櫻井先生の能力・魔法・術に関する講義録
第120話 腐った現代社会にドロップキックでもする気?
未来とかっていつ考えるものなのだろう。
やりたいことって、いきなり聞かれても、
すぐに答えられる人間など、この世には多くはないだろう。
けど、いずれかはそれを決めなきゃいけない時ってのは必ず来ちまうもので、学校というものでは年間行事が決まっている。それは各学年のカリュキュラムに基づている。
なので、マカダミアの二年生のこの時期、
各々が進む道を決めなければいけない。
それは俺、涼宮強も然りである。
「あー、お前ら二年はもうすぐ実地研修制度の適用になる。以前説明した進路説明会を元に各自進路希望票を来週中に提出してくれ。あと三学期末の試験がないかわりにレポートを提出してもらう。今まで習った知識を使って各自しっかりやるように。なお、レポートの提出が遅延もしくはない場合は留年になるケースもある。ひどい目に会いたくなかったらしっかり提出しろよ、お前ら」
オロチの説明を一通り聞き終わり、小さい紙が前の席から配られてくる。
前の席のやつから受け取り紙を手にしてみる。
「ちっさ……」
思わず口から感想が漏れて出た。
もらったプリントの中でも一番小さいサイズではなかろうか。
A4というのがデフォルトだとするとそれの四分の一ぐらいの大きさ。
そこに第一から第三希望までの欄が作られている。
こんな小さいものに俺は未来を委ねるのか。
まるで自分という存在がひどくちんけなものに思えてくる。
この紙に行先を書けば、もうそれで進路が決まってしまうのだから驚きだ。
地獄への片道切符を渡された気分だ……。
これからイチ労働者として社会に出るなど苦痛でしかない。
おまけに学生の身分なのか社会人なのか曖昧な境界線の実地研修という罠。
お給金とかどうなるのだろう、しっかり出るのだろうか。
そもそも、残業とかあるのか。
働きたくないという選択肢はないのだろうか?
働かずに食っていけるという画期的な選択肢があれば人気が爆発するだろう。誰しもがそれにすがると思う。俺だったら迷わずそれを選択する。
そんな明るい未来をこの紙に描けるのだろうか……。
あくまで希望だもんな。なら——
夢を見たっていいじゃないか。
「じゃあ、第一志望はっと――」
俺は思うがままに人生の選択を書きだしていく。
自分の未来の進路のドラフト会議開催中である。
第一希望と高らかにアナウンスが流れ俺は当選の紙を高く掲げる。
『涼宮監督、第一巡選択希望選手』
明るい約束された未来を手にしたいものだ。
「おっ、強にしてはめずらしいな。もう進路希望のプリント書いてるのか?」
「櫻井、お前の第一志望は決まってるよな?」
「もち、あたぼうよ」
「その解答を聞いて俺は安心した」
間違いなくピエロだな。
うむ、これだけは譲れない。
櫻井には職業選択の自由はないからな。うんうん。
「いいところにいましたわ」
高飛車な声が響いてきた。また田中はコイツを放牧中なのか。
ちゃんと鎖に繋いどけよ。監督不行き届きだぞ、田中!!
「ちょっと……涼宮、聞いていますの?」
「聞いてるように見えるか?」
俺と牛乳は熱い視線を交わす。
それはお互いの嫌悪を露わにしたような視線の応酬。
いまだにコイツの良さは何一つ見いだせない。
平民を馬鹿にする貴族の態度が許せん。
「どうしたんだ、ミカクロスフォード。何か話か?」
ピエロめ……やすやすと声を掛けやがって。
金持ちのオーラに弱そうだもんな、ピエロって。
なんか、平民より位が低そうだし。
そもそもピエロの人権などあるのだろうか。
人間なのか、ピエロって……もしかして、妖怪の一種?
「サークライ、今日は放課後に予定があったりするかしら?」
「ねぇけど」
「涼宮は?」
「妹と一緒に家に帰るという大事な予定がある」
「暇ですのね。なら、一緒にレポートの課題をやりませんこと」
俺は大事な予定があると言っているのに、無視する貴族様。
平民を蔑ろにした王政を続けていけばその国は末端から崩壊していくだろう。
「ミカクロスフォードなら、レポートぐらい一人で楽勝だろう」
コイツの行く末も見えてきたな。デットエンドだ。
「そもそも個別課題だから一緒にやっても意味ないだろう」
さすが櫻井。よく言った。うんうん。
「私だけなら充分なんですけど、他のメンバーがほっとくとやりそうにないのよ……レポート遅れたら留年って話もあったし、さすがに見捨てるわけにはいきませんわ……」
「そういうことか……」
櫻井とホルスタインだけの会話だな。
この話に俺は関係ないな。
うむ、席を立ってどこかに行こう。
「強ちゃん♪」
立とうとした瞬間に笑顔の玉藻さんがぴょこっと飛んで現れた。
なんでしょう……嫌な予感がするよ。
「レポートやらなきゃね、一緒にやろうねー」
「えっ……?」
めっちゃ笑顔だけど、なにコノ威圧感。
どこかで味わったことがあるけど、
夏の宿題合宿のようなプレッシャーを感じるんですけど。
笑顔なのに怖いよ、玉藻さん。
偉い人は言いました——。
君子危うきに近寄らず。三十六計逃げるに如かず。
急いで、退却じゃあ!!
