第158話 デレデレではダメかもしれない。

 ミキフォリオと玉藻は教室へと戻ってきた。正確に言うとまた扉の前。


 外から教室を覗き込む姿勢に戻っていた。


「涼宮、ありがとう。手伝ってくれて助かりましたわ」

「例のものを早く寄越せ、ささっと寄越せ!」


 強は眼をキラキラさせて手をミカクロスフォードに差し出している。早く早くと言わんばかりである。純粋な子供のような眼。ワクワクしているせいか体が小刻みにぴょんぴょんしている。


「強ちゃん……」


 玉藻の目も強と同じくキラキラ輝いている。


「可愛すぎるよ!」

「鈴木さん……」


 玉藻が口からよだれを垂らしキラキラさせている姿にミキフォリオは眉を顰めた。もう強ちゃん大好き玉藻ちゃんには堪らない表情である。純粋で無垢な笑顔。この状況でご飯がないのが口惜しいくらいであると玉藻は思っている。


「少々お待ちになりなさい」


 強の目の前で赤い魔鉱石を手のひらで包み込み発光させて、


 マナを注入し終わったミカクロスフォードは、


「約束通り三回分込めておきました」


 強の手へと対価を差し出した。


「呪文は!?」

「ファイアですわ」

「うん、わかった!」

「――っ!」


 あまりに素直に反応する強に思わずミカクロスフォードも表情を少し崩してしまった。淑女を保ちつつもにやけを堪えている。素朴で純粋な子供のような反応に吹き出しそうになるを抑えている。『うん、わかった』というフレーズも強から普段では出てこないもの。


 溢れでる子供っぽさに思わず内心ナデナデしたいと思う、


 ——ちょっと、カワイイ!


 ミカクロスフォードお母さん。


 普段の凶暴な様とはあまりの変わりようである。


 強は魔鉱石を片手に嬉しそうに櫻井のもとへと走っていた。


 一刻も早くお父さんに見て欲しい子供の様に駆け出して行った。


「まただ……」


 それを見た玉藻は、


「櫻井大なり玉藻小なり……ノットイコール」


 呪文を唱えた。そこをすかさず


「鈴木さん、アレは鈴木さんがいないから櫻井のところにいっただけだよ!」


 すかさずミキフォリオがフォローする。また壊れられたらたまったもんではない。そして、この時点で気づき始めた。玉藻は強が絡むと恐ろしく残念な感じになってしまうことに。


「櫻井、櫻井! 見てくれ!!」

「なんだよ……強ちゃん?」


 ギルド祭の資料を読み込んでる櫻井が強の呼びかけに応じて顔を上げる。


 強は魔鉱石を櫻井の顔面へと突き出し、


「ちょっ、まっ!」

「ファイア!」


 満面の笑みで呪文を唱えた。至近距離で。


 悪気はまったくない。無邪気である。


 魔法を使ってるような高揚感で楽し気に行っただけである。


 ただ無邪気は人様に迷惑をかける。


「ぎゃああああああああ!!」


 櫻井の顔面で火を噴く魔鉱石。


 手に持った資料も跡形もなく燃えていく。櫻井の前髪も燃えていく。


 人間の毛髪は燃えると臭い匂いを発する。


「こげくさっ!!」


 強は有機物が燃える異臭に鼻をつまんだ。


「お前がやったんだろうがッ!」


 櫻井は燃える前髪の火をはたきながら強へとツッコミを返す。全くもってその通りである。赤の魔法石は炎系を込める魔鉱石。それを人の顔の近くでやればこうなるのは必然。


 しかし、


「これが……」

 

 訝し気に魔鉱石を、


「魔鉱石の暴発ってやつか?」

「違う、お前が俺に放火しただけだッ!!」


 疑う強に不幸な被害者は痛烈にツッコミを入れる。


 櫻井先生の講義は見事に実を結んだ。バカに火を持たせれば放火する。


 格言である。


 その風景を眺めていた玉藻は思わず愚痴をこぼす。


「いいな……櫻井君いいな……」

「どこが……いいの?」


 玉藻としては強と楽しくじゃれている様子が羨ましい。しかし、ミキフォリオからすれば櫻井の溢れ出る不幸が炸裂した瞬間である。どこも羨ましくない。


 前髪燃やされたいの?ということである。


 しかし、あまりに玉藻が羨ましそうなので、


 ミキフォリオはいらんことを告げてみた。


「鈴木さん、キャラ変更してみたら?」

「キャラ変更?」


 首を傾げる玉藻に言葉をかみ砕き説明をするオタク。


「鈴木さんはいつも涼宮に甘すぎるんだよ。大好きって感じで接しすぎてるから、涼宮にうまく伝わらないんじゃないかな。涼宮もそれが普通で慣れちゃってるから、好きって気持ちがイマイチ伝わらないんだよ!!」


