第117話 二人が望んだ異世界

 玉藻は強の背中を見送り、構えを取るが

 

 ——なに、これ……?


 目の前で起きていることに理解が届いていない。


 切り裂かれたゴブリンの肉片、はじけ飛ぶゴブリン達の肉体。


 黒い影に飲まれていく。軍勢を切り裂くように間に入り、


 拳を振るう幼馴染の姿に疑問が尽きない。


 ——あれが……強ちゃん?


 呆けている玉藻に向かって、


「おわっぷ――!!」


 突風が吹きあられる。


 強が加速の一歩を踏み込む衝撃が玉藻をのけ反らせるほどの強風を生んでいる。強は玉藻から離れて巻きこまない位置まで来たことでギア変えた。


 そこからは玉藻が視認できる領域を遥かに超えた高みの戦闘。


 目を開いて、すぐ強の位置を確認しようとするが、


「えっ!」


 右に血しぶきと大量のゴブリン達が空を飛ぶ。


 それを見た時には、既に逆側で


「えっ!?」


 衝撃音と共に肉塊が地面に落とされている。


 玉藻は杖を握りしめたまま、衝撃と現象に引きづられ首を左右に振るだけ。


 まるで強のスピードについていけていない。


 それもしょうがないこと。涼宮強の戦闘力は高校生では太刀打ちできない。


 共闘するにしてもそのスピード感についていけるものなど、


 マカダミアには一人しかいない。


「カメラに収まらないぜ、強……動きすぎだ」


 そう、携帯で動きを追っているピエロレベルでなければついていけない。


 ゴブリン王も目の前で家来が吹き飛ばされる光景に何が起きているか捉えきれていない。ただ敵がいることはわかっている。同族を襲う不吉な黒い影が蠢いていることだけは。


 ならば、と――


「ガァアアアアアアアアアアア――」


 その大剣を仲間に向かって腹を見せつけるように横薙ぎに振るう。


 クレイモア大剣は叩くのではなく押し潰す。


 巨大な体から溢れる力を存分に筋肉へと広げていく。


 敵が其処にいるのはわかっているのだから。


 自分の同族がはじけ飛ぶ場所の近くにその不吉があるのだから。


 その影もろとも消し去ればいい——。



「オッアォオオオオオオオオオオオ!!」



 王の咆哮が鳴り響く。


 身に降りかかる不吉を払いのけるように、抗いの一撃を前方位に半円を描くように振り払う。それは不吉を含めたエリアを完全に覆うほどの一撃。同族もろとも叩き潰す凶撃。


 小鬼たちの死骸を物ともせずに、


 引きつぶしながらそれは獣を殺そうと狙う。


「オァッ、!!」


 だが止まった。それは途中で止められた。


「オァッ、オオウォオオオ!?」


 王は止まっている剣を動かそうと力を込めて嘶くが、


 それ以上前に押し込むことが出来ない。玉藻にもやっと強が視認できた。


 強の身をすっぽりと包み込むぐらい、バカデカい大剣を押さえてる姿が——。


 それも、たった二本の指だけで。


「オウッ、オウッ、オウツ!!」

「なに、一人で喘いでんだ? 発情期か、てめぇは」


 圧倒的に体格で劣るその獣を前に何度も力を込めて大剣を横薙ぎに動かそうとするがそれ以上動くことはない。その必死な様子を嗤いながら獣は眺めている。


「——安心しろ」


「オウ……」


 獣は怒りを押し殺している。


 大事なものを傷つけられそうになった怒りを押し殺して嗤っている。その微笑みが邪悪なモノとして映る敵の瞳。終わりを告げる獣の様な眼光がギラリと睨みつけてくる。


「テメエらは一匹残さず――――血祭りにしてやるから」


 二本指で大剣を弾く。


 それは下から上に擦るように上げた動作。誰の目にも止まらぬほどのスピードと強大な力で行われた微小な動作。それが王の歴戦の戦いを支えた武具を宙に舞い上げる。




「死亡遊戯開始ダァアアアアアアアア!」




