第160話 お姫様とじぃさま執事

「ふぅー、やっと試験終わった」

「おつかれ、美咲!」


 午前中で試験が終わって脱力している美咲の前に元気よく木下昴が登場した。美咲は元気そうな昴に訝し気な視線を送る。バカの癖にテスト疲れがないというのはどういうことなのかと。


「昴ちゃん、テスト出来たの?」

「全然出来ない!!」


 自信満々に胸を張って答える昴。美咲は静かに顔を下げた。親友の将来が心配だ。木下昴もほっとくと一人では生きてけ無さそうである。おバカさではクラスで右に出るものなし。


 おまけに色気も無く、元気だけが取り柄の赤髪ポニテ―ル。


「昴ちゃん……」

「なんでそんなあわれんだ目で見てくるの……美咲?」

「頑張って……強く生きてくんだよ、昴ちゃん。小類しょうるい憐みの令だよ」

「なに……それ?」


 親友の将来を心配する美咲だがその想いはバカには伝わらない。不思議そうな目で美咲を見返すことしかしていない。バカとは罪である。



 学校が終わり、それぞれが分かれ道につく。


 一年生は下校時間を迎え美咲と昴は一緒に帰り、二年生たちは次に来る新しい生徒達の為に試験の準備を進めている。


「それでは参りますか」


 そのなかでピエロは資料を片手に約束の場所へと向かっていく。目指すべき場所は校長室。ギルド祭開催の為に自分のやるべきことを成そうと決意を胸に動き出す。


 騒がしい教室。


「じゃあ、鈴木さん行こうか」

「うん、ミキちゃん♪」


 ミキフォリオと玉藻は恋愛修行の約束の為に鈴木家へと移動を開始する。教室を去り行く間際に玉藻はちらりと教室の端の席へ目を移した。強が机につっぷしてだるそうな姿を寂しそうに見つめて。


「早く学校終わんねぇかな……」


 周りの生徒が受験の準備で動き回っているせいで下校時間を迎えていることにまったく気づいていない様子だった。玉藻はツンデレ失敗により、強にうまく近づけなくなっていたからこそ


「早く行こう、鈴木さん」

「うん」


 ミキフォリオと教室を後にする。


 それぞれが、それぞれの道へと動いていく。




「ほぇー、何コレ……異世界なの?」

 

 ミキフォリオは鈴木家を前に上を見上げて立ち尽くしていた。そこに見るのは駒沢一等地に立つ洋風の宮殿。門から建物までの奥行きが学校の校庭とさして変わらない敷地。だが校庭とは違う。中には噴水があり色とりどり花と植栽管理された美しい造形の庭園。


「鈴木さんって……」

「案内するね♪」


 ミキフォリオの言葉を遮って玉藻は笑顔を作り前を歩き始める。ミキフォリオがこっちの世界に来てからみた建物で一番の造形である。玉藻が歩く横をキョロキョロしてついてくミキフォリオ。


 異世界とは違い、騎士ではなく黒服のSP達がそこらかしこに配置されている。玉藻が通り過ぎるとSP達が無線を使い何か連絡をした後に、おかえりなさいませ玉藻様と軽く会釈を交わしていく。


「お姫さまだったんだね……」

「違うよ」


 お姫様という言葉に対して、


「私じゃなくておじいちゃんがスゴイだけだから」


 寂し笑みを浮かべて前を歩く玉藻。


 その顔がミキフォリオには印象的に見えた。それが玉藻の作られた笑みだと分かるからこそ、ハッキリとミキフォリオに焼き付いた。いつも天真爛漫にしている玉藻とは違い何か別の空気を着飾っている姿。


 似合わない不格好な心の鎧を纏っているように目に焼き付く。


 その姿が自分の良く知っている者とダブっているからこそ印象に残る。あの憎き金髪の貴族と重なる。幼い自分を隠す様に仮面を被っているような姿が。



「お帰りなさいませ、玉藻様」

「ただいま、時じぃ」


 玉藻の後ろでミキフォリオは目を丸くする。洋館の中に入ると迎えに出てくる腰の曲がったおじい様。執事服を着ているが老いが隠しきれていない。執事というとよりご老公と言った方がふさわしいだろう。若干プルプルと子犬の様に震えている。


「玉藻様、また恋愛マニュアルやらファッション雑誌やらがたくさん届いたのですが心当たりはございますか?」

「また勝手に人の荷物を覗いたのッ!?」


 謎のじじぃと総理の孫のやり取りに困惑する僧侶。そもそも恋愛マニュアルって何かと思いつつ。


「プライバシーの侵害ッ! 人権侵害ッ!! 自由の権利の侵害ッ!!」


 玉藻がプンプンと怒っている。先程のまでの作り笑顔はどこにその。


「そうは言われましても荷物に何か入ってる場合もございます。玉藻さまの安全の為に荷物チェックは我々の役目でございますゆえ、なにとぞご理解ください」

「時じぃのそういう融通の効かないところが嫌い、嫌い、嫌い!!」


 プンプンと腕を組み職務に努める老人執事に怒る姿はいつもの玉藻らしくない。本当のおじいちゃんと孫のような関係に見える。それにミキフォリオは苦笑いを浮かべてハハと嵐が過ぎ去るのを待つのみ。


「耳が遠くてちょっと……はて、なんでしょうか?」


 怒る玉藻を前に時政宗は馬耳東風である。耳に手を当てて身を屈めて聞こえない老人のふりをする。櫻井ごときとはレベルが違う。年季を積み上げたスキルである。


「都合のいい時だけ聞こえないふりッ!?」

「なにぶん年を取りすぎたもので……補聴器でも付けましょうかね」

「聞こえてるじゃん!? 時じぃのことなんて大っ嫌いッ!!」

「今晩はシチューですよ」

「いまは誰も食事の話をしていないー!!」


 明らかに他のSPと接していた反応と違う。その違いは過ごした時間の長さによるもの。全てが玉藻の信頼によるものだと分かりミキフォリオは老人を見る。すると玉藻が怒っている横で視線を合わせてきた。


「ようこそいらっしゃいました、ミキフォリオ様」

「えっ、私……名前いってないですよね……」

「申し訳ございませんが、事前に少しだけミキフォリオ様の事を調べさせて頂きました。気を悪くしないでください。なにぶん意外と物騒な世の中ですので」

「あはっ……そうですか」

「また勝手にそういうことをして!! 私の友達なんだから勝手にそういうことしないで!! 行こう、ミキちゃん!!」

「ちょ、ちょっと鈴木さん!」


 玉藻は話にならない時を置き去りにミキの手を引いて階段を上がっていく。玉藻に引っ張られる中でミキフォリオが取り残された老人を見ると、優しい笑みを浮かべて会釈をしてきた。


 それにミキフォリオも苦笑いで頭を下げた。



≪つづく≫

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