第102話 1993年火神恭弥の過去 —春の風物詩―

 あれから季節が過ぎていった。


 むせ返るような暑い夏が終わり、葉が色づきを替え街並みが変わり、葉が落ちて道を埋め尽くす。まだ季節は過ぎ去っていく。止まることなく、彼らを成長させていく。


「なに見てんだよ、晴夫?」

「あぁ……新入生」

「なんだ、かわいい新入生の女でもさがしてるのか?」

「ちげぇよ……」


 教室から窓の外をぼんやり眺める晴夫の肩にオロチが体重をかけるように腕を回した。オロチは左に右に顔を動かして新入生を物色している。桜の花が咲き誇り姿を散らしていく。


 その花びらがひらひら散る姿を目に映し、


「お前にそういうの似合わねぇぞ」


 どこか気が抜けている晴夫。



「なんか会いそうな気がしたんだけど……な」

「何にだよ?」

「なんかイイものだ。まぁ勘だけどな」

「またお得意の勘か……」


 野生の勘に従い外を眺めていたがあきらめ教室に視線を戻し席を揺らす。


 話が一区切りとオロチはため息をつき晴夫を見てすぐ窓の外を見た。


 懐かしい姿を思い浮かべる。


 晴夫と二人でコンクリート打ちっぱなしのあの校門を通り抜けた自分たちの姿を。高校で過ごした一年間を思い浮かべながら。


「工業高校で女との出会いに期待するなんてお門違かどちがいだぞ、晴夫」

「かわいい子もいるかもしれねぇだろう?」

「いねぇよ。工業目指す奴なんて決まってブスしかいない」

「おまえ……ホント冷徹れいてつだな。いつか刺されるぞ」

「俺は女に刺されるより、挿す方だ!」


 廊下がざわつき始める。二人がソレに気づく。


「なんだ……?」

「やけに騒がしいな………?」


 一人の男が廊下を歩いているだけで学校がざわつく。


 ここは不良の名門足立工業高校。晴夫達も通った道。


 喧嘩バカ達のたまり場で起こることは限られている。


 誰が一番強いのかということ。


 二年生の廊下を新入生が歩けばそれはおのずと発展を見せる。


 気合の入った顔をした男が、


 そそくさと廊下を歩いていく――


 まっすぐこの学園の頭がいる教室を目指して。


 髪型は短髪で上に張りあがるように固められ目はどこかギラついている。カチカチに固められた髪の整髪料が光を反射しキラキラと光っている。その男に二年生が睨みをかけるが何も気にせずにただ真っすぐとその教室へ入っていった。


