っていくやつを観察する。足跡をつけていく位置を正確に把握しろ。目を凝らせ。頭を使え。アイツが歩いたルートを慎重に覚えろ。やつが辿った道のりを確実にトレースしろ。地雷の位置は先を行くやつが教えてくれる!
俺はその足跡を辿っていくだけだ!!
「このルートか!」
俺はそいつの後を追うようにして走り出す。寸分もたがわずに足を着地するようにして移動を繰り返す。覚えた足跡の位置を正確に右足左足と交互に踏み出して隣で上がる爆音を追い越す様に駆け抜けていく。
「なんだ……意外といけるじゃねぇか!!」
やはり俺の考えは正しかった。地雷であるならば位置が固定されている。安全なルートを確認しつつこの状況を打開すればいい。自分の考えが当たっていることと進みが格段に早くなったことで俺は気分が上がっていく。
それもそのはず。異世界で戦闘経験がなく触れて考えを読むことしかできないクソみたいな能力。その状態でマカダミアに受験できるわけもない。この日の為に俺は死ぬほどトレーニングをしてきた。銀翔さんと手合わせを繰り返しは血が混じったゲロを吐きまくって意識を失うこと百を超える。
だから、俺はこっちの――現実の世界でひたすら自分の力を上げてきた。
それが実を結び始めているのだから気分もあがる。なんとか前を行くやつのスピードにもついていけてる。
「ダメだ……これじゃあ……」
だが、その高揚も束の間で消える。目の前で数名のヤツが地雷原を抜け終えて次の試験会場に走っていく。周りの一部のやつらもひょいひょいと軽々と地雷原を突破して先を目指している。俺は中盤くらいの位置。遅れている。百名に残らなきゃいけないという条件で考えれば合格ラインの後ろにいる。
「ちっくしょ……」
だが、食らいついてくしかない。俺には目的があるのだから!
俺は走り続ける。出来ることは今この瞬間に全力を出すことだけ。
「なっ!」
そんな俺の前で閃光がはじけ飛び砂が視界を塞ぐ。慌てて視界を塞がれないように腕で目を防御する。予想外だからこそ驚いてしまった。
「どういうことだよ……」
俺が通るはずだった先のルートを走ったやつが地雷で吹っ飛んでいる。
「そこは安全なルートのはずだっただろうがぁ……」
見間違えるはずがない。ちゃんと記憶したはずのルートで起こる爆発。状況が一変している。慌てて辺りを見渡すが爆発が鳴りやまない。
「おかしい、これは何かおかしい……」
俺以外でも同じことを考えるやつがいるはず。なのに、なぜこんな爆発が起きてる。その状況がおかしい。それにさっきの通ったやつは無事で今のヤツがアウトな理由っていうのはなんだ……。
俺は慌てて足元の地面を見た。
「まさか……これって!?」
単なる受験ではないことを忘れていた。これはマカダミアの受験。下にあるのは固定式地雷じゃない……移動式埋め込み地雷! 地雷が動いているってことか!?
一度通ったルートが安全なんて甘い試験ではなかった。悲鳴が鳴りやまない受験会場。最初からヘビーな試験。
ここで出来るだけ受験生を落とすつもりか……
「くそが……」
ただ、俺は落ちてやらねぇからな!!
「舐めんじゃねぇぇえええええええ!!」
破れかぶれに俺は走り出す。もう俺が出来ることはなかったから苦肉の策だ。地雷を設置しているやつに触れればわかるかもしれないがそんなやつを見つけることも出来ない。ビビって立ち止まってる時間で成績が決まってるかもしれないなら、ダメージ覚悟のうえでも走りぬけてやるよ!!
「えっ――」
しかし、俺の不幸はいつ何時でも発動する。わずか10メートル進んだところで足元にピッと音が鳴り地面が湧きだす。気が付いたときには全身が赤い炎に包まれ上空に爆風で巻き上げられる。
嫌な予感はしていた……ゼッケンを渡された時から……
番号が『4989』なんて不吉すぎるだろうがぁっ!? 四苦八苦ってことだろう!!
