第159話 本当のツンデレ
「じゃあ行ってくるね、ミキちゃん!」
「頑張って、鈴木さん!」
ミキフォリオからツンデレのテンプレ的セリフを教えてもらい、玉藻ちゃんはいざ出陣。本丸の強ちゃんを攻め落とすべく櫻井の席へと向かっていった。
二人の前に立ち腕組みをして、
ちょい斜めにすまし顔で構え、
ミキフォリオに習った通りのセリフを吐く。
「な、なに見てんのよッ!」
「……」
「……」
強ちゃんは冷たい目で玉藻ちゃんを見る。
絶縁状態なせいもあり何しに来たと思っている。櫻井も櫻井で、勝手に表れてポーズを取り、声を上げたくせに見るなというのはどういうことなのかと思って、物珍しいものを見るような目をしている。
——次は、次は何を言うんだっけ!? 確か……
玉藻ちゃんは二人の冷たい視線を浴びてテンパる。
『べ、別にアンタに会いに来たわけじゃないんだからね!』
ミキフォリオから加えられた知識をフルに活用すべく、
ツンデレ台本通りに言葉を並べ立てる。
「べ、別に強ちゃんに会いに来たわけじゃないんだからねッ!」
——間違えちゃった!?
『アンタ』という言葉が変換されて『強ちゃん』に落ち着いてしまう玉藻ちゃん。慣れないことにテンパり気味である。汚い言葉を使うことに慣れていない。
「……」「……」
二人の無言の視線は以前冷たい。
強ちゃんは呆れている。いきなり表れてなにを珍妙なことをと心の中で一刀両断である。櫻井は若干違和感を抱きつつあり眉を顰める。いつもの鈴木さんっぽくないけど何やってんだと。
「きょ、強ちゃんがどうしても仲良くしたいっていうなら、アタシは仲良くして上げてもいいんだから……ね!」
「……」
「……」
ツンデレのツンを演じているが、
テンパり気味な為に最初の勢いが無くなりつつある。
それでようやっと櫻井は答えに辿り着いた。
あっ、これはツンデレってやつだなと。
強ちゃんに至っては半目で見ている。
何様だよ、この野郎と若干ピクピクしている。
あまりに無言が続いたときの対処法もミキフォリオから伝授されている。
玉藻ちゃんはちゃんと頭がいいので覚えている。
「な、なんかしゃべりなさいよ……間が持たないでしょ!」
「……」
「……」
突然の無茶ぶりは逆効果である。最悪の無茶ぶり。
——マズイ!!
櫻井はこの失態をいち早く察知した。
——強にこのフリはまずい!
沸点の低い強相手にツンデレをやっても効果がまったくないということを。心配そうな目で玉藻に訴えかけるがその意思は伝わらない。玉藻ちゃんのテンパりは加速して目がクルクルと渦を巻いて、櫻井の合図に気づけない。
強ちゃんは案の定
「別にお前と喋る気ねぇから、アッチいけ」
「――ッ!」
怒って突き放す。玉藻ちゃんショック。
——効いてるッ!
櫻井驚く。
慣れないパンチを出したところに綺麗にカウンターパンチが決まったようにクラっと立ち眩みをする程に効いている。櫻井は慌てて強を止めようとするが強ちゃんの顔がオコである。止められない。
ピエロ役立たず。
玉藻はテンカウント寸前のダウンから起死回生の一手を探る。
『鈴木さん、ツンデレ台詞の鉄板があるから!』
『てっぱん?』
『そう、ツンデレで効果が一番高い奴!! ツンデレの最終奥義だよ!!』
『最終奥義!?』
ミキフォリオという女のアニメで得た浅知恵が披露される時である。
——これで強ちゃんも私にメロメロになるはず!!
「私はべ、別に――」
『私は別にアンタのことなんて好きじゃないんだから! 勘違いしないでよね!!』
というセリフを口にしようと動き出す。ダウン寸前から起き上がるようにツンデレテンプレートの一番強いヤツを無様な体勢から無理やりさく裂しようと意気込む。
「強ちゃん……なんか……」
だが、言いかけてる言葉は尻すぼみになってくる。心にもない言葉をはく罪悪感。おまけに強ちゃんに好きじゃないと言わなきゃいけない苦悩。
それが玉藻を詰まらせている。
「強ちゃん……」
——ダメだ、鈴木さん!! 強にそれより先を言っちゃダメだよ!!
