第135話 扉の向こうは地獄か魔界か

 俺は呼び出されるがままに涼宮家に移動を開始することを余儀なくされた。


 私服に着替え、マンションから出て一直線にヤツの家を目指して歩いていく。


「……………」


 電話でのあの怒鳴り方は相当頭に来ているようすだった。


 今すぐ家に来いというフレーズがやばい。


 もし俺がやつの家に行かなければ、やつが俺の家に殴り込みにくるだろう。


 オートロックなどやつの前では無意味。何一つロックなど出来るわけがない。


 いきなりベランダから侵入されるか、


 門前を破壊しながら重戦車のように突撃してくるか。


 どちらにしても、俺の命がヤバイことには変わりない……。


 ここはひとつ雁首を下げて、御家おうちへ訪問する所存である。


「…………なぜだ」


 というか、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 そもそも涼宮家で何があったのだろう。


 原因が分からなければ対象のしようもない。


 振られた妹とその振った相手と友達の兄の会話って言うのは、


 どんなだろうか――。


 軽く想像して見ることにした。


『美咲ちゃん、なんで泣いてるの!?』

『お兄ちゃん……実はね』


 泣いてる妹を心配したマッドシスコンブラザーは、


 話を親身に聞く姿勢を整えるだろう。


『ひどい男がいたんです……私はもてあそばれちゃったの』

『なぁあああー、にぃいいい!』


 兄は憤慨するだろう。


『ソイツ、やっちまったなっ!!』


 弄んだ記憶はないのだが言いかねないかもしれない。


 気が動転してる状態だ。何を言うか分かったものではないし、


 さらにフレーズを間違えることもあるだろう。


 おまけにどさくさに紛れて脳内会話で紅白の腹巻に鉢巻をしたやつが登場しそうなセリフが紛れ込んでやがる。


『一体ソイツはどこのどいつだい!?』

『あのピエロですよー』

『アイツの行く先は』

『デットエンド!』

『アイツの未来は』

『デットエンド!!』


「……」


 脳内の会話すらままならない。


 もはや芸人のパクリにまで思考が発展している。


 俺も相当まいってるようだ。


 こんなふざけた妄想をしてしまうなんて……。


 ただ、実際問題――


 俺の命の灯は強風に晒されている様なものだ。


 それこそ台風の日に外で蝋燭の火を灯したような心細さ。


「唯一の救いは……」


 涼宮晴夫が不在ということ。


 あの二人が揃っている状況であれば、俺の頭部と足を二人で持ち綱引きされて、俺の上半身と下半身が分離させられて俺は臓物を地にぶちまけてこの世から失くなってしまうことだろう。


「…………ッ」


 やつの家の門に着いてしまった。


 辺りに人っ子一人いない。土曜日の昼間だというのに人通りがない。住宅街なのでそういうこともあるかもしれないが、それを今持ってこないで欲しい。


「どうするかっ……!」


 これから俺はどうやって生き延びればいいのか。


 彼女の幸せを願って振った迄はいいが……


 俺の幸せを考えていない選択が俺を死地へと誘っている。


 ひとまず深呼吸しよう。深呼吸。


 不思議な感覚だ。


 これはデスゲームをしていた時のような感覚。


 まるで普通の住居の扉なのに、


 そこが魔界や地獄に続いてるような入り口に見えてきちまってる。


「何ビビってんだ……らしくないぞ!」


 自然と足がガクガクと揺れてきた。


「らしくない、櫻井はじめ!!」


 俺は自分の膝を拳で強く打ち付け震えを止めようと必死に抗ったが、


 収まらない。心の底から恐怖しちまっている。


 この扉を開けた後の未来に心がかき乱されちまってる。


「よし……開けるぞ……開けるんだ、おれ」


 俺は震えが全身に蔓延している体でドアノブに手を掛けた。


 ドアノブを回すのがこんなに怖いなんて思わなかった。


 想像が尽きない。


 鈴木さんが殴られただけで駒沢にクレータを作ったような男だ。


 その男が唯一無二の勢いで愛している妹を泣かされたら、どうなる。


 扉を開けたらいきなり空弾エアブラストを打ち込まれる可能性もある。


 俺の頭部が夏の蝉のように一瞬で消し飛ぶこともあるだろう。


「はぁ……はぁ……っ」


 呼吸が落ち着かない。


 やつが何をしてくるかなんて想像するだけ無駄だとわかっているのに。


 それでも死の恐怖に心が負けちまっている。


 手が動かない。開けた瞬間から始まる死亡遊戯。


 ―—俺は死ぬのかもしれない……


 カタカタと震える手がドアノブをうまく掴めずに、


 ——こえぇええ!!


 回す力が一向に入らない。


「何ッ!?」


 ―—なんで勝手に……!?


 俺が回さずとも自然とドアノブが回って、


 開いていく。これは俺の意志でも力でもない。


 誰かが内側から扉を開けに来ている!!


 俺は震えて力の入らない体でその光景を眺めるしかなかった。


 微かな隙間が開きやつが顔を覗かせ始めた。


 隙間から獣の眼光が俺を捉え、


「遅かったじゃねぇか――――待ってたぜ、櫻井」


 ドスの効いた声が俺を地獄へ招待するように、


 待ちわびていた想いを告げた。


 喉をひとつならして俺は立ったまま硬直するしかない。


 動いてもやられる。動かなくてもやられる。


 何も正確な情報がないゆえに、突破口が見つけられない。


 万事休すか……。


「とりあえず、早く中に上がれ」


 俺は言われるがままに地獄の中へと身を投げ出す様に、


「おう……」


 扉の内側へと入っていった。


≪つづく≫

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