第136話 この世界はどこかイカれちまってる

 俺はどこを歩かされているのだろうか――。


 玄関からまっすぐに繋がるリビングへの廊下がまるで処刑台までの道へ見えるのはなぜだろうか。確かにゆっくりと近づいてるような気がする。フラグがビンビンに立っている気配を感じる。

 

 そう、これは、


 死の予感だ。死亡フラグ。


 心臓がバクバク言いやがる!!


 おまけにやつは俺を家の中に招き入れてから一言もしゃべっていない。


 ただ背中から湧き出てる怒気が伝えてくるプレッシャーが半端ない。


 このまま着いていくしかないのか……


 何か手はないのか………。


 今こちらを見ていないなら、後ろから強を襲えば勝てるかもしれない。


 ―—イヤ……ダメだ!


 俺は首を横に振った。ダメな選択だ。


 今、九字護身法を纏っていない状態でやつにかかっていても、


 トリプルSランクとSランクの戦い。


 瞬殺されてしまう。俺と美川がやった時の様に。


 今から準備をしても間に合わない。


 術が完成する前におかしな動きをしたと見なされ、容赦なくぶっ殺される!


 静かにリビングの扉を開けてやつは中へと入っていった。


「許さねぇからな……この野郎ッ」


 明後日の方向を向き、電話口で聞こえたきたのと同じ発言が聞こえる。


「————クッ!!」


 恐怖で湧き出た俺の汗がヤツの家の廊下に落ちた。


 これから何をされるのか。もはや戦闘は回避できないだろう。


 こんなことになっちまう、なんて――。


 コイツと本気でやり合うしかないのか。


 そもそも勝てるのか……この最強の男に。


 コイツを倒せるぐらい強くなろうと、


 死に物狂いで鍛えてきたが、怖気づいちまってる。


 九字護身法を完成させるまでの時間をどう稼ぐ。


 空弾への対策はどうする。


 ―—ダメだ……勝てる気がしねぇ……


「お前は、一体何をしに来たんだァアアアアアアア!!」 


「—————ッッッ!!」


 やつが吠えて俺は後方へと体を引きづられた。


 声の圧だけでヤバイ。俺は急ぎ戦闘態勢を整える。


 ―—もう、ヤルしかねぇ!


 胸ポケットに手を当て呪符を取り出し構える。


「いい加減にしろよぉおおおおお!!」


 ―—あれ……? 


 俺が戦闘態勢を整えているのにやつは背中を向けたまま、


 首を横に向けて、殺気を出している。


 ―—どういう………戦闘態勢を取っている?


 視線すら合わせる価値もないということだろうか。


 俺程度ならノールックキラー出来るということだろうか。


 そもそも、一体何をしに来たとは……?


 お前が怒って呼び出したから、


 雁首ぶらさげてきたんだけど……?


 色々な疑問を浮かべる俺の前でヤツの姿は横に消えていった。


 扉の空いてる隙間よりリビングの中に進んでしまって姿が見えない。


 ——気配が見えねぇ!?


 気配を探すがどこにいるのかもわからない。


「なんだよ………なんなんだよッ」


 見たことも無い珍妙な戦術に俺は困惑してパニックになっている。


 ——姿が見えない………ッ。


 どういうことだ。


 吠えたタイミングといい、リビングに姿を消すやり方といい、


 何をしてくるかが全く読めない。


 一歩でも前に進んだら扉の陰からパンチが飛んでくるのか。


「何、するつもりだ……ッ」

 

 俺はいったん後ろを振り返る。


「…………っ」


 いま来た道を戻ってドアを開けて外に退散すれば、


 勝てるかもしれない。逃げるが勝ち。


 しかし、リビングの窓から飛び出して追ってくる危険性もある。


「ハァ――ハァ――」


 呼吸が荒くなっていく。何されるかわからない。


 まるで、やつの手の平の上で踊らされているようだ。


 握った拳の中から汗がにじみ出ちまうほどに俺は動揺している。

 

 何をしでかすかわからない恐怖が、俺を飲み込んじまっている。


 すり足で少しずつリビングの扉へと近づいていく。


 ゆっくりと音を立てず、一瞬の緊張も解かずに。


 ―—どこに姿を消した、強……


 仕合が始まる前からもうダメな感じが半端ない。


 全てがやつの手中。俺のこの動揺も動きも、


 何もかもがやつに動かされている。


 あの得体のしれない背中を向けて吠える格好といい、


 目を合わせてこない戦術。


 ―—強のくせに……無駄に高度な戦術を……


 あのパワーで頭を使われたらなすすべもない。


 俺の視界が辛うじてリビングの中を見渡せる位置まで近づいて来た。


 おそらく、あと一歩踏み込んだらバトル開始だ。


 極限の緊張感を保ちながら、俺は死地へと踏み込む。


 ——出たとこ勝負だッ!!




