第165話 三文字で気持ちが伝わる二人でも二文字ではわからない

 実は玉藻や美咲には友人が少ない。察して頂けているだろうか。彼女ら二人が休日遊ぶような友達がいないことを。


 なぜか?


 涼宮強という男のせいである。


 登校時も下校時も一緒に過ごさなければいけない制約。二人は社交的ではあるが、これと言った友人が実は少ない。美咲は昴ぐらいにしか心を開いていない。


 そして、今日この日にミキフォリオと玉藻は友人となった。


 その中で実は何も知らずに取り残されている男がいる。


 机に突っ伏している男は空をしばらく眺めてはしばし目を閉じるのを繰り返し、帰るタイミングを探している。


「じゃあ、帰ろうよ」

「そだね。帰ろう」

「ちょっぱやで帰るだべ♪」


「やっぱ……」


 教室の他愛も無い会話で


「みんな帰ってねぇか?」


 遅れて気づく強。机から状態を起こし周りを確認してみる。ところどころ鞄が無くなっている。まだ受験準備に取り掛かっているものもいるためにまばらに生徒達が帰っている。


 そのことに気づいても、なお机に突っ伏した。


「早く帰りてぇなー……」


 涼宮強が残っている理由はただひとつである。それがくればいつでも帰ろうと考えている。むしろ早く来ないかと待ちわびている。それはミカクロスフォードではない。プレゼンに行ったピエロでもない。魔鉱石関係ではない。


 人とのつながりが少ないが故にそのひとつひとつ意外と大事にする。


「玉藻どこ行ってんだよ……早く帰ってこいよ」


 もう玉藻は帰っている。それでも彼は待ち続けている。美咲の件も許したうえに、はや一時間ほど待ち続けている。玉藻がミキフォリオと二人で遊んでいることにも気づかない、鈍感な男はただ時を静かに待ちながら空を眺め続けていた。


 意外と律儀な男である。



◆ ◆ ◆ ◆



「タマがここまで……涼宮が好きだったなんて」


 ミキちゃん改めみっちゃんは私のラブレターをまるでくじ引きでも引くように手に取った。これも全てあのおじいのせいである!


「あー、ダメ、ダメ!!」

「そんな慌てなくても中を見たりしないよ」


 私は慌てて飛び跳ねてラブレターを取り返した。


 自分でも書きすぎてこれがなんて書いたやつなのかわからない。色んな書き方を試した。キスマークをつけたものや俳句形式などで書いたもの。



『俳句形式ラブレター』


 愛してる 強ちゃんだけを 愛してる


 著 玉藻

 


『短歌形式』


 変えたいな 鈴木じゃなくて 変わりたい 愛しているから 涼宮を希望します!


 著 玉藻



 こんなのを見られたら恥ずかしくて死んじゃうッ!!


「シャあー!」

「タマ……そんな猫みたいに威嚇されても」


 他にも三十ページに渡るものや音楽にしたものとか他にも諸々。時間がありすぎてたくさんレパートリーが出来ちゃったのは時間があったせい。真夜中のラブレター。真夜中のテンションは人をおかしくして次の日に死にたくなる。


 何度……翌朝ふとんで身もだえたことか。昨晩の恋の熱が灼熱となって自分を焼きにかかる様たるや地獄の業火のようにすら感じたこと幾千。


 それでも私は生きている。恥ずかしさで人が死ぬことはないことが証明された。


「しゃあー!」

「ここまでやってるのに涼宮に告白したことないの?」 

「えっ……」


 強ちゃんに告白……ですと。


 私の記憶が駆け巡る。幾重にも重ねた季節のなか隣を歩く強ちゃん。私は幸せそうな笑みを浮かべて連れ添っている。


「さすがにこれだけ書いてて一通も出してないとか……ないよね?」


 みっちゃんは驚愕と言わんばかりの顔をしている。私の感情は思い出によって冷たく閉ざされていくような感覚に見舞われている。心の中が凍り付いたように表情も死んでるように力が抜けていった。


