第106話 発情期の志水さんと鈍感オトコ田岡

 トレーニングを終えてシャワーを浴びた火神は自室に戻ってパソコン3台を立ち上げる。ようやく大阪支部の立て直しも軌道に乗り始めたところである為に、過大はまだ山積みといったところ。


 しかし、彼はその後に続く課題があるとわかっていても、


 口元を緩めずにはいられない。


 ようやくスタートラインに立てたのだ。


 トレーニングの気合がいつもと違い、


 疲れも溜まるがそれすらも、


 お釣りがくる程度だと思って満足をしている。


「失礼します」

「おう、入れ」


 火神の自室に同じくシャワーを浴びた志水が入室する。


 わずかに部屋に広がる女性特有のシャンプーの香りに少し鼻を引くつかせ火神は志水を見る。大阪支部に来てから志水に対して火神は若干の違和感を感じていた。


「志水……お前?」

「なんでしょう……か?」


 考え込みながら志水を睨みつけ委縮する志水に問いかける火神。


「前から、そんなメガネだったか?」

「えっ!」


 赤い眼鏡をかけている志水に対しての問い。


 火神が知っている志水はもっと地味でいかにも優等生な感じの黒いフレームをかけていた認識である。それも数年前のイメージであるが、昔馴染みであるが故に違和感が強い。


 見知った中学の同級生が高校デビューを成功させ、


 大学で出会ったよう時のような違和感。


 小便臭いガキがどこか垢ぬけている。


 志水をガキと言っても、もう30代なのだが……。


「いやその……イメチェンを………っ」

「くせぇな……なんかくせぇ……」

「臭いってなんですか!?」

「どうもメスくせぇ………」


 志水のどこか慌てている挙動に訝し気に目を細めて観察する。


「メス臭いって、なんですか!?」


 どうも、色気づいている。


「シャワー浴びてから化粧なんかしやがって……あと家に帰るだけだろう……」

「いいじゃないですか、別に!!」

「何サカってやがんだ……お前は?」


 志水の顔が次第に真っ赤に染まっていき狼狽がひどい。


 顔から汗が滴るほどに流れ出ている。


「私のことはいいですから!!」


 恥ずかしさに耐えられず志水は足早に用件を火神に伝える。


「それより、これから田岡くんとワタシと飲みに行きませんか!?」


 誘いなのだが恥ずかしさを隠すために声が大分デカい。


 何より火神の視線が疑いの視線のままなのも、


 志水的にダメージがデカい。


「今からか?」

「そうです!」


 火神は壁にかけてある時計に目をやり時間を確認する。


 もうすで21時を過ぎている。


 宿直以外はトレーニングの後を帰るように指示を出している為に、


 大阪支部としては、ほぼ業務は終わりといった状況だった。


「トレーニングもようやく身が入ってきましたし、後輩たちの意識も変わってきましたし、今後の新生大阪支部の方針を決めるためにも久々にどうですか!?」


 志水は時計を見て考え込む火神に対してぐいぐいと迫るように誘いを押し付ける。志水としては火神の歓迎も込めて古株三人でワイワイと飲みたいという気持ちにを交えて誘っている。


「どうっすっか……?」


 火神としては、


 今からやっと今後の方針や課題を整理しようとしていた矢先でもあり、


 願っても、無い話ではあるのだががある。

 