◆ ◆ ◆ ◆
「おひょー、すごい勢いでとんどる、とんどる♪ 僥倖、僥倖♪」
自分の視界で吹き飛んでいく受験生たちを見てマカダミアの試験官である女子高生は笑みを浮かべる。彼女の能力は『
そして彼女が生み出した地雷は櫻井の予想どおり地中を定期的に移動している。
「ここでもっともっと落としておかなきゃね、気合入れていくよー!!」
一万人の受験生の数を減らす役割に熱が入る。一万などという数をこのあとの試験でみるつもりもない。ここで半数以上は減らすつもりで地雷の威力を上げて仕掛けている。
その地雷の数は三千に及ぶ。三千人を対象とした数字ではない。扱える能力の限界値が三千というだけ。だが三千人落とすのが目標ではない。ひとつの地雷で近くにいる数名も同時に打ちあがる。
「君たちには半分くらいになってもらうよ♪」
田中達が進んでいる最中に地雷原で櫻井が気づいたことを僅かばかり遅れて、ミカクロスフォードが
「田中さん! この地雷動いてますわ!!」
「一筋縄ではいかないってことでふね……」
「えぇー、地雷なのに動いちゃうんですか!?」
気づく。それに慌てるサエミヤモト。田中は他のメンバーを確認する。
「みんな、僕の傍から離れちゃだめでふよ!」
「何を言ってますの、田中さん……」
「そうだよ、田中さん……」
「へっ……でふ?」
ミカクロスフォードとミキフォリオは呆れた様子で田中を見る。田中が理解していないことに対して呆れているのだ。
「これは受験なんですわよ、田中さん!」
「そうだよ。田中さんはマカダミアに入りたいんでしょ! 私達にかまってて落ちたらどうするのさー?」
「でも……みんなで一緒に……」
みんなで行きたいという想いと田中の夢を応援する意見が交錯する。その横でクロミスコロナがふっと笑って言い合いを他所に先に走り出す。
「じゃあ、私は先に行くね」
「ちょっと、クロたん!?」
地雷原に臆せず軽やかに走り抜ける。スピードを上げつつ感覚を取り戻していく。視界にぼんやりと感じる違和感を元に暗殺者はいの一番に動き出す。
――なんとなく、あそこ危ない。そこもか。じゃあ、とりあえず上に跳ぶ
感覚が危険な匂いを教える。褐色の暗殺者は死の匂いをかぎ分ける。耳をすまし地中深くの音を探る。何かが動く音がする。
そこを注意深く観察する試験官。
「あの子なかなかやるー、でも簡単には行かせないよ!」
試験官がクロミスコロナに対象を絞る。その挙動の変化を戦闘経験で培った感覚が教える。
——ちょっとずつ動いてる。着地の瞬間を気を付けないとと思ったら、私の着地点を狙ったように地雷が移動してる。そうか、これどこかで見て標的に向けて動かしてる。それで、
「私を標的にした」
クロミスコロナは自分の感性に従う。感覚を何より大事にする。なぜなら彼女はそれでいままで生き抜いてきたのだから。スカートの下に手を入れ、太ももに装着されているナイフを引き抜き、声を上げ、
「
着地点に着くより早く空中で投げぬく。
田中の前で爆炎に消される小さな褐色の体。
「クロたんッ!!」
叫ぶ田中と対照的に試験官は口笛をならすもの。
「ひゅー」
それは気分を表したもの。ただ単純な感想。
「あの
爆風の中からその軽々とした身のこなしで風にのるようにして前に飛び出す暗殺者に感動した。やろうとしたら、それすらも逆手にとって飄々と交わされたことに敬意が現れたもの。
黒猫は着地と同時に田中達へ振り返らずに走り出す。狙われる対象が自分からそれたのを確認したと同時にスピードを上げ駆け抜ける。田中達を残して一人突き進む。けして、メンドクサイわけではない。
彼女なりの田中へのエールの送り方。
「田中、私は先に行く」
迷ってる田中にこうすればいいんだよと教えるように、自分の出来る分野を最大限に発揮して楽しんで進んでいく。言葉で伝えるのがあまり得意ではない。だからこそ少女は本能で訴えかける。田中組の中で一番精神が未熟な部分はあるが、やりたいことに一番正直な彼女のやりかた。
「クロちゃんに……置いてかれちゃった……」
「サエ! しっかりしなさい!!」
「ひゃ、ハイ!」
いじけてるサエをミカクロスフォードが叱咤すると慌てて立ち上がる。その半泣きの三つ編み少女の肩を掴み貴族は優しく語り掛ける。
「サエ、貴方はやれば出来る子なんだから。素質だけでいったら私たちの中で断トツは貴方よ。その力を存分に見せなさい」
「私に素質なんて……」
「大丈夫、貴方なら出来る。困ったら、精霊に相談しなさい。私は先に行くからね」
サエの肩から手を離し、ミカクロスフォードは田中に別れを告げる。
「田中さん、私も先に行きますわ」
「ミカたん……」
金髪ドリルツインテールの淑女は指先をかざし空中に魔方陣を描き出す。そこにあるマナを凝縮し想い描く形に生成する。
「
その想いに呼応するように大地が盛り上がり、こねくりまわされていく。それは段々と人型に近づき巨大な土の人形を作りだす。創成した主に従うように片膝をついてゴーレムはミカクロスフォードに手を差し出す。貴族は片方の髪を弾き、優雅に堂々とかしづく傀儡の手のひらに足を踏み入れる。
「それでは田中さん、またあとで会いましょう」
気品高い笑みを送りゴーレムを立ち上がらせる。巨大な一歩が踏み出される。その足裏で爆発が走った。だが、その重量がびくともすることはない。強度と質量が違いすぎる。何事も無いように強大な土くれと金髪貴族は地雷原を超えていく。
その姿を見送る、
「やだね……これだから貴族は。自分の服を汚さないで行くってやり方とるんだから」
僧侶はにやりと笑い冗談めかして皮肉を吐いた。彼女が無詠唱で行った魔法の高さにも笑いがこみ上げてしまっている。
「私は泥臭く行くから……」
決意を固めて田中を振り返り、僧侶はバトルメイスを片手に告げる。
「ミカに遅れをとるわけにはいかないから……」
メイスを握る手に力が込められていく。細い腕ながら筋肉が凝縮していく。
——持続回復魔法かけながら歩くのも出来るけど、そういうメンドクサイの私の趣味じゃない。力で押し通る!!