 ミキフォリオの言葉に鮮烈が走る。


 玉藻の弱点を見事に暴いて見せた。


「そういうこと……なの?」


 玉藻自身も自分を疑い始める。


 いつもアグレッシブに好きという気持ちを伝えすぎているのではないかと。腕を組んでみたり一緒の椅子に座ったりと幼少期から行ってきた行為の数々。強ちゃん大好き玉藻ちゃんのイチャつき攻撃。


 それをやりすぎたが為に、


 強に耐性が出来てしまったのかもという事実。


「鈴木さん、アタシ的には鈴木さんは涼宮にデレデレ過ぎなんだよ!」

「デレデレッ!?」


 玉藻にまたもや雷が落ちた。


 確かに玉藻ちゃんはデレデレしかしていない。


 一回だけヤンデレを見せたが、他は99%デレデレである。


「けど……デレデレ以外って、どういうキャラがあるの?」

「いっぱいあるよ! 鈴木さん!!」


 ここで自信満々になるミキフォリオに玉藻はキラキラと目を輝かせた。


「クーデレとか、ヤンデレとか、ボウデレとか、」


 オタク知識を総動員してミキフォリオは玉藻に助言をする。


「他にもツンデレ、ダンデレ、ダルデレ、ハジデレ、あとはね♪」

「ちょっ、ちょっと! ミキちゃんストップ!」

「なに……?」

「デレがいっぱい過ぎて何がなんだかわかんないよ……」


 あまりにスラスラと出るミキフォリオのデレ系ヒロインに玉藻の知能が追いついていない。初めて聞く単語ばかりで何がなんだかわからず、玉藻の頭は混乱している。


 ミキフォリオもそれを悟り回答をひとつに絞る。


「じゃあ、私は典型的なツンデレが良いと思う! ツンデレって絶対的なテンプレ王者だし!!」

「ツンデレ?」

「普段ツンツンして接してるけど、内心デレデレなキャラのことだよ」

「ツンって、なに?」


 玉藻からすれば当然の質問である。


 女子メンバーにいない属性。一番幅広く知られているツンデレなのに強たちのメンバーにはいない。一番近いものとしては木下昴あたりだろうが、アヤツは恋愛のれの字も知らない格闘バカなので論外である。


 木下昴……かわいそうな子。


「ツンって言うのは、相手を突き放すような態度を取ることだよ。好きだけど、それを素直に出すのが恥ずかしいからついつい強く当たっちゃうみたいな!」


 オタクのミキフォリオの解説に熱がこもっている。


 だが、


「えっ……好きなのに……突き放すの?」


 玉藻さんはツンデレ理論にびっくりである。


 意味がわからないし、嫌悪感を持っている。


 それを見透かしたようにミキフォリオは言葉を贈る。


「言葉だけだとわからないかもしれないけど、ツンデレっていうのは男の子に一番人気のキャラ設定なんだよ!」


 玉藻に衝撃が走った。


「一番人気!?」


 一番人気というキャッチなフレーズ。しかも男の子にと入ってるのもわかりやすい。色々な恋愛のHowToハゥトゥー本に手を出している玉藻ちゃんでも衝撃。


 中々、恋愛HowToにはツンデレというオタク用語は出てこないからである。


「ミキちゃん、ツンデレって何をすればいいの!?」

「有名なセリフがあるから、教えるね!!」


 恋愛に悩む二人は前髪が燃えて短くなった櫻井を他所に、


 恋愛談議で盛り上がっていく。


 果たして、


 玉藻ちゃんのツンデレ作戦は上手くいくのだろうか?



≪つづく≫

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