第116話 なぁなぁな二人の初めて
5メートルを超す巨大なゴブリンはゴブリンの
ゴブリンキングにとって、その大剣クレイモアは歴戦の友。
幾度となく傷つこうが決して折れることはなく敵を葬ってきた。
ソレは剣として機能は斬るのではなく――叩き潰す剣。
今、振り上げられる一つの剣。
「ちょっと、離れて! コラ、えっち! スカート捲らないでー!!」
目の前で小鬼の群れに服や杖を引っ張られて無防備となっている少女にそれは向けられている。まるで死んだ死体に群がるアリの様に玉藻に張り付き注意を引きつけている。
元来ゴブリンとはいたずら好きの妖精の一種。
だが、その悪戯は異世界では悪意に満ち溢れたものとなる。
―—人を蹂躙し、犯し、殺す。
「魔物ダァアアアアアア!!」
叫び声が校舎に響く。美咲たちのいるクラスにも。
美咲は人生の計算を繰り返し、
「私の人生は終わった……一千万じゃ足りない……」
人生計画もといい犯罪者家族の対応をひたすらにぶつぶつと考え続けていた。
「もっと、お金がないと国外逃亡するしかないか……」
「あれは師匠の……巨乳おねいさん!?」
「えっ……おねいちゃんん!」
慌てて窓に視線を移す。
強達のいるクラスにも届いた。
「まさか――!」
そこにはピンク色の魔道服を纏った玉藻の姿。
そして、そこにいる巨大なゴブリンが、
今まさに獲物をしとめようと構えを取って笑みを浮かべている。
少女も殺気に気づき小鬼に逸らされていた視線をその巨鬼に向けた。
だが、その視線に移る王は遅いと言わんばかりに邪悪な笑顔で頬を緩める。
僅かばかり遅れて玉藻も気づく――自分の先の未来に起こることを。
「すず――」
玉藻のピンチに田中達が慌てて後ろにいる強へと視線を移動する。
「み……………っ」
だが、その視線の先にはいなかった。
強の姿はどこにもなかった。
玉藻は振り下ろされてくる鉄の壁を前に静かに目を閉じる。
――あぁ、醜い私に罰が下ったんだ
少女はそれが罰だと思った。
先の未来を受け入れる様に罪を認めて、もうこれまでと観念する。
——妬んで拗ねて怒ってばかりだったから……
自分の薄汚れた感情に気づいてしまったから。
それは誰もが持つ感情だが、
——神様が怒ったんだ………。
綺麗な心を持つ彼女には、
とても卑しいものに思えて仕方がなかったから。
——私は嫉妬の塊だ……
罰を受ける様に身を預けて、時を待つ。
田中達の視線は強ではない人物に集中していた。
——何処にッ!?
強を見ようとしたが、その後ろにいた廊下側にいた人物へと。
——ピエロだ。
ピエロは呆れたようにため息をつきながら、
静かに指を挙げて方向を指し示す。
すると同時に風がミカクロスフォード達の髪を揺らした。
僅かばかり風に目をつむり櫻井が指さす方向へと誰もが顔向けた。
そして、誰もが微笑みを浮かべた。
それはなんということない教室から見る窓の景色。
ただ、一か所だけ——
その窓が開いていた、それだけの景色にみな笑った。
遅れて吹いた風が行方を告げていたから。
櫻井だけはその動きをハッキリと見ていた。
律儀に窓を壊さないように開けて飛び出していく、
——不吉な影を。
小鬼たちに身動きを封じるように体中を掴まれ目を瞑る少女。
振り下ろされる大剣。割るように疾風の如き風が吹きつける。
舞う鮮血――
と
腕――
と
小鬼の群れ。
ひとつの風が吹いただけ。不吉を纏った風がゴブリンの群れを驚かす。
それは黒き影を持つ疾風。
不吉をその身に纏い、獣の様な目を光らせ、存在感を露わにする。
その大剣が少女に届くよりも早く——
田中達が声をかけるよりも速く——
反応し、少女を抱きかかえて運ぶ。
デットエンドという——名の風。
「怪我ねぇか……玉藻」
玉藻をお姫様抱っこで抱え上げ、
ゴブリンの群れから遠ざかる位置にまで一瞬で移動していた。
少女は見知った声に死を覚悟した目を少しずつ開けていく。
「強……ちゃん?」
ハッキリしない声でその名を呼んだ。ほうけている。
何が起きたか玉藻は理解が追いついていない。
もうダメだと思った矢先だったのもあるが、
——なんで……強ちゃんが?
強がココにいるのが信じられていない。
その子の中でまだそれが強い存在として認識されていない。
まだ感覚が追いつかない玉藻は周りを見渡す。
校庭のど真ん中にいる自分と強。
そして、自分は魔道服を着ていて両手で杖を握っている。
その体が宙に浮いている。何かに持ち上げられている。
——これって!?
