第166話 二人が仲良くやっておられるようでなりよりです

「意味わかんないんですけど! 『ああ』とか意味わかんないですけど! 超絶意味わかんないですけどぉおおおお!!」

「タマ、落ち着いて! 落ち着いて!!」

「落ち着いてられるかぁああああああ!!」


 過去の怒りを思い出し、われを忘れて怒り狂う玉藻をいさめようと必死に抵抗するミキフォリオ。だが、憤慨は収まりを見せない。かつて、どれだけ勇気を振り絞って少女が声を絞り出して想いを口にしたのか。


 それの見返りが『ああ』の二文字であったことが、


 怒りに消えない火を灯し続ける。


「なんですか、『ああ』って。なんなんですか、『ああ』って!!」


 聖女を狂わす魔法の言葉の『ああ』。僧侶が両手で体を抑えるが、頭だけでも抵抗をあらわすように振り続けてヘッドシェイク。


「ああ、ああ、ああ、アアァアアアアア!!」


 いろんな感情を込めて放たれる『ああ』。


 聖女に悪魔が憑りついた。聖女の姿から見るに憤慨の王であろうとミキフォリオは涙目になりながらも思った。


 それから約10分ほど悪魔は聖女を侵し続けた。


 だが、聖女の体力の限界を迎える。 


「はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ」


 二人とも息切れ甚だしく、静かな部屋に二人の呼吸だけが響く。


 ミキフォリオは最後の力を振り絞りタックルように腰に巻きつけ、一歩一歩ゆっくりベッドに押しやっていく。力尽きた両者はベッドに倒れ込み天蓋を仰ぐように見た。


「タマ……暴れすぎ」

「みっちゃん……私はもう疲れたよ……」


 息も絶え絶えにお互いのあだ名を呼び合い、横に転がりお互い目を見合わせた。


「タマ……すごいわかる。誰かを好きなのって疲れるんだよね……」

「すごく疲れる……心も体も」


 誰かを好きになってうまくいっていればいいが、うまくいってない二人だからこそお互いの気持ちが良くわかる。


「少しのことでさ、落ち込んだり浮かれたり」

「少しのことで、笑ったり泣いたり怒ったり」


 感情が相手にいたずらに揺さぶられることがわかるから。


「でも、好きになっちゃったら、」

「どうしようもないのです」


 二人は共感を覚え頬を緩めてクスクスとシーツを揺らし笑い合う。心が確かに通じ合ったからこそ不思議と空気が柔らかく温かくなる。そして一歩踏み込んでみる。笑いが収まると玉藻はミキフォリオに尋ねた。

 

「みっちゃんは……告白したことあるの?」

「ある……よ」


 少し照れくさそうにミキフォリオは鼻を掻きながら答えを返した。


「どうだったの?」

「うーん……」


 ミキフォリオは思いだしながら、


「わかんないって言われた」


 笑って玉藻に言う。そのわかんないという言葉にどれほどの想いが籠っているのかを隠す様に顔作って。


 それを察知した玉藻は怒った。


「なにそれ! わかんないが意味わかんないよ!!」


 それにミキフォリオはハハハと笑って返す。自分の変わりに怒ってくれている友の優しさが嬉しく思えたから。


「田中さんの気持ちが固まってないってことだよ」

「気持ち?」

「誰を好きなのかがわかんないって。どれもが特別でどれが本当の好きなのかわかんないって」

「……そんなのってズルいと思う。そっちの方がみっちゃんよりこすいよ」


 唇の先を尖らせる玉藻にミキフォリオは温かい微笑みを送る。


 ミキフォリオが昇降口で自分の卑下した言葉の矛先を変えるようにして言った玉藻。ハーレムというものについて玉藻自身いいイメージがないというのもある。誰か一人というのが日本では正常として扱われる。だからこそその一人を選ぶことこそが尊いものだと思うから、田中が答えをはぐらかしているのが気に入らない。