「いい加減に起きろよぉおおおお!!」




 …………


 …………起きてるよ…………


 …………………………俺は…………?


 戦闘態勢を取りながら俺は、


 強が最初に首を曲げていた方向を固まって見ていた。


「クソの役にもたたねぇえええええ!!」


 ―—なにしてるの……アイツら?


 ソファーに寝転んでいる鈴木さんの上に激怒している強が、


 またがり乗っている。


「起きろ! 起きろ!」


 さらに、


「お前はなんで、なんでココで寝ている!?」


 往復ビンタをかましていた。それは顔ではなくおっぱいに。


 鈴木さんのご自慢の胸をこれでもかと右に左にバシバシとはたいてる。


 ―—ホントに、なんで人んちのソファーで寝ているの?


「起きないとどうなるかわかってんのかぁああ!?」


 これでもかと両手で両方の乳を思い切り鷲掴みにして上へと持ち上げている。


 鈴木さんの体が持ち上がっている。


 ——すげぇ、人っておっぱいで持ち上げられるんだ……。


 初めて見る光景に俺は感心してしまった。


「強……なにやってんの?」

「コイツが起きねぇから起こしてんだ!」


 あれだけやられて起きないってのは尋常ではない。


 すやすやと気持ちよさそうに寝ている鈴木さんには驚愕の他ない。


 おっぱいを起点に持ち上げられて痛くないのだろうか?


 これ見よがしに強は鈴木さんのおっぱいを揉みたい放題。


「粉糞ォオオオオオ!」


 もう回転させるように激しくわしゃわしゃと揉んでいる。


 ―—このバカップルは………いったい何をやっているのだろう。


 この豪快なアクロバティック変態セックスを見せる為に、

 

「強……さすがに寝ているからと言って」


 俺を家に呼んだのか?


「おっぱいもんじゃダメだと思うんだが……」

「コイツ、この前おっぱいを好きにしていいって言ってやがったんだ!」


 本当にお前らどういう関係なの!?


 カップルじゃないけど、おっぱいは揉んでいい契約ってなによ!!


 ただの関係ではなく、ただれた関係ってことなの!?


 それを俺に見せて楽しんでいるようにはまったく見えない。


 強は止められないくらい怒っているし、


 鈴木さんは乳揉まれながら寝ているし。


「ダメだ……異空間すぎて何がなんだかわからん。なぜ、俺を呼んだ。そして俺に何をするつもりだったんだ、強?」

「はぁ……もうダメだ、コイツ。玉藻はマジで使えない」


 強はおっぱいから手を離し、俺の方へと近づいてきた。


 ―—何する気だ……


 ——次は俺のおっぱいに酷いことする気なのか!? 


「櫻井、お前に頼みたいことは美咲ちゃんのことだ」

「へ……?」


 ——どうして、この状況で美咲ちゃんが!?


 ——やっぱり、バレているのか!!


 いや、それにしては怒りというよりお願いをされている様な雰囲気だ。


 これはどう解釈すればいい。


 まさか妹と付き合ってくれということだろうか。


 美咲ちゃんからお願いされて、さらに俺にお願いしているのだろうか。


 ——断れば……殺すということだろうか。


「美咲ちゃんが……美咲ちゃんがっ……」

「どうしたんだ……」


 美咲ちゃんに何かがあったのか……


 強がとても切ない表情を浮かべている。


 まさか振られたからリストカットでもしてしまって、


 意識不明の重体とかだろうか………。


 もはやダメだ、


 何が起きてるのか全然わかんねぇええええ!! 


 発狂しちまいそうだぁアアアアアアアアアアアア!!





「美咲ちゃんが風邪を引いて寝込んでじまったんだぁあああ!」



「……………かぜ?」


 ——美咲ちゃんが風邪をひいた……?


 親友の回答に俺はなす術もなくただ固まるしかなかった。


 それだけのことで、こんな大騒ぎになるなんて……


 この世界はどこかイカれちまってるよ。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る