下に振られたそれは地面に突き刺さり前方の土を抉り飛ばす。それは大地を切り裂くような線を残している。女の力とは思えないほどの怪力。
「私も行くよ、田中さん!」
「……」
僧侶は自分が作り出した我が道を駆け出し田中を置いていく。
「た、田中さん!!」
「は、はいでふ!!」
突然の三つ編み少女の奇声に田中はびっくりした。どこかテンパっていながらも目に力強い意志を宿している。彼女もわかった。三人が何を田中に伝えようとして、なぜ動き出したのか。
「私もお先させてもらいます!!」
「サエたん……」
そういう意志を伝えてくる女の子ではないからこそ田中は面を喰らう。驚いてる田中を他所にサエミヤモトは胸に手を当てて内なるものに語り掛ける。
——お願い、力を貸して。
主人の命に従いそれはマナを契約料として姿を具現化する。火で
「焔ちゃん、力を貸して!!」
「めずらしくやる気だな、マスター♪」
意志の強さに精霊は笑みをこぼす。願いは彼らにとって最高の食事である。それが純粋であればあるほど。彼らにとって美味である。だからこそ精霊はマスターの願いに応える。
「サエ、ここを突破すればいいんだな?」
「お願い!」
「じゃあ、マスター背中に捕まりな」
「うん」
精霊は高度を下げサエに背中を差し出す。それに勢いよく少女はしがみ付く。体勢が整ったところで三つ編みメガネの女の子は好きな人に顔を向けた。皆が伝えた思いを言葉にするために。
「うかうかしていると置いていっちゃいますからね、田中さん!」
「……」
「うんじゃあ、コイツを置いてちゃおうぜ、マスター!」
「えっ?」
田中の返答より先に精霊が答え、力を込めていく。火が勢いを増す。だが、サエにその熱は伝わらない。精霊の護衛対象と選定されているために契約精霊が彼女を傷つけることはないから。
しかし、背中に乗りながらも恐怖を与える。その精霊の力が強いために。
「いくぜぇええええええ!」
「待ってぇぇエエエ!!」
地雷原でも空中に居れば問題ない。誰よりも早く精霊は地雷原を飛びぬけていく。ジェットコースターに乗ったような恐怖を味わう内気な少女を背に。
「みんな……行ってしまったでふか……」
一人取り残された田中はポツリと零した。各々が各々のやりかたで地雷原を突破していく。チーム戦ではなく個人戦。彼女たちは彼女なりのやり方で受験に立ち向かう。マカダミアに入りたいのは田中の意志だ。
英雄に憧れていたから。
それに彼女たちを巻き込んでる負い目もあった。
しかし、彼女たちは自分を置いて受験に臨んでいく。巻き込まれたのではなく自分の意志だと言わんばかりに。自分たちのことは気にしないでと伝わるように。
「ここでやらなかったら……」
力がこみ上げてくる。彼女たちの後押しが田中に力を与えていく。今ある力を無駄にすることは彼女たちの意思を無駄にする行為。
「ダメでふよねッ!!」
自分のやりたいことをやらなきゃいけない。そう彼女たちは教えてくれた。だからこそ、その意思に想いに答えるのが主人公の務めである。丸みを帯びた身を屈め、足に力を込める。彼の一番の得意とする技を放つために。
「
竜騎士は高く空へと舞い上がる。何にも縛られずに自由に空を飛び跳ねる。
己が夢を果たすために少年は竜騎士となったのだから――
≪つづく≫
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