 大剣はクルクルと宙で回転し、


 上にあげられた力を重力で相殺して、


 その獣の


「死亡遊戯シリーズ――」


 手元に収まった。


 それを気に死亡遊戯の開始を告げる。


 それは夏まつりの出店や遊びを元にした圧倒的暴力の遊戯。


 両手で身の丈を遥かに超える鉄の塊を、


 お返しと言わんばかりに横へと——。


「ソードセンベェエイイイイイイイイイイ!!」


 振り回す。


 目の前にいる小鬼と巨鬼を混ぜ込み叩き潰す。尋常でない速度で振るわれたそれはまるで煎餅の様に相手の体を叩きつぶして振るわれた。地をえぐり半円の跡と肉塊の塊をまき散らす。


 元は『ソース煎餅』である。


「ちっ……使えねぇな」


 大剣はたった一振りで砕け散った。


 強の手元に柄しか残っていなかった。


 振るわれた風圧にその武具は原形を保つことさえできなかった。巨鬼だけは潰されずにはるか遠くに飛ばされているが、ダメージが大きい様子。わずかばかり立ち上がる動作が遅れている。


 その倒れている相手の腰布付近に不吉な影が現れる。




金玉キンギョクすくいッ!!」



「オワォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



 五メートルを超すゴブリンキングの悲痛な叫び声。


 股にぶら下がった馬鹿でかい金玉の片一方が、獣に揉みしだかれ引きちぎられた苦痛を叫ぶ。


 元は『金魚すくい』である。

 

 思わずショッキングセクハラの悲惨な光景に玉藻は顔を両手で覆い隠す。


 学校の男子たちはゴブリンと苦痛を共感しアソコを抑えた。


「小泉……たまたまが縮み上がるでふよ………っ」

「田中……アレはやられたらたまったもんじゃないよッ」


 報道陣もさすがにこの戦闘については判断を悩む。


「これって……夕方のニュースで流して大丈夫かしら」

「編集にモザイクをお願いしときましょう……」


 美咲の顔にモザイクはかからなかったが、


 ゴブリンの金玉とグチョグチョ肉塊には、


 モザイクがかけられることが決定した。


 お茶の間に流すには、


 絵面的に大分まずい戦闘。


「どうした、どうした?」


 だが、そんなことは男にはお構いなしだった。


 王を守らんと小さい体でその圧倒的恐怖へと飛び掛かっていく家来たち。


 その数はまだ半数以上を残している。


 一体一体は力は弱くとも力を合わせて絶望へと向かっていく。


「お前ら程度の雑魚モドキで、俺様に勝てると思ってんのか……?」


 王の金玉を投げ捨てながら獣は怒りを露わにする。


 血だらけの手を握りしめ、


「ヨー、ヨー」


 ガンをつけて呼びかけるように口に出す。


 だが、それは遊戯の名前。


 眼前に広がる無数の的に、


 目掛けて繰り出される。


「——突きぃいい!!」


 拳の乱れ打ち。


 よーよーと呼びかけた後に殴る死亡遊戯夏祭りシリーズのひとつ。


 『よーよー突きぃイイ!』である。


 元は『よーよー掬い』である。


 弄ばれる異世界の命たち。


 ひと突きで体の四肢が吹き飛び、五体不満足へと変えられる。『ぎぃーぎぃー』と苦悶を喚き散らす小鬼たち。


 だが、その遊びは死ぬまで終わりを迎えない。


 だからこその死亡遊戯。


「次に俺と遊びたいやつは誰だ……」


 少しずつ恐怖が伝播していく。


「キィ…………キィ…………」


 その不吉な最強の獣を前に打つ手がないこと、


 抵抗が無意味なことが、


 小鬼達の低い知能と体に刻み込まれていく。


 同族の血で制服の色を変えた、


 最強の獣への畏怖が募る。


 その中、唯一動きを見せたのが、


「ムービングキュア!」


 ——玉藻ちゃんである。

 