 対照的にミキフォリオはわかっている。


「田中さんは狡くはないよ」

「えっ」


 スキだから、ちゃんとわかっている。櫻井が言った言葉の意味がちゃんと分かっているから。


『田中は、まだ決めかねてるから答えを出してないんだ。アイツはちゃんと決めれば答えを出す奴だ』


「田中さんはまっすぐにちゃんと向き合ってくれてるよ。誰か一人を真剣に選ぼうとしてくれている」

「そういう風には見えないけど……教室でも女の子みんなと仲いいし……」


 ミキフォリオは玉藻に返されて玉藻にしていた自分のことと重なる。強のことをどれだけ悪く言おうとも玉藻は強を庇い続けていた。それと一緒なのだと。


「あとなんだ」

「一年?」


 それはミキフォリオが廊下で零した言葉。だからこそ焦っていた。


「高校卒業までが私達のタイムリミットなんだよ」

「えっ……」


 なんとなくミキフォリオの言った言葉の意味が分かってしまったからこそ玉藻は言葉を詰まらせた。


「高校卒業までに誰が好きなのか答えを出すっていうのが、田中さんがこっちの世界で私達と交わした初めての約束だから」

「そん……なの……って」

 

 ミキフォリオが穏やかに言葉を出しているのに聞いてる玉藻の方がショックを隠し切れない表情を返してしまっている。誰かを好きだという気持ちを終わりにしなければいけないという期限が決まっているということが非情に思えて他ならない。その時が来るというのがどれだけ残酷な結末を与えるということが。


「勝手すぎるよ……スキって気持ちはそんなに簡単に消えるものじゃないよ……」

「だろうね」

「だって、みっちゃんはこっちの世界に連れてこられて……」


 異世界という場所に行ったからこそ玉藻は知っている。生活ががらりと変わる苦しさ。それでも耐えることが出来るのは帰ってこれるとわかっていたから。だから強に会えなくても頑張ることが出来た。


 いや、会うために頑張ることが出来たのだ。


 だが、ミキフォリオは違う。玉藻は分かっている。


「選ばれなかったら……どうしろっていうの」


 異世界に戻れるという話などない。主人公はヒロインを連れて帰ってくる。それは半強制にも近い。もし田中の出す答えがミキフォリオでなければ、いやそれ以外のメンバーであっても例外はない。


 選ばれないということになれば、異世界から来た意味すらなくなってしまう。


「そういうのも含めて高校卒業までなんだよ。私達が一人で生きていけるようになるまでは田中家で面倒を見てくれるっていう、温情措置なんだ」

「それでも……」


 玉藻の目にうっすらと涙がたまっているのがミキフォリオから見て取れた。おそらく自分だったらと置き換えていることもわかっている。櫻井もそこは理解している。


 だからこそ、ミキフォリオに助言をした。


「タマは優しいね」


 あまりにミキフォリオが落ち着いてるから玉藻は涙を堪えた。本人が泣かないのに自分が泣くのがいけない気がしたから。玉藻は想像が出来た。自分がすぐに考えることなど幾度とみっちゃんが考えてきたであろうことが。


 この辛さを耐えてきたのだということが。


 ミキフォリオにわかっている。玉藻がそう思ってくれていること。外から見れば玉藻はわかりやすいから。すごく純粋で天真爛漫で優しい。鼻水をすすりつけ目に力を入れて泣くことを我慢してるのがハッキリとわかる。


 十分に優しさが伝わってくるからこそ、対照的に愛でるように微笑んでしまう。


「けど、田中さんも優しいよ。すごーく優しい」


 ミキフォリオにはちゃんとわかっている。田中がそういうことで悩んでいる部分があることも。答えが出せない自分に苦しんでいることも、そばで見てきたから知っている。


「田中さんのお父さんもお母さんも優しいんだ。別に田中さんが誰を選んでも私たちを家族のように扱ってくれるって言うんだ。お母さんなんか、もういっそ全員うちの娘になっちゃいなさいなんて言ってくれるし♪」

「……」


 笑って話すミキフォリオの言葉に嘘はない。それが胸を苦しめ涙を誘う。しかし玉藻は唇を噛みしめて泣きそうになるのを堪えた。本人が弱さを見せないのに自分が泣くということが相手を傷つけてしまうと思うから。


