第137話 一難去ってまた一難
美咲ちゃんが風邪を引いて俺が呼ばれたということは分かった。
大分ビビって気が動転していたせいで忘れていたが、
彼女は俺を裏切るような酷い子ではない。
俺の知ってる美咲ちゃんは優しいから、
きっと自分の胸の内に閉まって置いてくれるだろう。
それを踏まえてだ……。
「たかが、風邪で何をそんなに騒いでるんだ?」
「何を……だと!?」
俺の質問がいけなかったのか、
「ウッ――っっ!?」
スゴイ勢いで胸倉を掴まれた。
「美咲ちゃんはな、昔から体が弱いんだッ!!」
そういえば、
「あっ……………」
彼女が紅葉が彩る景色の中で強の過去を語った時に、
そんなことを言っていた——
小さい時に体が弱かったって。
「たかが風邪でも何があるかわからないんだ………」
怒ったと思ったら急に心細そうな表情に切り替わった。
「もし……美咲ちゃんに何かあったら……俺は……俺は……」
強の情緒が不安定になってる。
それほどパニックになっていたのか。
大切な妹に何かあって、
どうしたらいいかもわからずにこんな状況になっているのか。
それも分からずに変なことを聞いちまった………。
「強……俺が悪かった。ごめん」
「櫻井……俺もちょっと……取り乱した」
俺が謝ると少し冷静さを取り戻し胸倉から手を放してくれた。
けど、まだどこか不安でパニック状態が抜け切れていないのか、
挙動が落ち着いていない。
顔の位置が定まらずにあっちこっちに動いている。
ちょっと、落ち着かせてやらなきゃな。
「俺が美咲ちゃんの様子見てくるから。強はここに居ろ」
「わかった……頼む」
奴は鈴木さんの寝そべっているソファーの空いたスペースに腰かけ、
どこか疲れ切っていた。
おそらく状況から察するにテンパった強が
鈴木さんを最初に呼んだが、
寝てて起きないので俺に電話してきたのだろう。
だから電話越しに鈴木さんに怒りをぶつけていたのが、
そのまま俺に怒鳴るようになっちまったってことか。
というか、マジで鈴木さん何をしてるんだよ……。
俺は静かに二階の美咲ちゃんの部屋を目指して、
階段を上がっていき、
彼女の部屋をノックする。
「美咲ちゃん、入るよ」
二度繰り返したが応答がまったく返ってこない。
「美咲ちゃん………?」
なかで寝ているのかもしれない。
——けど……体が弱いって話もあったしな……。
このままでは様子を伺うことも出来ないので、
俺は静かに扉を開けて中に入ることにした。
初めて美咲ちゃんの部屋に入った。
——これは……
几帳面に整理されていてピカピカに磨きあげられている。女子の部屋といった感じで可愛らしい小物などもあるが、そこまでファンシーファンシーしているわけでもなく、どこか落ち着きのある綺麗さ。
——女子だ……。
俺は布団のある位置まで静かに移動していった。
掛け布団にふくらみがある。ここにいることは間違いない。
おそらく、寝てしまっているのだろう。
俺は彼女のおでこに触る為に静かに掛け布団をそーっとずらしていった。
なんか……
女の子の寝顔を覗こうとしているみたいな行為で……
若干後ろめたい……。
寝ている無防備なところを起こさないように気を使ってるせいもあるのかもしれんないが、
痴漢行為をしているような……
後ろめたさだ……
「先輩!!」
——何ッ!?
「ひゃい!?」
突然だった。布団を捲っていた最中に急に声を上げられた。
鼻腔をつく女性特有のシャンプーの香り。
俺の首にまわる細い腕。
がばっと起き上がった彼女は俺に抱きついていた。
「えっ……えっ? えっ……っと!?」
布団で寝ていたせいか温かい人肌と感触が生々しい。
その感触は軟らかく、男を刺激する。
守ってあげたくなるような心地よい柔らかさ。
パジャマの薄い布越しに彼女の体これでもかと密着している。
「み、み、みみ!」
「先輩……会いたかったです」
抱きつく腕に力が入っていく。
「え、えっ、ちょ、ちょっと!」
口が言葉をうまく絞り出せない。
突然の抱擁と感触に戸惑いしかない。
覗こうとしたところにいきなりの抱擁カウンターアタック。
しかも、振った直後だというのにこのアグレッシブな攻め方。
というか、最近この手の密着をされることが多い!!
