第105話 黒き意思を継ぐもの達

「これじゃあ……ダメか」


 トレーニングルームで監督している志水しみずはぼそっと呟く。


 中で全員参加でトレーニングしているものの士気が低い。


 訓練に身が入っていない。


 どこか暗い空気を浮かべて無理やり体を動かしている後輩たちの姿に、


 ため息をつきたくもなる。


 志水としては、今日の草薙への法事をきっかけに全員が気持ちを切り替えて新しいスタートを切りたかった。だからこそダメもとでも田岡にお願いすることを選んだし、それは田岡も分かったうえでの了承ではあったがそれは叶わなかった。


「どうしてくれるんですか……草薙さん」


 恨みにも近い言葉が出る。


 リーダーとしては申し分なかったが、


 いなくなるとなるとそれは別の話。


 与えた影響が大きすぎる。


 どうにかして、火神が尻を叩いて動かしてはいるものの意識の問題が大きい。草薙が亡くなったから悲しむのも仕方ないとは言えない状況だということを認識できていない。


「甘やかし過ぎなんですよ……」


 どこかで頼りきってしまっていた。


 安心感を与える男にまかせっきりだった。


 おちゃらけていても人一倍責任感が強かったが故に気づけなかった。


 大阪支部全体に広がっている甘い空気を。


 抜けた穴を埋めなければいけないという認識が出来ていない。自分がという我を出すものがいない。圧倒的なリーダーが生み出した副産物。それをどうにかしようと火神は動いているのに、当の本人たちは全くもって気づいていない。


「何、やってるッ!」


 トレーニングルームに響く叱咤の声。


 志水の前に現れる男が二人。


「火神さん、田岡くん、お疲れ様です!」

「すまんな、いま帰ったぞ志水」

「すまんなじゃねぇだろうッ!」

「イタッ――」

「きゃっ!」

 

 田岡が手を上げて志水にぬるく挨拶を交わしているところを火神が尻を思いっきり蹴り込み、志水の横を田岡の巨体が転がっていく。トレーニングルームに広がる嫌悪の視線。


 イヤな上司が返ってきたといわんばかりに火神を横目で見るが、


「志水、オマエ――」


 そんなものを気にせずに火神は志水に食い掛る。


「は、ハイ!」

「これのどこがトレーニングなんだ……何を見てやがる」

「も、もうしわけございません!」


 火神に睨まれ直立不動で震える志水。


 火神が怒っているのは火を見るよりも明らかだ。


 このぬるいトレーニング状況では志水も何も言い返せるわけもなく、さらに一番上の監督者なのだから攻められても何も文句は言えないし、田岡のせいにもできない。


 好きなように好きなだけなじって下さいと覚悟をして目を閉じた。


「スイマセン、遅くなりました!」

「おせぇぞ、三嶋! 着替えに何分かかってやがる!!」

「申し訳ございません!」


 息を切らしてトレーニングルームへと合流した刀をぶら下げている三嶋に、


 火神の視線が移り、


 志水は対象が自分からすげ変わりほっと一息を着いた。


 内心、ナイスよ三嶋君と思っている。


「お前ら、トレーニング始めんぞッ!」

「ハイ!」


 三嶋だけが返事を返した。


 他の者たちは返事も返さずどこか伏し目がちになり気を落としている。


 これからまたシゴキが始まるのだから無理もない。


 一方的に暴力を振るわれるものをトレーニングと言えるのだろうか。


 憎いが火神の実力はホンモノだと認めている。伊達にNo.2を名乗っているわけではないことはイヤというほどわかるが、そのやり方についていくのが苦痛で仕方がない。


「火神さん、トレーニング内容はいつも通りでいいっすか?」

「三嶋、いつも通りってなんだ?」


 周りの反応を置いてけぼりにしていやにやる気満々な三嶋に火神は問いを返す。




「実戦のつもりってやつですよ」



「あぁ、これは実戦――――ッ!?」



 火神が返答を言い切るより早く三嶋の刀が抜かれていた。


 戦闘状態への切り替えが早く息もつかせないと言わんばかりの攻撃。


 それは一撃ではなく抜刀の速度を生かした連続攻撃。


 火神の横を抜け、距離を開けて刀にこびり付いた血を払う。


「よくわかってんじゃねぇか……三嶋」


 肩に刀をトントンと打ち付け、


「魔物が喋って誉めてくれるっていう設定ですか……それとも、圧倒的強者の余裕ってやつなんですか、火神さん」


 悪態を付く姿に志水も田岡も絶句している。


 ——何を考えてんだ、三嶋!?


 ——何しちゃってくれてるの、三嶋くん!?


