第175話 オカマだけは許さねぇ!

 会場にいるやつらが混乱するなかで一番混乱していたのは、


「アイツ……」


 俺だった。


 目を見開き怒りより驚愕に意識が持ってかれている。スカート姿で颯爽さっそうと現れた特異点。やつはどこか気だるさの中に自信を身に纏っている様な感じで鼻息荒くし、呆気に取られている受付係を前に受験票を机にバンと叩きつけた。


「よろしく」


 片目をつぶりウィンクしようとしているがうまく出来ずに、歯をむき出しにして係員を威圧している。謎の変態の威圧に係員は思わず苦笑いを浮かべ口元をぴくぴくと引きつらせている。誰もがその異様な行動に目を奪われていた。


 あまりに無駄な力が入りすぎているせいか、顔がこえぇ……違う、違う!


 俺は動揺を振り払うように頭を左右に激しく振る。


 くそ……なんなんだよ、アイツ!!


 動揺から我に返り憎しみを含んだ怒りがこみ上げてくる。わけのわからないやつだ。係員も一歩遅れて俺と同じように頭を振り動揺をかき消す。


「氏名、中学校名をお願いします」

「すぅー……」



 やつは係員に言われた言葉を大きく吸い込むように深呼吸をしてから、



「涼宮美咲、駒沢第二中学校です!!」



 とんでもないことを口にする。


「えっ……?」

「へっ……?」


 どこの誰かもわからない謎の名前。係員も慌てて受験票を見ている。二度三度受験票とやつの顔を確認していったり来たりしている。俺も呆気に取られていた。


「キミ……違うよね?」


 誰しもが思った質問を投げかける係員を前にやつはのけ反り、


「涼宮美咲! 駒沢第二中学校ダァアアアアアアア!!」


 唾を飛ばす勢いの馬鹿デカイ声で相手を封殺に掛かる。


 何言ってんだぁああああああ、


 テメェは涼宮――


 強だろうぉおおおおガァアアアア!!


 思わず心の中でツッコまずにはいられない。


 やつは勢いで何もかもを乗り切ろうとするように大声で係員を威圧。それが功を奏して係員は勢いに圧されたのかゼッケンを慌てて手に取ってやつに差し出す。


「じゃあ、これ持ってて!」

「あざーす!」


 明らかに女装男性なのに女の名前を口にする変態特異点。しかも満足げにゼッケンを手に持ちどこかへ消えていく。やつが大きな声で叫んだことによりざわつく会場。


「どうみても男だったけど……名前違くね?」「いや……オカマの理想の名前なんでしょ」「あっ、そういうこと」「なんだ……あのオカマ?」「アイツ、ゼッタイ強キャラだろう……」「恰好だけじゃ飽き足らないところがやばいな……アイツ」「どこまでも貪欲なオカマだ……アイツは」「オカマの中のオカマだな」


 係員ですら、


「なんて筋の通ったオカマなんだ……実名より仮名を重視するなんて……」


 オカマ論で事実をねじ伏せてしまった。


 特異点がオカマなんてデータなかったぞ!? というか、女装趣味とかも聞いてねぇし!? いかれすぎだろう、あの電波野郎!? どこの宇宙と交信してりゃ受験当日にこんなふざけたことができるんだ!!


 イカレタ思考とイカレタ格好にイカレタキャラ設定。


 全てが初見で手に負えないものだった。


 会場中に動揺をまき散らす、不吉な元凶。


「いかん! アイツのペースに飲まれるところだった!!」


 誰もがもうすぐ受験開始前だということを忘れかけている。それは宮本武蔵が巌流島の決闘で佐々木小次郎をじらすより悪質な心をかき乱すような巧妙な罠。


 許せねぇ……。


「あの野郎……絶対ぶっ殺す……」


 アイツならマカダミアに受かることは間違いない実力があるのに、あえて周りを動揺させてふるい落とすつもりなのか。


「それでは間もなく試験を始めますので受験生は中央に集まって下さい!」

「なっ!?」


 思いのほか時間を取られている!?


 情報を集める前に試験が始まちまった。特異点に引きづられて何もしないまま時を過ごしていたことに焦るが時を逸してしまった。


 顔を歪めて悔しがる俺の前で続々と受験者たちが係員の前に集っていく。あの憎きスカート野郎もその一人だ。俺の殺意は完全にヤツを捉えていたが何も気にせず、アイツはオカマキャラをエンジョイしてやがる。


「ふぅー……」


 俺は怒りを深く息で吐きだし拳を握りしめてヤツを睨む。あのふざけた野郎に俺の人生はどこまでも無茶苦茶にされたんだ。許せるはずがない。さらにいまなお、俺の復讐を邪魔しようと訳の分からぬことを仕掛けてくる始末。


「今はまだだ……いずれお前を……」


 貰ってるデータからわかってる。やつの戦闘能力はSランクを超えてることは。今の俺はEランク。勝てるはずもない。だからこそヤツに近づいてスキをつく必要がある。傍にいてやつの懐に入り弱点を探って、俺と同じようにお前を絶望の底に叩き落してやる。


 その為の第一歩だこれは。


「それでは試験の説明を開始いたしますので、みな良く聞いてください!」


 奴と同じ学校に通うことが銀翔さんとの約束の最低ライン。もっとも近くで監視するためには学校に生徒として張り込むのが一番だから。そして、俺の目的はヤツを殺すこと。その為にもヤツを観察する必要がある。


「必ず受かってやる……」


 合格ラインが戦闘ランクCだとしても、必ず奴と同じ学校に通ってテメェを殺してやる、涼宮強!


 意気込みを入れる俺の前で試験内容が明かされていき、俺の命をかけた受験戦争が始まりを告げた。



≪つづく≫

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