ソコでようやく玉藻は気づく。
「お、お、お姫様抱っこ!?」
玉藻の一周遅れている状況理解に強はため息をついた。
またこの女はと思っている。
今まさに魔物に殺されそうな状況でそれかよと。
さらに、ソコを助けた自分への第一声がそれかと。
静かに玉藻の足を地におろしていき、立たせてから強は告げる。
「玉藻、お前はあぶねぇから校舎の中に入ってろ………」
これからゴブリン達と戦う意志があるからこその言葉。
——1匹残さず、ブッ殺す………。
玉藻を傷つけようとした魔物たちを許すつもりはこの男には一切ない。
だが、その助言は見事に
「強ちゃんが校舎に戻って! 危ないから!!」
返された。
「はぁあ?」
玉藻としては強は守るべき存在なのでほっとけない。
ましてや、相手はゴブリンの軍勢。
今は黒き疾風に何をやられたか理解できずに動きを止めているが、相当な数を率いてる軍団である。そこはか弱きものを守る玉藻ちゃんとしては譲れない。
だが、それにカチンと来てしまうのが口の悪い幼馴染である。
「お前はさっき殺されかけたんだから、引っ込んでろよ!!」
「引っ込むのは強ちゃんだよ! 怪我しちゃうんだから!!」
アホな言い合い。緊張感などなんのそのでどこ吹く風と言わん。
「何をやってますの、あの二人は……」
「あはは、あの二人らしいですね」
思わず、それにミカクロスフォードとサエも呆れてしまう。
「イチャついてますなー」
それに答える我らがクロさん。
「ホント、あの二人なんで付き合ってないんだよ……意味わかんないし」
「ドンマイ、ミキ」
嫌気がさしたように言ったミキフォリオの肩を叩くクロさん。
「それでは今日のネタを頂きましょうか……」
そして、後ろで櫻井は携帯を片手に取り出して録画を始める。
それは櫻井が作り上げた。
元は美川との件で強の印象が悪いことに起因して、
強の好感度を上げる為に始めた仕事。
手に入れたIT技術を腕試しにと作ったサイトだった。
「————強ちゃんねるの」
否が応でも目に入ってしまう。
「師匠来タァアアアアアア!」
「これ……だッ!!」
師匠の登場に興奮する昴の横で美咲は何かを閃いた。
「総統閣下ッ!!」
「閣下なんだなー!!」
「涼宮閣下!!」
窓際に生徒達が集まってくる。
それには否が応でも目がいってしまう。
「早くカメラ回して! 涼宮君が出てきたわよ!!」
昇降口に避難した報道陣の注目を集めてしまう。
そして、魔物と聞いて駆け付けた担任の教師の目にも。
「アイツ……」
『まぁ、今までの悪事が全部なくなるわけじゃないが、それは今後のお前次第だ。数ミリだけど期待してやる』
自分の言った言葉を思い出し、静かに踵を返しその場から離れていく。
「まぁ………アイツが居れば大丈夫か」
全てをまかせるように。
「玉藻、お前じゃ無理だって言ってんだ! それにお前が居たら巻き込んじまうかもしれないから危ないって言ってんだから大人しく教室に戻ってろ!!」
「だから! 戻るのは強ちゃんだって!! 強ちゃんは異世界に行ったこともない無能なんだから、あんな数のゴブリンと戦ったこともないでしょう!!」
「また、む――!?」
また力が抜けている発言。いい加減言い合いもめんどくさくなってきた強だが、チラリと視界の隅に動くゴブリンたち。あちらさんも二人の言い合いをずっと呆けてまっていくれるわけではなかったようだ。
「話してる最中に割り込みやがって、」
強は迫ってくるゴブリンたちを手刀で切りつけ、
落ちる肉片の横を過ぎ去っていく。
「だぁあああ、めんどくせぇええ!」
もう玉藻の説得は無理と理解し、
「なら玉藻、一緒に戦うぞ!」
「えっ……」
少女はその言葉にびっくりした。
まさか、そんな日が来るとは思いもしなかった。
想像はしたことはあっても、いま起こることではないと鷹をくくっていた。
驚き動きを止めている玉藻に強は声をかける。
「お前は回復担当でそこから前にくんな! 俺が攻撃全部やっから!」
強としてはこれ以上戦場を引っ掻き回さないで欲しいという、
想いからの戦術である。だが、玉藻からの返事が返ってこない。
「安心しろ、玉藻! 俺は日本一強い高校生、さらに学園対抗戦MVPの強様だ!」
横に飛び跳ねるゴブリンを拳でブッ倒しながら、
「俺はお前が思ってるより、」
玉藻を作戦通りに動かすために、自分の強さを魅せつける。
「ずっと強ぇえから足引っ張んじゃねえぞ、玉藻ッ!!」
「ハ、ハイ!!」
その強い言葉に玉藻は杖を両手で握り、構え、
戦闘態勢を取り戦いに臨む。
そして、二人の初めての共闘が始まる――
≪つづく≫
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