 だから何も言葉を返せなかった。


 ミキフォリオはベッドから体を起こし床の上に立ち上がる。


「けど、なんとなく結果は見えちゃってるんだよね……」


 ゆっくりさまように歩きながら話を続ける。


「おそらく、田中さんはミカを選ぶと思う」


 ため息交じりに愚痴をこぼした。


「ミカはさ、なんでも出来るんだ。田中さんちって呉服屋なんだけど、着物とかもちゃんと着こなしてお母さんに気に入られてるし。おまけに休日に店の手伝いとかも率先したり、宣伝ポスターのモデルになったり」


 近くにいるから、ミカクロスフォードが着物をまとう姿があまり眩しく見えた。


「魔法ギルドの長だし、立派な淑女だし、玉藻と同じお姫様だし、生まれながらの貴族だし。本当になんでも持ってるんだ。鼻につくやつだよ、ミカは」


 ミカクロスフォードは異世界では貴族の中でもトップに当たる地位にいた。出会った当時ミキフォリオは貴族が大が付くほど嫌いだった。誰に対しても傲慢で権力を着飾ったようなやつらだと。己の私利私欲だけに忠実な豚どもと蔑んでいた。


 それはミカクロスフォードに対しても同様だった。


 けど、その考えは、


「でも、ミカはすごいやつ」


 一緒に冒険をして生活をしていくうちに変えられていった。


「なんでも器用にこなしてるように見えて、そつなくやってるように見えるけどミカは影ですごい努力してるんだ。人前でいいカッコするためじゃなくて、アイツは自分で自分の価値を下げることをしたくないんだ。プライドの塊だよ。自分の理想に届くようにがむしゃらになりふり構わずやっちゃうやつ」


 着物を着るのにミキフォリオ達全員が手間取っていた。


 異世界で着るモノとは違う。洋服の様に着やすいものでもない。そのもの自体を見たのもこっちに来てから初めてだった。最初のスタートラインは全員が一緒だった。クロミスコロナはすぐに飽きて着るのをやめた。サエミヤモトは慣れない帯の扱いに苦戦した。ミキフォリオは綺麗に着飾ることができずに断念した。


 その中でミカクロスフォードだけは諦めずに時間を費やした。人知れず幾度となく脱いでは着るのを繰り返し鏡の前で確認をしていた。本を買ってきて読み込み学習をしてそれを実践し、イメージとの違いを埋めるように。


 学業でも田中組ではトップである。

 

 それは必死にこっちの世界になじもうと頑張っていたから。姫である身分を捨てることになろうとその気高さを失うことも無く、ただ真っすぐに自分を高みへと持っていく。


「そういうのもわかっちゃうから、ホントいやなんだ……」


 けど、その努力は一緒に暮らしているからこそわかってしまう。寝不足のクマ。ミカクロスフォードの机に増えていく本の数。それらを間近で見ていたからこそいやというほど分かってしまう。


 諦めてしまった自分との差が、痛い程わかる。


「ミカが私たちの中心なんだ。サエはミカを姉の様に慕ってる。サエにとってミカは憧れでもあってアイドルに近いからミカが選ばれるならって思ってる節がある。クロもミカのいうことなら素直に聞く。私もイヤイヤだけどミカがいうならさ、それが正解だと思わせられちゃうところがある。それにクロの場合は恋っていうより、みんなと一緒に楽しく過ごせるのが一番いいっていうのもあるみたいだし。生い立ちのせいもあるけどあの子の中でまだ恋愛とかそういった普通のものはちゃんと考えられないみたいだし」


 ミキフォリオは敗北を知りながらも目に力込めた。


「けど、私はミカに負けたくない、諦めたくない」


 それは願いにも似た言葉だった。玉藻は静かにミキフォリオを見守る。


「私だって頑張ってるんだ。正攻法じゃミカに勝てないって、無理だって、分かってるから少しでも田中さんのことを理解しようと同じ趣味に走ったり、いまじゃ一緒に楽しめるようになったりしてきたし」


 元から子供が好きで修道院にいたこともあるミキフォリオだからこそ、その道に進むことが出来た。そしてその横には好きな人がいたから、同じ風景をみたいと願い彼女は彼に合わせた。