「火神さん、失礼致します!」


 デカい声を響かせ大きい図体の男が火神の部屋に合流する。


 その際に僅かにだが、


 志水の両肩が一瞬ビックリしたようにすぅっと上がったところを


 火神は見落とさなかった。


「どうだ、志水?」

「いま誘ってるところ」

「火神さん、久しぶりに飲みに行きましょうよ♪」


 田岡は右手で酒を飲むようなジェスチャーを交えて陽気に笑って見せる。


 仕事中であればそんな接し方は恐れ多くてできない田岡だが、


 仕事外であればそこまで火神にも警戒しない。


 仕事中は厳しい火神も酒の席であれば、


 無礼講と思ってくれるぐらいの懐の深さはあると知っている。


「どうっすか、火神さん?」


 それに火神は好いてる部分も大きい。


 笑顔の田岡に対して火神は近づきポンと肩を叩いた。


「田岡……お前らでいってこい」

「えぇー行きましょうよ、火神さん!」

「そうですよ、田岡くんと二人でなんていつもと変わりません!」

「お前ら……よく飲みに行くのか?」


 志水の発言を拾い火神は誘導尋問を投げかける。


 そう、これは後輩のことがわかっているが故の誘導である。


「えぇ、まぁ。同期ですし同じ支部なんで月2、3回は……」


 それに知らずかかるのが田岡という男である。


「はぁー、なぁ田岡? 見るからにでかい図体して………」


 田岡の答えに呆れるように火神は言葉を投げかけた。




「お前は本当にドンカンだな!」



「イタッ! いきなり胸叩くなんて何するんですか?」



 火神に胸を強くストレートで殴られた田岡は何が何だかわからないと言った顔を浮かべ、志水もその真意を読み取ることが出来ずになんだろうと言った反応で、火神を見た。


「俺が二人で行って来いって言ってんだろう……察しろ」


 火神の誘導がもう結論に辿り着いたことを、


「何を?」

「――ッ!!」


 志水は悟り顔を真っ赤に染め上げた。


 しかし、田岡という男にはさっぱり何も伝わらない。


 それが火神をさらにイラつかせる。


 扉側に向かって進みながら火神はそれを察しの悪い田岡に爆発させた。


「そこの発情期のメスをどうにかして来いって、いってんだ! それに俺は23時から三傑さんけつ会議がある。だから、二人でいってこい。最後まで言わせんなバカが………」

「えっ……」


 言いたくないことを言わされ辟易へきえきした捨て台詞を吐き、


 火神が去り、顔を赤らめた志水と田岡だけが残された。


「えっ?」

「………………っっ」


 田岡は理解が及ばずに志水を見る。赤い顔で硬直している。


 もはや、赤メガネと表皮が一体化しているのではないかと、


 錯覚するほどに反応を見せている。


 田岡は頭の中で静かに整理を開始する。


 ――志水が発情期? だから二人で?? 


 ――俺が志水と???


 


 ――志水と俺がッ!!


 ようやく真相に辿り着くと素早く発情期のメスを二度見する田岡。


 火神は察した。


 志水がなぜトレーニング後に化粧などしているのか。


 そして、なぜメガネを変えているのか。


 さらに、なぜ色気づいているのか。


 ヤリチンオロチ先生がもしいたら、


 彼に免許皆伝を言い渡すほど火神ちゃんは年を取って成長していた。


 火神の推理は的中している。


 それを志水が如実に表している。


 そう、それは――


 志水が田岡に惚れているという事実である。


 同期であり近しい関係であるが為にそれが好意であっても、


 鈍感な田岡は異性に対する好意と認識してなかった。


 さらに言えば今フリーな田岡。


 志水がフリーなことも知っている。


 90%から漏れている二人。


 何も言わぬ志水に対して、


 田岡は鼻から息を大きく吸い込み今すべきことを考えた。


 ――ここは……やはり俺から言うべきだよな………


『私は女子。貴方は男子。それが答えよ』


 ――男だし……男だしッ!


 喫煙所で聞いた志水のセリフも相まって田岡は動くことを決意した。


 志水の方にデカい体を向け、彼は誘いを述べようとする。


 ――今夜が勝負だ、オトコ田岡。そうだ、ライトな感じでとりあえず飲みに誘おう。ムードを作ってからだ。今ここで勢いに任せて告白するのは良くない。


『志水、ちょっと場所を移動するか?』


 ――ちょっと軽すぎるし何処に行くのかが明確でないから、ラブホテルとか勘違いされたらアウトだ!



 ――それなら


『志水、とりあえず一杯飲みに行かないか?』


 ――よし、これでOKだッ!



 考えがまとまり意を決して動き出だす。


 だが頭の片隅に残るのは、


「志水」

「ハイ」

「とりあえず、」


 発情期の発言とラブホ。





一発いっぱつどうだ?」

「……」



 

 オトコ田岡、会心の失言である。


 空気が凍るほどの失言。


 もはや酸素が地球上から亡くなったのではないかと思わせるほどの場違い発言。


 ――やっち……まった…………ぁ。


 それを満面の笑みで田岡は言ってしまった。後戻りは不可能である。


 後ろに引かれる右腕。それは田岡の顔面に




「――――最低ッ!」




 見事に突き刺さった。


 恋する乙女の右ストレートは巨体を引き飛ばす。怒り心頭である。


 出した言葉は引っ込められず、引かれた拳は撃たれるのみ。


 だが、めげない男は必死にすがるように倒れながらも手を伸ばし、


「志水、違うんだ! 言い間違えたんだッ!!」


 弁解をする。


「………………」


 オトコにはなれずじまいの田岡に蔑むような侮蔑の視線が、


 志水から送られている。さすがにこれはない。


 この間違いはあってはいけない。


「はぁー、田岡くん…………」


 志水はため息をついて、扉に手を掛けた。




「私は一発で満足して飽きるほど安い女じゃないの――――早く行くわよ」




 怒りを残した捨て台詞を吐き扉の外へと出ていった。


 田岡がそういった男でないことはわかっているが故にため息も尽きたくなる。


 本当に大事な時に言い間違いをするような男だとわかってしまっているから、


 嫌いになれない。


「し、し、し志水さん――」


 その発言を聞き取り、田岡は鼻の穴を大きく膨らまして急いで立ち上がり、


「ちょっと待ってくださいよー!」


 興奮した顔で急いで志水の後を追いかけて扉の外へと出ていく。


 オトコ田岡の春はもうすぐそこまで来ていた。



≪つづく≫

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