たどたどしい玉藻に櫻井は心底心配である。
それは打っちゃダメなパンチだ!と止めに入りたい。ボクシングのセコンドだったら迷わずタオルを投入して止めているだろう。確実にカウンターで強ちゃんの重たい言葉の一撃が刺さるであろうことが予測される。
やられたらやり返すフルボッコ主義の強ちゃんにツンデレというのは常軌を逸した危険行為。おそらく『別に俺も好きじゃねぇから、むしろ嫌いだからさっさと俺の前から消え失せろ。目障りだ』ぐらい強烈な言葉を返すに違いない。
ハートブレイクショットをカウンターで噛ますであろう。
玉藻ちゃんの命の鼓動は止まるやもしれない。
教えたミキフォリオはバカなので、そこまで考えていないのが仇である。
「強ちゃん……なんか……」
「あん、よく聞こえねぇんだけど?」
玉藻の声が小さくなったところに打ち込むように強のいびる様な声が響く。
もはや事態は急転直下。
玉藻ちゃんのメンタルブレイク待ったなしの展開。
「強ちゃん、落ち着け!! 鈴木さん、今日は調子おかしいんだよ!!」
「あん……いつもこんな感じだろ?」
「強ちゃんのことなんて……」
――そこで続けちゃダメだよ、鈴木さん!!
テンパるピエロを他所に主犯であるミキフォリオは玉藻に向かって頑張れと拳を握ってアピールしている。自分の犯している罪の意識はまるでない。
止まらない言葉。ツンデレの極致へと玉藻は一歩踏み込もうと決意を固める。
しかし、頭を駆け巡る強との思いで。
いつも、そばにいた風景。小さい時からずっと一緒。
傍で笑顔を浮かべている自分と隣にいる強ちゃん。
―—大好きなの……強ちゃん。
―—本当は大好きなのです……
「強ちゃん……っっ」
「なんだよ、玉藻?」
ぶっきらぼうに返す強。玉藻のドクターストップ間近でオロオロする櫻井。もう目がウルウルして泣きそうである。櫻井としては強があまりに冷たく当たっているから悲しくて泣きそうになっていると思っている。
——もう、強ちゃんやめたげて!! 俺が悪かったよ!! イチャイチャしてもいいから平和にしてて!! こんなキッツイの見てらんねえよ!! というか、俺の前でかまさないでくれ!
櫻井は心の中で精いっぱい懺悔した。
―—安易に願っちまってすいませんでした、神さま!!
―—どうか、お許しくださいましぃいいい!!
美咲の看病の時、もっとやれと思っていたことをココに来て、
心の底から後悔した。
玉藻ちゃんに至ってはもうメンタルブレイク。
泣きだす一歩手前。それは強に脅されているからではなく、素っ気ない態度を取ることができないからである。強ちゃん大好き、おまけに純真であるが故にツンを演じ切るには相当の精神的苦痛がある。
「私、なんか……っ」
その重圧に耐えきれずに――
「勘違いしてて、ごめんなさぁいいいいいいい!!」
叫んで、走って逃げた。おまけにセリフはおかしい。
『別にアンタのことなんて好きじゃないんだから! 勘違いしないでよね!!』
『好き』の部分がなくなり、『ごめんなさい』が追加された。ここが玉藻ちゃんの限界である。色んな部分がチグハグ。ツンデレになりきれない女子が玉藻ちゃんである。
こうして、玉藻ちゃんのキャラ変更は幕を閉じた。
だが、玉藻ちゃんの言葉は
「謝ってきたか……」
「えっ、アレ謝ってるの?」
横でいつも通りバカップルに振り回された櫻井は何コレ?と思っているのは言うまでもない。強ちゃんにしっかり届いた。『ごめんなさい』が思わぬところで功を奏してしまったようだ。
強たちの女子メンバーにツンデレはいない。
しかし、男子メンバーにはツンデレがいる。
「しょうがねぇ、謝ったことだし」
なんだかんだ、
「許してやるか」
玉藻ちゃんに甘い強ちゃん。
強ちゃんこそツンデレである。
≪つづく≫
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