「私が正攻法でミカと戦ったら負けるってわかってるけど、ミカとは対等でいたいから私はミカが出来ないようなやり方でやっていくしかないから。邪道かもしれないけど」


 ミカクロスフォードとの出会いが悪かったために二人はいがみ合っているのが普通となっていた。どこかでお互いを認めあっていても素直にそれを表に、口に、出せないような関係。だからこそライバルでいたいと思ってしまう。


「田中さんにはミカじゃなくて私を選んで欲しい。サエやクロが諦めていても私は簡単には渡してやるつもりもない」


 ミキフォリオは立ち止まり顔を緩めて玉藻に振り返った。自分の恋愛が悲しいだけのものではないということを伝えるために。


「私は僧侶だから。信じたら一途なんだ」


 胸に手を当てて、祈りを捧げるように彼女は目を閉じ想いを語る。


「田中さんの運命の相手が私であると信じてるから」


 それは神に祈るような少女の淡い願い。玉藻もわかる。そうであって欲しいと願う気持ちは一緒だから。嫉妬という感情もわかったからこそ、恋というものが一方的なものだとわかったからこそ、ミキフォリオの想いがよくわかる。


 そして、その純粋な恋心も痛い程にわかるから。


「みっちゃん、私はみっちゃんを応援する!」

「タマは私の親友なんだから当たり前でしょ」


 そんな風に言われたから玉藻は静かに頬を染めてしまった。親友の願いにアホの子は動き出す。


「みっちゃん、私と一緒に研究しよう! いっぱい可愛い仕草とかかわいい服とか!!」


 扉の前に置かれた最新号の女性雑誌に手を伸ばしてミキフォリオに近づける。それに答えるようにミキフォリオはベッドに座り横に玉藻が座れるスペースを開けて待つ。


 やる気になった玉藻は勢いよくページを捲ってミキフォリオに見せた。


 だが、それがいけなかった。優しさは時に人をひどく傷つける。ミキフォリオの微笑みが消えていく。


「ぎゃぁあああああああああああ!!」


 僧侶から悲鳴にも似た叫び声があがる。玉藻はびっくりして雑誌に目を向けた。女性雑誌とは時に心をえぐるような特集をしてくる。


『ハーレム必見 異世界で最初に出会った方が勝ち確定の法則!』


 一番目にしたくない記事がミキフォリオの目を潰した。田中が最初に出会ったのがミカクロスフォードだったのがいけない。そして、わかりやすい円グラフがあるのもいけない。80%が一番最初に出会った女子を選ぶらしい。テンプレである。


「タマ、早く他のページにして!!」

「わかった!!」


 玉藻はミキフォリオの必死な訴えに答えてページを一気に飛ばした。それもまたいけなかった。


「きゃぁあああああああああああああ!!」


 今度は聖女が叫びをあげて雑誌を投げ捨てた。特集はひとつではない。二個三個乗っている。とてもくだらない内容のコンテンツ。まるで読者を小ばかにしたように煽ってくる記者の自己主張。


 それは時に読者の心を痛烈にえぐる。


『青髪の幼馴染があとから現れたヒロインに99%負けるの法則』


 玉藻にとって一番信じたくない記事であるが、これもテンプレ中のテンプレである。大体青髪の幼馴染は負ける。おまけにそこに注釈で書いてある言葉を玉藻は頭がいいからはっきり記憶してしまった。


『※元気な赤髪の女の子が現れた時が敗北のサインです。出来るだけ早めに遠ざけないとあなたは負けます。二か月以上たった場合はもう諦めてください!!』


 大きなお世話である。


 だが、それが完璧に胸にささるのがアホの子である。


「玉藻様、随分騒がしいですな……仲良くやっておられるようでなりよりです」


 下の階にいた時政宗には二人の叫び声が楽しそうに聞こえた。大はしゃぎする女子会とでも思っているのであろう。


 確かに二人の仲は確実に深まっていった。


 同じ境遇にいるからこそ仲を深めていく、みっちゃん&タマちゃんなのであった。



≪つづく≫

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