 戦闘についていけず面をくらっていたが、


 強の動きが収まったその一瞬を狙い撃つように杖から白い光の玉が放たれた。


 それは回復魔法の光。


 だが、強はまだ一撃も攻撃という攻撃を受けていない。


 そこらへん勘違いで突っ走るのが鈴木玉藻である。


 血だらけに染まった制服姿の強を見て、


 返り血と気づかずにケガしてると判断したが故に動きも早かった。


 やっと、戦闘に参加した玉藻であったが…………その白い光は、


「………………」


 強の真横を通り過ぎていった。


 僅かに狙いがズレている。


 それも酷い方向に飛んでいった。


 小鬼たちも狙いが分からない、


 その白い球の行方を視線でずっと追っていく。


「オウ?」


 片玉だった、ゴブリンキングに直撃。


 キングの体は白い光に包まれ、


「オウゥウウウウウウウウ!!」


 片玉が回復し威厳を取り戻したゴブリンキングさんは吠えた。


 王として威厳の復活を誇示するように。


「キィ! キィ!!」


 小鬼たちも王の復活に飛び跳ね小躍りをして喜びを表す。


 ——や、ちゃったぁああああああ!!


 失敗に気づくどじっこ回復魔法使い。


「オウッ! オウッ!」


 強の後ろで体力全快と言わんばかりに回復した特大ゴブリン。


 巨大な腕をふんふんと体の前で振って元気いっぱいなご様子。


「ハハ…………っ」


 その姿にもはや強も苦笑いを浮かべる他ない。


「ったく……まぁ、アイツらしい」


 玉藻の見事などじっぷりに強の先程までの怒りはどこかへ消されてしまった。


 笑うしかない状況である。


「やるでふね………鈴木さん」

「違う意味でね」


 教室で見ている田中達もまさかラスボスを回復するとは思いもよらなんだ。


 苦笑いを浮かべるしかない。


「玉藻、なにやってんだ!!」

「ご、ごめんなさい!!」


 強が笑いながら怒ると、


 玉藻は恥ずかしそうに頭を下げた。


「次は——」


 もう、怒る気などとうに失せていた。


「しっかりやれよ」

「わ、わかってるもん!!」

  

 強としては玉藻がこんな失敗をすることは想定済みだった。


 そう何度も繰り返し想定された事項のうちのひとつ。


『玉藻だけには回復任せたくない……』


 と以前の強は思っていた。


 玉藻が回復魔法を使うこと聞いた


 瞬間から——。


 その時は、


『死んだあとで慌てて回復してそうだし』

 