「ちょっと、おトイレに……」
「待って、ちゃんと話をしてからだよ」
トイレに逃げようとしたら笑顔で首根っこを掴まれた。
「それまでおトイレは我慢ね。今日から一緒にやらないと強ちゃんやらないし終わらないでしょ?」
こうなっては長年の勘が告げている。玉藻から逃げられん!
「美咲ちゃんに強ちゃんのことをお願いって、強く言われてるからね」
「……………」
「ちゃんと強ちゃんが卒業できるように面倒みるから」
「…………」
面倒もちこんでるの間違いだろう。
だが何も言い返せん。
この玉藻は俺が苦手とする玉藻だ。勉強大好き押し掛け巨乳家庭教師。
フレーズ的には素敵だが、勉強嫌いの俺からすれば拷問執行官に近い。
家の鍵を閉めて閉じこもりたいが中に伏兵も手引きされている。
美咲ちゃんという伏兵が……
トロイの木馬的に俺の家庭は占領されることだろう。
「それならさ、みんなで一緒にやろうぜ」
「いいですわね」
「何の話?」
玉藻さんがロクでもないことに興味を持ち始めた。
早く退散したい。逃げられない時の兵法ってなんだろう。
勝てない戦はしないということだろうか。
もう置物のように流れに身を任せるしかないのか……。
俺は無力だ……しくしく。
「ミカクロスフォード達と一緒にレポートの勉強会やろうって話をしててさ」
「それいいね! ぜひ、やろうよ!!」
わぁー、玉藻さん乗り気!?
「それならいっその事、お昼のメンバー全員参加でやりませんこと?」
「そうだな。小泉たちも加えてみんなでやるか」
「勉強会とかちょっと楽しみかも!」
もう、ここまで来たらわかるよ。
俺も参加ってことでしょう。強制参加。
強制って言葉って、
強いものが弱い者を従えてる印象が強いよ。逆らうな感が満載。
「けど、やり方はどうするか。個別にやってもあんまり集まる意味ないからな」
さすが櫻井だ! よくわかってやがる!!
攻めるポイントはここしかない。
「だよな、そうだよな! 櫻井、いいこと言うなー。やっぱ個別のレポートだから、みんなでやるとか無理があるんじゃないのかなーと俺は思うよ!」
この助け舟に上手いこと乗って必ずエスケープしてやるぜ!
目指せバカンス! 俺は家でゴロゴロしたいんだ!!
「それなら、サークライが講師になって講義をしてくれたいいのではなくて?」
「俺が講師?」
何言ってやがるホルスタイン。櫻井は講師じゃない。ピエロだ!
「櫻井君、学年一位だもんね♪ うーんと、やるとしたらやっぱり能力系統とかの社会貢献に対する活用方法とかかな……」
玉藻さん、言ってることが難しすぎてよくわかりませんが?
「確かに総まとめのレポートの題材としてはそういうものが好まれるだろうな」
「社会貢献への活用方法ですわね。他にあるとしたら、能力座学とかでしょうね」
「魔術理論なんかも突き詰められば、現代社会への資源不足問題への対応にも向いてるしな」
「だったら、やっぱりベースとなる理論の入りを皆で話して確認する方がいいのかなって、私は思うけど」
「鈴木さんの案で合ってる気がするよ。まずは基本を再確認してそれぞれがどのアプローチを見出すかって手引きを出来るようにすればいいってことだな」
「そうですわね♪」
「……」
ダメだ……まるで異次元の会話だ。
なに話してんだ、こいつ等……入る隙間がねぇ。
何とか理論とか座学とか、
そんな科目いままでありましたっけ?
そもそも現代社会へのアプローチって何よ。
どうアプローチするの。
腐った現代社会にドロップキックでもする気?
「じゃあ、それでちょっと資料を準備しておくわ」
「櫻井くん、もし手伝うことがあったら言ってね」
「ありがとう、鈴木さん。あったら頼らせてもらうよ」
「では、私はみんなに声を掛けときますわね」
「おう、じゃあ放課後全員教室に残ってやるか」
「了解ですわ」
「は~い」
やべぇ……進路決める前に社会に取り残されてる感が半端ない。
ほとんど会話に参加できずに終わってしまった。
社会不適合者の俺にはアプローチの仕方がわからない。
無能と言われ続けた意味がやっとわかったよ、玉藻さん。
俺は無能だ。
無能すぎて、泣けてくるぜ……
こうしてほぼ何も発言を出来ないまま、
俺は謎の勉強会に出席しなければならなくなった。
≪つづく≫
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