 教室の雰囲気は緊迫した様子を見せる。


 二年生達はその一人を睨み威圧する。


 どれだけの自信がその男にあるのかは知らない。


 しかし、晴夫とオロチの方へ迷いも無く近づいていく顔に気合が乗っている。


 両手で頭を押さえながら椅子を揺らす晴夫の前に


「ん?」

「お久しぶりです!」

「誰だ、お前は………?」


 立つ男。上から下に見下ろす姿は晴夫を睨みつけている様な様相。


 だが、晴夫の様子は相手のやる気を受け流す様に飄々としている。


 自分を知っているような口ぶりをする男の顔を見るが、


 覚えがないといった感じだ。


「夏に会ってたじゃないっすか。忘れてしまったんですか……?」

「夏に……だと?」


 晴夫は目を閉じて考え込む。


 夏に会った不良とは誰だろう。オロチも同様に首を傾げた。


 晴夫は、


「あっ!」

「思い出してくれたんですね……」


 思い出した。


「お前マスクやめたんだな!」

「……………っ」

「で、俺様にリベンジに来たということか……」


 がしゃ髑髏のメンバーかと。マスクとパーカーの為に人相が判別しづらいから何もなければ分かりづらい。晴夫はその中の誰だとかは知らない。


「一度完膚なきまでに負けたのに俺様に挑んでくるとはおもしれぇ。相手してやるよ」


 だがリベンジマッチを要求する行為にたぎる。


 その意気込みを買ったと言わんばかりに椅子から立ち上がり天井を指さし、


「久々に熱くなってきたぜ、屋上へ行こうぜ!」


 喧嘩場所を指定した。


 従来であれば一年生のてっぺんに立ってからでないと受けられぬ番長戦の開幕である。二年生たちはニヤリと笑いをこぼす。気合の入った一年生がはいってきたと。


 春は新しい風が吹く季節。


 足立工業高校の風物詩が始まる――。


「あの……もうすぐ入学式はじまっちゃいますよ。屋上はその後でもいいですか?」

「はぁーあ?」


 出鼻をくじいてくる新入生。二年生に走る戦慄の光景。


 まるでそれは宮本武蔵の所業。巖流島の決闘のようなじらし作戦。


 晴夫のやる気をコントロールして平常心を奪う巧みな戦術。


 恐ろしい一年だと言わん空気が広がっていく。


 しかも、それを晴夫相手にやっているのが命知らずである。


 もうブチ切れ寸前と言わんばかりに


「入学式だと……きさま?」


 晴夫の表情筋は崩壊寸前で秒読み状態である。


「そうですよ」

「なぁん……だと」


 晴夫は我慢が得意ではない。


 さらに言えば待たされるのも待つのも嫌いである。


 俺様主義であるが故にペースを相手に取られるのが我慢ならない。


「ここで構わねぇ……入学式より早く終わらしてやる………」


 もう拳は硬く握られている。


「入学式よりテメェの葬式が先だッ!」

「へっ?」

「どこかで……あっ!」


 ずっと首を傾げていたオロチがその人物を思い出したが、


 もうすでに晴夫の拳は繰り出されている。


 眼前に迫る拳だったが相手の反応は早かった。


 ——俺様のパンチを避けやがったッ!?

 