 と思っていたがその斜め上である。


 ——まさか、相手を回復するとは。


 だが、それでも玉藻がそういうことをしでかしてしまうことは、


 小さい頃から分かっている。


 夏の日に彼は思った。


『俺は普通じゃないから……』


 異世界に俺はいけなかったんだ。


――』


 強が望んだ異世界とは何か。


 少年時代に誰しもが想像する。


 自分が異世界に行ったときのことを。


 そして、その際にいるかということを。





 ヒロインの姿を思い描く――





 強が想い描く異世界には必ずその子がいた。


 小さい頃から想い描いている世界には、


 必ずと言っていいほどその女の子がいた。


 魔物を前に自分と並び立ち戦いに挑む。


 ——鈴木玉藻が居たのだから。


「玉藻、調子悪いなら休んでても構わないからな」

「次は、ちゃんとやるもん!!」


 呆れたフリをして手を振る強に決意を強く返す玉藻。


 そういう世界を幾度となく涼宮強は想像していた。


 ——想像よりも現実は奇なりか………。


 それが、いま起きていることに感傷に浸りながらも笑ってしまう。


 もう敵に対する怒りとは別の方向へと強の意識が向いている。


「ちゃんとついて来いよ、玉藻!」


 士気を取り戻したゴブリン達の中にかけていく強。


 その姿に教室にいた櫻井が反応を示した。


「アイツ……何をあんなに楽しそうに笑って」


 櫻井の目に映る強はずっと笑っている。


「らしくねぇな………」


 戦いの時はいつも怒りマックスか悪戯満面の顔をしているのに、今は心の底から無邪気に笑って戦っている。


 その変わりように櫻井は笑みを送る。


「イキイキしすぎだろ、強ちゃん」


 つられて笑顔になってしまう。


 強の動きは一層早くてもはや突風が吹き荒れすぎて、


 玉藻は視認することすらかなわない。


 さっきの失態を必死に挽回しようと玉藻は頭を働かせる。


 回復魔法を当てることができないのならと。


 異世界で幾重の戦いを重ねてきた少女である。


 ――魔法式構築


 戦闘における思考力も鍛えられている。


 ――魔法陣展開


 杖を握り、頭の中で演算処理を行う。


 ――魔法式展開


 杖を地面に叩きつけ少女は魔法の完成を叫ぶ。





「オールリフレクトフィーィイルド!!」




 叩きつけた杖の先から白い光が円状に広がっていく。


 それは広範囲に広がり強の移動範囲を覆うほどの輝きを放つ。


「まさか……あの子っ」


 これに驚いたのは魔法ギルドの長である、ミカクロスフォード。




広範囲対象指定回復魔法こうはんいたいしょうしていかいふくまほうですってェエエエ!?」



「あちゃ……こりゃ、アタシよりすごいわ……」


 ミキフォリオも回復魔法を生業としているからこそ、


 その異常さが分かる。


 その光が強の体を白く輝かせているのが成功をしている証拠。


「こりゃ……肩こりに効くッ!」


 体が軽くなったような感覚が実感をうむ。


 玉藻はどんなもんだいとちょいどや顔を強に送っている。


 玉藻がやった魔法がどれだけ高度な魔法かは知る由もない、強に。


「鈴木さんも……だいぶヤバイですわね………」

「範囲もすごいけど、なにより」


 ミカクロスフォードとミキフォリオからすれば、


「あの数の中で涼宮だけってのが、やばい………」


 その芸当は群を抜いている。その演算処理が問題なのだ。


 魔法には高度な演算を用いる。


 ゴブリン達の総数は決して少なくない。ゆうに二十は越している。


 広範囲で無差別であれば演算処理も大したことがないが、その中で動いている一人だけを選定してずっと回復するという術式には。膨大な量の演算処理が必要となる。

 

 それを短時間で易々とやってのけた——玉藻。


 それにミキフォリオは言った——もすごいと。


 校庭全体を埋め尽くすほどの持続回復魔法。


 それに使うマナの量が少ないわけがない。


 さすがのクロさんも


「あの二人……やばい」


 苦言を呈す他ない。


 玉藻も自分の功績に大満足である。


 やっと、強と一緒に戦えている実感がわいてきた。


 その背中を支えることができたことに感動が胸をうつ。


 ——あぁ、楽しいな


 強が敵をなぎ倒す光景に自分がいることが嬉しい。


 二人で戦えることが嬉しい。


 強だけでなく、玉藻もそうだった。


 何度も想い描いていたのだから。


 この光景を、瞬間を――


「神に神聖なる魔力を捧ぐが故に、」


 杖を上に高く掲げる。


「我に相対する敵を討ち滅ぼす力を――」


 その幸せを噛みしめながら、


 一文字と一文字を大事に、


「願いの果てに不浄なる者を打ち滅ぼす力を、白き神の聖なる鉄槌を持って裁きを与えんことをッ!!」


 想いを込めて、





聖なる雷ホーリーサンダァアアア!!」





 解き放つ。


 突然の白き雷鳴が落ちてくる。


 それに強は向かっていくように走っていく、


イカ焼き――」


 その稲妻に向かって飛び掛かり、


「ソバットォオオオオオオオ!!」


 蹴りを入れて落ちる方向を変える。


 縦に落ちた聖なる雷はゴブリンの王へと直撃し、


 不浄なる者を焼き切らんとその姿を黒炭へと変貌させた。


イカ焼きソバット』


 元は『イカ焼きそば』である。


「なんですの!! なんなんですの、あれ!?」


 もはや、教室ではミカクロスフォードの呆れは天井知らずだった。


 もはや、呆れを通り越して怒りに近い。


 魔法ギルドの長としてはあの行為が許せない。


「魔法を蹴って方向を変えるって、どういう原理なのよッ!!」


 窓から飛び出しそうな勢いで暴れ狂うミカを、


「み、ミカさん! 落ち着いてぇえええ!!」


 サエが必死に腰に巻き付いて取り押さえていた。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る