 火神が喋っている最中に打ちかかるという行為だけでも驚愕なのに、


 減らず口まで返している。さらに火神の頬に一文字の赤い線が見え、


 おまけに火神が笑っている。


 火神は何を考えているかわからない笑みを浮かべ、


「そうだな、これは実力差による余裕だ……」


 傷口をひと撫でして血を拭い三嶋に体を向けた。


「けど、お前はそれでいい。俺を本気で殺すつもりでかかってこい」

「ホント……バケモンじみてるよ」


 その姿に腰を据えて刃を構える。


「火神さん、アンタ――――」


 三嶋にとって不意打ちに近い状態での攻略を試みたが付けられたの軽度な切り傷がひとつ。三嶋は全力で本気で殺す気の連撃を放った。三嶋にとってスピードは武器。


 その最大の利点を生かし連撃を打ち出したが僅かに届かなかった。


 振るう刃に感触は大いにあったが、


 それは切るではなく叩いたような感触。


 ——反則すぎんだろう……どういう能力してやがんだよ。


 火神に切り付ける直前で空中に微小な氷が生成され刃を遮り届かずじまい。


 僅かな、小さな、氷ですら切れぬ強度。


 さらに不意を突かれた上での発動であり、


 おまけに連撃を正確に点で捉えるかのように発生してきた、


 その事実に、呆れる他ない。


 僅か一太刀浴びせるのが関の山だったのかと、


 驚嘆きょうたんが生まれる。


「どうした、他のやつもいつでもかかってこい!!」


 火神が他のメンバーに対して促すが、


 三嶋以外が戦闘態勢を取ろうともしない。


 その姿に一番の怒りを覚えたのは、


「アイツら、いい加減に――」

「ちょっと、田岡くん!」


 田岡だった。


 志水が止めようとするが手が届かずにすり抜けていくが――


「やる気ねぇヤツは、制服脱いで帰れよ」


 先に啖呵を切ったのは


 刀を肩に叩きつけている男だった。男は煽るように言葉出した。


「この制服着ていいのは強いやつだけだからさ……はっ」


 笑いながら動かない者たちへと告げた。


 その姿に田岡も勢いを失くしてしまった。


 予想外だった。


 まさか、三嶋が仲間をさげすむなどとは夢には思わなかった。


「死にたくないとか、怪我したくないとか、痛い思いするのがイヤだってやつは帰れよ。で、二度とこの制服着るな!!」


 それはわかってしまったが故に怒りを覚える。


「俺達は何の為にトレーニングしてんだよ……」


 仲間たちの不甲斐なさが、嘗ての自分への苛立ちが募る。


「火神さんはなんで俺達に付き合ってまでトレーニングさせてんだよ………っ」


 何も答えない仲間達に吠えるようにしてそれをぶつけた。

 





「死ぬ気がねぇなら、すぐにやめちまえって言ってんだヨォッ!!」




 三嶋の怒りにさすがの火神ですら眉をすぼめて呆けてしまう。


 だが対象的に田岡は笑みを浮かべた。


 後輩の成長を喜ぶような眼差しを三嶋に向ける。


「なんでお前にそこまで言われなきゃいけないんだッ!」

「そこまで言われなきゃわかんねぇバカだからだろうがぁあ!」


 怒りが頂点に達したと言わんばかりに吠える三嶋。


 黙る仲間に向けて制服の胸ぐらを強く掴み、


 怒りで震える声で語り掛ける。


「この制服はなんだ………俺達はなんだ?」


 自覚が足りなかったと知った。


「これは強さの証だ………俺達は最強のブラックユーモラスだ………」


 強くなければ、それを着ていてはいけないと知った。


「草薙さんが守ったもんは――――ナンダ?」


 弱かった。自分たちは弱かった。


 あの場で草薙がいなければその命はなかった程度の弱い存在だと知った。


「俺達が弱いまんまじゃ、草薙さんが守った意味すらねぇだろうが……ッ」


 不甲斐なさ知った。


 悲しんでいるだけで前に進めていない自分の愚かさを知った。




「あの人が誇りを貫いて、命を落としてまで、守ったモンはなんだァッ!!」




 草薙に守られていた現実を知った。


「俺達はブラックユーモラスだ! 何者にも負けちゃいけない存在だ! もう草薙さんはいない!! だったら、俺達が弱いまんまじゃダメだろうよ! あの人がいなくてもいいぐらいに強くならなきゃいけねぇだろう!」


 これからやるべきことを知った。


「あの人の誇りと使命を受け継ぐために、いま死ぬ気でやらなきゃダメだろうがよッ! 悲しんで無駄にしていい時間なんか俺達はねぇだろうがァアアアアア!」


 火神という男の行動はわかりにくい。


 それを理解できるのは彼を知らなければならない。


 三嶋の言葉は火神の思っていたことを伝えきった。


 静まり返るトレーニングルームで次々と皆が武器を構えた。


 亡き草薙の意思に答えて誰もが眼つきを変えて火神を睨みつけた。


「おうおう――――全員まとめてかかってこい」


 その意気込みに火神は笑って答える。


 次々と変わっていく視線を感じ取り嗤いながら、


 その変貌を見届ける。


「火神さん、さすがにハンデが過ぎますよ………」

「そうです!」

「あん?」


 火神の左右に並び立つように田岡と志水が構える。


「結構やるときはやるんです、大阪支部は」

「スイッチが入るまでが長いんですけどね」

「あぁ、本当におせぇ……」


 火神と田岡、志水の3人対残りのメンバーという構図がトレーニングルームに出来上がる。その男達の目には気迫が満ちていた。強くなろうという意志が室内に充満している。


 立ち直るまでに長い時間を要したが故に男は笑って迎え入れる。





「死ぬ気でかかってこいッ!!」




 黒い制服を着た後輩たちを――。



≪つづく≫

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