第104話 奪われたくなきゃ強くなれ
「親父が死んで泣くほど悔しいか? 親父が死んで泣き叫ぶほど悲しいか?」
「かなじぃよ……」
「そっか、ならなんでこんな想いをしなきゃいけないか教えてやろうか?」
その一言で少年は
「それはな、よえぇからだよ――」
泣くのを中断して悔しそうな顔を浮かべて火神を睨んだ。
それが侮辱に思えて他ならなかった。
自分の憧れた人物の、亡き父への冒涜を吐いた男の胸倉を小さな両手で掴み
「さっきの言葉を――」
怒りをぶつけた。
「取り消せ! 今すぐ取り消せよッ!」
「あん?」
相手が自分より強い男だろうと知ったことではない。それだけは許せるはずもない。悲しみより怒りが勝ったいた。誰よりも強く、誰よりも優しくて、尊敬した父への愛の深さゆえに許容できるわけもない。
小さな体を震わして吠えるようにサングラスをかけた黒い制服の男に喚くように訂正を求めた。
「僕のお父さんは弱くなんてない! 僕のお父さんは誰よりも強いんだ! お前なんかよりもずっとずっと強いんだ! お父さんを弱いって言ったのを取り消せよッ!!」
「なに言ってんだ……オマエ」
片方の眉を上にあげ微かに漏れた威圧。
静かな声だが怒りを返す声。それを感じ取り三嶋が動き出す。
――子供相手にいい加減にしろよッ!
だが二度にわたる制止をかけられる。
田岡に強く首を太い腕で掴まれ動きを止められていた。
田岡に抑えられながらも草薙への侮辱を感じる想いは子供と変わらない。
――どいてくれッ、田岡さん!!
無理やり外そうと声を出さずに前へ進む。
――アイツを………ッ。
後先も考えずに、
――俺に殴らせろッ!!
そのサングラスをかけた男を一発でもぶん殴ってやると、
熱情に駆られただ前に前に田岡を引きずり動いていく。
「誰がいつそんなことを言った……草薙がよえぇだと……っ」
小さな子供の胸倉を掴み返し、火神は怒りをぶつける。
「アイツがよえぇえワケねぇだろうがッ!」
火神の怒号が響き渡り、三嶋も子供も固まった。
怒りが消え去るような一声。状況の把握が追いついてない。
父を侮辱していたと思っていたのにいつのまにか立場が逆転していることに、
父の為にこれほど怒りを覚えている男にあっけに取られて動きを止めた。
「生涯通算魔物討伐数三万四千六百三十九体、年間処理案件数三百三十三件、推定救出人命五十六万四千人――」
サングラス越しに怒りを押さえながら冷静に唱えられる数字の数々。
それは草薙総司が残してきた功績。
「その
火神の叫びに呆然と立ち尽くす二人。思い違いをしていた。
「その誇り高き英雄を汚すことはどうあっても――」
火神という男に対しての認識を。彼の真意を。
「仲間であるこの俺が許さねぇッ!!」
抵抗を見せなくなった三嶋に対して田岡は静かに首の拘束を解いた。
解かれた三嶋は少しよろけながら前に進み田岡を振り返る。
それに田岡は顎でよく見ろと言わんばかりに火神を指し、
三嶋は静かに火神に視線を移した。
子供の頭に静かに火神は手を乗せた。
「俺がよえぇつったのは、お前の事だ」
「……僕がよわい……?」
涙で腫らした目でその男を見上げた。
「そうだ、お前だ」
サングラス越しに迷いのない目が物語る。
「それだけ偉大な父親を持ちながら、草薙総司という偉大な英雄の息子でありながら、いつまで泣いてやがるッ!」
「………………ッ」
火神は悔しさを込めながら言葉を泣き止んだ少年に優しく送る。
「お前が親父より強ければこんなことにはならなかったかもしれない。もっと強ければ親父は死ななくてもよかったもかもしれない。だが、お前はよえぇ」
「………………っ」
その言葉に三嶋は唇を噛みしめた。火神の言った言葉が刺さる。
「それに草薙はもういない……お前を守るやつはもういなくなったんだ……」
その悔しさを込めた言葉は、
火神自身に向けられていると感じ取ってしまったが故に、
自分の未熟さを弱さを感じずにはいられなかった。
「泣いてる場合じゃねぇだろう……」
それは田岡とて、同じである。
「今度はお前が守る番だ」
火神が目を向ける方向へゆっくりと動かしていく少年。
そこに映る母の姿。その男は言った。
「お前が父ちゃんのかわりに守る番だろう………」
父の代わりに母を守れと。
母が泣くより先にいつも自分が泣き喚いていた。
その時いつも優しく抱きしめてくれた。
その母は誰が守るのだろう。ここの家には二人しかいない。
「強くなれ……もう二度とこんな悲しい思いをしたくなきゃ、もう二度と大切なものを奪われたくなきゃ、今がイヤだと思うなら変えられるくらい強くなれッ!」
静かに少年は目を腕でこすり付ける。
もう泣かない為に。涙を消すために。強くある為に。
「――――うん」
力強く頷く少年の後ろで母が静かに涙を流した。
その姿を見て、火神は静かに少年の頭を数度撫で立ち上がる。
「俺は忙しんで……もう戻ります」
静かに出口に向かって歩き出す。
その後ろを田岡と三嶋がついていく。
少年はその背中を見つめた。
父と同じ仕事をする強い男達を目に焼き付けるように――。
「おいガキ……名前は?」
「
先程までピーピーと泣き散らしていた少年の声に迷いはない。
それに火神は静かに口角を緩める。
悟られないように背中越しにその男へ送る。
「俺は忙しい身分だ。もし、俺に文句のひとつでもいいてぇなら――」
右手の親指が背中を指す。
「これ着て来い――――そしたら時間を作ってやる」
黒い制服が語る。
それは強い男しか切れない証。
誰もが憧れる絶対強者の証明。
その男は背中で語る。
そういう男達に憧れてついてきた。あの男達の背中を追ってここまで強くなった。ブラックユーモラスNo.2まで。不器用なそのエールはしっかり草薙翔太に届く。
尊敬する愛した父が守った誇り高き黒い制服。
それをいつか自分も着れるぐらいの男になれと。
強く強く目に焼き付けるように背中を見守り続けた。
車の後部座席を田岡が明け三嶋は運転席に座る。その後部座席へサングラスをかけた男が脚広げ態度を強く見せ座った。三嶋の中で火神のイメージは変わった。バックミラー越しにその男へ笑みを浮かべ行先を訪ねる。
「大阪支部に戻ってトレーニングでいいですか、火神さん?」
その三嶋の態度を感じ取り、
そして、出した答えに満足げに火神は答える。
「わかってんじゃねぇか」
田岡も二人の一変したやり取りに口元を緩め静かに笑う。
「田岡、三嶋、お前らにも言っておく――」
火神は二人に告げる。
「奪われたくなきゃ強くなれ」
その語られた言葉に主語はない。
しかし。それはしっかり二人に届いた。
もう二度と悲しい思いをしたくないなら、
命を奪われたくないなら、強くならなければならないと。
火神に対してやる気に満ちた笑みを浮かべ後部座席を振り返らずに
「「ハイ!」」
二人は返す。
その黒い制服を着ている限り、
強くあることが義務付けられていると胸に刻み。
≪つづく≫
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