変態アルビノといい、美咲ちゃんといい、
これはラッキースケベ的なものとは違う。
一人は筋肉彼氏持ち出し、おまけにこっちは振った相手だし!!
アンラッキースケベすぎる!! 嬉しいというより、怖い!!
なんでこんなことにッ!?
「……………ん」
そう、思った瞬間に俺は何事かわかってしまった。
俺は動揺から一転して真顔に戻ってしまった。
「せんぱい……」
彼女は甘く囁くようなネコナデ声を俺の耳元に出している。
——そういうことか……。
これはマズイ事態だ。一刻も早くどうかしなければ。
「美咲ちゃん!」
「は……い?」
俺は彼女の両肩を掴んで無理やりに引きはがした。
彼女はきょとんとした顔で俺を見上げている。
なんで突き放されたのかわかっていない様子だ。
どうしてそうなっているのかもわかる。
彼女の顔がトロンと蕩けて赤くなっているのは、
熱のせいなのか、気の迷いのせいなのか。
「あっ……そういうことですね」
………どういうこと、だ?
彼女はモジモジと指をちょんちょんと合わせて
「ちょっと私達には早いと思ってましたけど……」
恥ずかしそうに語りだした。
「先輩も男子高校せいですし、興味があるのはわかりますけど……私はちょっと心の準備がまだ出来ていないというか。まだちょっと早すぎると思うんですよ……私達!」
何がですか……美咲さん?
あきれる俺を前に彼女は傷口をさらに開きだした。
「けど……先輩がどうしてもっていうなら……ちょっびとだけなら」
ちょっびとだけって……男がいう先っちょだけみたいな
意味合いに聞こえてしまう!!
顔を赤らめてとても恥ずかし気にしているが、
若干乗り気に見える気もする!!
「本当にちょっとだけですよ! あんまり激しいのはダメですからね……先輩がどうしてもしたいっていうなら、私はちょっとだけであればいいですよ……先輩だから、特別でちょっとだけなんですからね!」
「美咲ちゃんッ!」
もうこれ以上彼女が暴走するのがいたたまれない俺は声を荒げてしまった。
触っちまったからわかっちまった。
おまけに『なんでこんなことに!?』と、
明確に意思を固めてしまったが故にハッキリと心読術で読み取ってしまった。
「落ち着いて聞いてくれ……君はいま熱を出している」
彼女は俺に両肩を掴まれたまま首を傾げる。
「は……い?」
触っている先から彼女の意識が流れ込んできている。
【えっ……どうして、じゃあ先輩がココに? 私の部屋に先輩が普通にいるわけないじゃないですか。おまけに昨日私は振られましたよね。これはアレですよね? というか、アレしかないと思ってるんですけど】
彼女は勘違いをしている。
これは異世界ヒロインによくあること。
異世界でよくあるイベント。ヒロインが熱を出すと大抵そうなる。
キャラが甘えん坊になったりしてしまうとか、
意識が朦朧として本音を出しちまうとか。
そういうことに――
「俺は強に看病のサポートをして欲しいと呼ばれて、今日ココに、美咲ちゃんの部屋にいる」
——全力で
「えっ……え?」
彼女は笑顔を崩さなかったが汗がスゴイ勢いで噴出している。
そもそも俺がここにいるはずないと、
彼女は思い込んでいたのは触ってるいるからわかる。
「だから、ちょっと落ち着いて欲しい」
もう一押しだ。
「熱に浮かされてたわごとを言っちゃいけないよ」
「…………っ!」
彼女の笑顔がピクピクと痙攣している。
笑顔が震えとる。崩落する前の建物のようだ。
おまけに必死に取り繕っているが内心の動揺が半端ない。
触ってるから丸聞こえだとは言えない。
【夢でしょ……夢なんでしょ。悪い夢なんでしょ……これは?】
心の中で届かない返答をする。
——夢じゃないんだ……ところがどっこいこれは夢じゃない。
居た堪れない。心苦しい。
——現実です。
夢だと思っていたから好き放題発言をしてしまった彼女をもっと早く止めてあげるべきだった。しかも振られたこともしっかり記憶されている分、なお質が悪いジョークだ。
出来るだけ優しく俺は彼女に話しかけた。
「とりあえず、熱を測ろうか?」
彼女の取り繕っていた笑顔が崩壊し、
「なんでココにいるんですかぁああああああ!!」
逃げるように掛け布団の中へと戻ってしまった。
本当に全部夢だったら、
どれだけよかったことか……。
≪つづく≫
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