第119話 少しずつ狂っていく日常

 日常とは何か――


 日常とは変わらない日々。


 退屈を抱えながらもどこか、幸福を残すような平穏。


 それは彼にとっても日常。


「総理こちらを向いてください!」


 いくつものフラッシュが彼を照らす。


 その激しい閃光の瞬きにも笑顔を一切崩さずに手を振りながら、


 秘書を引き連れて歩いていく。


 端正な顔立ちに僅かに青がかった黒髪が綺麗に整えられて厳格な印象を与えるが、その空気を変えるような優しい微笑みが、好感度を上げている。


「よく………そのお顔を維持できますね……」

「当たり前だろう、総理なんだから」


 二人で横並びに歩きながら報道陣に聞こえないように歩く。


「涼宮強さんとお孫さんである玉藻さんの報道がされていますが、総理はお二人の関係をどう思っているのでしょうか?」

「玉藻……」


 その質問に僅かばかり総理の足が止まった。


「ソレは——どういったことかな?」


 見つめられた報道関係者はどうしてなのかはわからないが、


 一歩だけ後ろに後ずさってしまった。


 特に威圧されたわけでも怒りが伺えるわけでもない、その表情に


「いえ……その……」


 恐怖がざわつく。


「うん?」

「総理近づきすぎです」


 秘書がすかさずに体を引いて報道陣との距離を開ける。


 鼻で秘書に笑いを返しながら総理はただ黙って、


 報道関係者に体を向けて黙っている。


 報道関係者は姿勢を正し動悸の収まらないままで声を返す。


「お二人は大変仲がよろしいようなので……恋仲であるかと」

「そうであることに何の意味があるのかな?」

「特に問題はないのかと……思います………」


 総理は爽やかに笑いながら報道陣を前に答えた。


「私としては二人が結ばれてくれたら好ましく思うよ。ただそれは本人の意思だから祖父である私が口を出すことではない。孫に嫌われるのはきついからね」


 お茶目な回答に報道陣を襲っていた緊迫感もそれで解かれた。僅かに苦笑いを浮かべて返す他ない。


「総理、次のお時間が迫っております」

「わかった、いくよ」


 秘書に促されるままに鈴木政玄は消えていった。


「めっちゃ怖かったよぉ……」


 取り残された報道陣は緊張から解放され話し始める。


「時たまとんでもない迫力出すよな……総理は」「さすがにお孫さんの話題はタブーだったのかな?」「まぁ自分の家族のこと語る政治家とかあまりいないしな」「意外とお孫さん好きのおじいちゃんなのか、総理は」