「それを私にきいちゃうの……みっちゃん」

「ひぃっ!!」


 みっちゃんは尻もちをついて怯えだした。思い出すだけでも未だにわけがわからない。私は心と表情が死んだ状態で口を動かした。


「したことあるよ、告白。一度だけだけど」

「えっ?」


 私は一度だけ強ちゃんに勇気を出して告白をしたことがある。私は怒りそのままにその時の日記を本棚から取り出してページを開いてみっちゃんに見せつけた。


「何コレ、怖い、コワイコワイッ!!」

「これが私が強ちゃんに告白した証だよ……」

「これのどこが告白なのッ!? ホラーだよッ!! ページびっしり良くわかんない呪いみたいなものが書いてあるだけだよッ!!」


 その日の日記はひどく荒れていた。


「呪いじゃないよ。ちゃんとした日記だよ。みっちゃん教えてあげるよ……この日記の日に何があったのかを」


 忘れもしないあの日を――


 小学四年生になった私たちは二人で下校していた。小学校高学年ということでちょっと大人になった気分になっていたのがいけなかったのかもしれない。たまたま美咲ちゃんが体調を崩してお休みだった為に二人だけの下校。


 チャンスかも……


 私はちらりと強ちゃんの顔を覗き込む。どこか静かな雰囲気で空を眺めている。私は覗いた顔をすぐに戻してドキドキする鼓動を落ち着けようとした。


 けど収まる気配は一切なかった。


 強ちゃん……


「強ちゃん、あのね!」

「なんだよ……」


 私の声に対して気の抜けた声が返ってきた。三歳から恋をしてもうすでに七年が経過しようとしていたこともあり、その空気が私を後押しする。静かな雰囲気で二人で連れ添うように歩く帰り道。


 私は一度口を開きかけて、


「……っ」


 閉じようと躊躇ったが、


 ――言わなきゃ伝わらない



「強ちゃん、大好きだよ!!」



 気持ちを込めて相手に伝えた。となりにいる強ちゃんには聞こえるくらいの声量もあったはずだ。それが聞こえているのはちゃんとわかっている。だって返答があったのだから。


 忘れもしない返答だった。答えを待ちながら笑顔の私に返ってきたのはたった二文字だった。


「ああ」  


 あ……あ?


 私は笑顔を崩さず前を歩く強ちゃんの後ろを歩きながら考えた。


 ああ……ああ……ああ……ああ……ああ


 何度も駆け巡る二文字の返答。ドキドキ高鳴っていた鼓動が静かになっていく。次第に私の笑顔は無くなり強ちゃんの後ろで顔を下げて考え込んだ。


 ああ……って、なんだろう??


 そこから私たちは会話もせずにただ連れ添って歩いた。そこからはみっちゃんの言うように呪いに取りつかれた。


 食事をとりながらも考えた。


 『ああ』ってなんだろう……


 お風呂に入りながらも考えた。


 『ああ』ってYesなのNoなの?


 部屋に戻ってからも考えた。


 『ああ』って暗号の一種なの? それとも『ああ』には続きがあるの??


 私は本棚から辞書を取り出して『ああ』を調べた。


 【嗚呼ああ


 1. 物事に感じ、喜びや悲しみに心を動かして発する声。ため息。

 2.相手の言うことへの軽い同意を表して発する声。


 あれは同意だったのだろうか……あの声に喜びや悲しみがあっただろうか。


 空を見上げながら返してきた『ああ』。


 そこからその日の日記に憤りをぶつけるように泣きながら私は『ああ』というものを書き続けた。『ああ』とつくこの世の全ての単語を抜き出し表現し続けた。英単語辞書でも引いてみたりした。


『oh』『Ah』


と出てきた。


 あぁああああああああああああああああああ!!


 苦節七年の想いを込めた私の一世一代の告白はたった二文字により敗れ去ったのだ。どれだけあの日涙を流して怒り狂ったのか。


「ちゃんと告白したんだもん!!」

「ひどっ……」

「私は頑張ってちゃんと言ったんだもん! 勇気出して口に出したんだもん! 伝えたんだもん!!」

「そうだね!! タマはすごく頑張った!!」

 

 思い出すだけでも悲しい。あの意味はいまだに全然分からない。


「ああってなんなのぉおおおおおおお!!」



≪つづく≫

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