 しゃがみ込んで晴夫のパンチは躱している。


 出した拳は引っ込まずに空気を切り裂いて進んでいく。


「待て、晴夫!! ソイツは!?」


 一足遅くやめるように呼び掛けるオロチ。


「オロチさん――ガッ!」

「ガッ!」


 鈍い音が響く。


「イテテ…………?」

「アッ…………あっ、あ………!」


 勢いよく立ち上がった頭が晴夫のアゴ先に目掛けて命中した。尻もちをつく晴夫を前に涙目でしゃがみ込む眼つきの悪い男。ひさしぶりの再会にオロチの声が上がる。


「火神!」

「オロチさん!」


 ざわつく教室。久方ぶりに聞くのその小卒ターミネータの名前。


「お前随分変わったな! 見違えたぞ!! 今まで何やってやがったんだよ!?」


 晴夫とオロチも夏以降に火神と会っていなかった。


 夏に会ったときは黒髪を伸ばしていた風貌だったが、


 バリバリの不良スタイルへと変貌している。


 ぱっと見、誰だかわからないぐらいの変わりようである。


 誰もが納得した。


 あの時は年少から出たばかりだったのから恰好が違ったのかと。さらに言えば晴夫がしりもちをついたまま立ち上がってこない。当たり所が思いのほか良かったようだ。


「さすがだぜ、火神ちゃん!」


 一瞬にして下剋上の完成である。


「皆さん、お久しぶりです! 火神です!!」

「いきなり晴夫さんをやるなんて器が違うぜ!」

「えっ……あっ、すいません、晴夫さん!」

「いっ……てぇ……」


 倒れた男からわずかに聞こえる声。


「はる……お……さん?」


 それは悔しそうに怒りが含まれている。


 ゆっくり立ち上がり火神の肩に手が優しく置かれた。


「久しぶりだな……火神」

「晴夫……さん!」


 感動の再会だった。


 肩に置かれていない手が後ろに引かれていなければ。


 その手が固く握られていなければ。


 腰に捻りが加えられていなければ――


「イテェじゃねぇかぁあああああ!」



「えっ――」


 それはあの時と同じようで少し違う。


 あの駅のホームでボディを殴られた時と似ているが少しだけ違う。


 殴られながらも火神は少し笑いながら思い出した。


 あーこの人こういう人だったと。


 すべてを暴力で片づけようとする野蛮な男だったと。


 後ろの座席に飛ばされながらもどこか余裕を感じさせている。


「ふっふっふ、甘いですよ、晴夫さん……」

「この感触……火神、お前!?」

「晴夫さん……僕が久しぶりに会う晴夫さん相手に対策をしてないとお思いですか!!」


 びっくりする晴夫に対してなにか不敵な笑みを浮かべている。


 不良は意外と装備が充実している。腹に何かをしこむことなどもある。


 火神ちゃんが腹に仕込んでいるのは『少年エース』。


 ジャンプより分厚い。なぜなら週刊誌ではなく月刊誌だから。


 おまけに新春増量中である。


「火神の分際で……貴様、ちょこざいな!」


 防御力は数百円で格段にアップする。


「いつまでもやられっぱなしだと思わないでくださいよ、晴夫さん!」


 何か意味不明に白熱する二人の対決。


 だが、周囲からすれば風物詩が盛り上がっている。


 小卒殺人ターミネータVS暴力の権化。


 一歩も引かない攻防である。さらに廊下が騒がしくなる。


 大量の生徒達が廊下をかけている。そして教室を目指していた。


 それは、


「殴り込みじゃい!!」

「なっ!?」

「アタマ取ったるでぇえええ!」


 晴夫達の教室になだれ込む新入生たち。


 火神の噂を聞いた新入生たちが我先にと駆け込んでくる。


 もうすでに番長の晴夫にタイマンをしかけている同級生がいると。


 負けてられねぇと言わんばかりに血気盛んな様子。


「おもしれぇ、一年坊主ども! 上下関係を体に教えてやんよッ!!」

「上等だ、先輩方!!」


「えっ、えっ!?」


 もはや教室内は乱闘の嵐。それに首を回す元優等生。


 何が起きているかわからない。自分が原因だということも知らない。


 見たことも無い光景と世界。だがこれがこっちの日常。


 そして、あちらこちらで喧嘩が始まる中で火神の喧嘩も始まりを告げた。


「火神、俺様に歯向かうとは成長したじゃねぇか?」

「はぁ……!?」


 目の前の男はこの学園最強の男。


「上等だぁわあああああ!」

「きゃぁあああああああああ!」


 戦闘態勢は準備万端といったところだろうか。やる気も満々である。


 また今年度も始まる。


 その春は例年より温かく人が狂うにはちょうどよかった。


 がらんとした体育館に集まる教師たち。


「校長……入学式の時間なんですが……生徒達が来ませんね」

「いつものことです」


 桜が満開に咲き誇り彼らの宴を祝うように風に舞う。


「そうですね」

「そうです」


 どこの学校よりも騒がしい入学式を迎え上級生と下級生は顔を合わせ拳を合わせる。その地区は23区いち治安が悪い。ここは不良の名門である。


 毎年の風物詩が始まりを告げた。


 ここから、火神の不幸は加速する――


「火神ぃいいいい、逃げんじゃねぇえええ!!」

「晴夫さん、アンタは本当にいつまでも変わらない――」


 逃げながらも叫ぶ、火神。




「世界一のバカだよ!!」

「バカとはなんだぁあああ!!」


 

 歩いてくルートを見失った彼の荒野は荒れ狂う風がふきすさぶいばらの道。


 勘違いされやすいキャラに過度な期待のせいで一年でトップを取ることを義務付けられる火神。その為にやったこともない喧嘩の練習などを仲良くなった上級生から教えてもらいながら一年を統一するための彼の不良ロードがここを起点に始まりだした。


 ひ弱な優等生が不良学園の頂点を目指す物語は語れることはない。



≪つづく≫

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