 ただ一人がボソッと呟いた。


「あの人…………年を取らないんですか」


 皆が見る。その言葉はあまりにも


 使い古された話題だったのだから。


「総理は40代から顔が一切変わっていないからな」


 その男の年齢はもう70を超えている。


 2000年から総理大臣に就任し、その任期はいま現在も継続。


 歴代最高の総理として名を馳せている。


「政玄様、先程のは少々御戯れが過ぎるかと」

「止めてくれてありがとう。助かったよ」


 真っすぐな廊下を歩きながら二人は会話をしていく。


「それにしてもアンゴルモアが目立つようにお願いしたつもりだったのだけど」

「申し訳ありません。まさか玉藻様にまで影響がでるとは思いませんでした」

「対応は任せたよ」

「かしこまりました。すぐに対応を致します」


 そして、消えていった——。





 夕方のニュースが始まる。


「いやー、涼宮君はすごい人気っぷりですね」

「ドラゴンスレイヤーの血を引くものですからね。英雄の息子もまた英雄となるのか、向けられる期待は大きいですよね!」

「それにしても、学園対抗戦の決勝の戦い。あれはもうごいすーですよ。だって実質一発も攻撃をせずに勝ってしまったんですから」

「如月選手もたった一人でよく頑張っていましたが………」

「そうそう。彼も学園の名誉を取り戻すために頑張っていたのだけれどね」

「関西は色々事件がありましたからね」

「もうすぐ、二年くらいですかね」


 関西で起こった事件を想い出しキャスターたちは暗い表情を画面に乗せる。


 それは大きな事件だった。つい二年前の——。


 そこで話題を変えるようにお茶らけた芸人が話題をふる。


「それにしてもマカダミアのあの赤髪の子! 涼宮君の弟子と言いつつ、ひどいもんですね。弟子弟子詐欺ですよ!!」

「あっ……さっき出た子のことですね」


 芸人に言われ苦笑いを浮かべる他ない。それは木下昴のインタビューだった。


『師匠のキックは常人に見えませんからね。まぁ、弟子の私としては師匠の優勝という、あの試合結果は当たり前のことですが。エリート高校生では師匠のスピードについてくにはまぁ修行が足りませんから』


 自信満々に赤髪は答えている。めちゃくちゃ満足げに。


「全然ちゃいますやん! ほとんどパンチですやん!! どこ見とんねん!!」


 流れたスロー映像では、蹴りによる攻撃は如月との最初だけ。


 他全ての試合はパンチである。


「あかんですよ、マカダミア! 人気出るとこういう輩がぎょうさん湧いてくるので、涼宮くん気を付けな―!!」

「そうですね。有名になると知人とかを装って近づいてくる人っていますからね」

「まさにこの赤いバカみたいなやつですよ! ほんと恥も見えも無い!!」


 全国ネットでぼろクソに叩かれる木下昴。


 彼女はこの番組を録画して悶絶することになるのは、


 語られない裏側のこと。



 そして、このニュースは異世界異端者マッドマーダの元にも映った。


「これが……晴夫のねぇ~」


 ソファーに座っている全身包帯だらけの隻腕の男はテレビを眺める。


 場所は奥多摩の山奥。人が近づかないような隠れ家に住む。


 大きな古びた洋館。そこの持ち主はもういない。



 ――この世には。




「リーダー、入金は確認できました」

「総理はお仕事早いなー」


 ケタケタと笑いながら仲間を見やる男。


 その男は異性界異端者たちをまとめる男。


「じゃあさー、コイツの事を調べていこうか」

「ハイ?」

「この怪しい奴だよ………涼宮強って、いう」


 それはニュースに映っている今の人気者。


 それは気まぐれに近い感覚だった。


 晴夫の暗殺に役立つ情報を集めるための足掛かりぐらいにしか、


 意識していない発言。


「かしこまりました」

「めんどくさくなったら、殺してもいいからなー」

「御意」


 異世界異端者たちにとってもはそれが当たり前。


 異世界異端者マッドマーダとは――


 異世界に行って世界を救ったものは全てが善人か。


 そんな訳がない。


 あらゆる転生が行われる中で復讐に取りつかれるもの、


 殺しの快楽に溺れるもの、内なる自分に壊れるもの、


 欲望と本能に忠実になり理性を無くすもの。


 クラス転生などで集団活動をしている際にイジメにあって堕ちるものも。


 そのイジメは異世界という場で制御を失くし過激な拷問になる場合がある。


 それは凡そ集団心理により人をやめた人間たちによる拷問。


 受けた方の精神がぶっ壊れることも少なくはない。


 また、異世界に行った時に異世界人からヒドイ仕打ちを受けるケースもある。


 勇者として呼ばれたはずが薬を使われ洗脳されるものもいる。


 アチラの異世界の全員も全員が善人ではない。


 異世界にいき、人間としてどこか壊れて、


 帰ってきてしまう異常者ども。


 それを——




 異世界異端者マッドマーダーと総称している。



 そして、そのなかには元から狂っているが、


 強大な力を得てしまったものも含まれている。


「楽しく遊ぼうぜ————涼宮、きょうくん」


 世界には必ずといっていいほど一定数壊れた人間というのが存在してしまう。


 その男達に道徳や正義などない。


 あるのは欠落した感情をむき出しにした狂気のみ。


 日常に潜む闇が動き出す。


 少しずつ日常は狂気に染められていく――。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る