第100話 1993年火神恭弥の過去 —白髪の死神―

 翌日には、がしゃ髑髏と足立工業高校の抗争は瞬く間に街を駆け巡った。


 足立区内での大型チーム同士の決着となれば不良たちがざわつくのも仕方がないこと。人から人へとウィルスの様に広がっていき街全体へ話が広がるまでにそう時間はかからなかった。


「早くしろッ!」

「ハイ!」


 スーツ姿で黒っぽいサングラスをかけた男達がその戦いの跡地で、


 翌朝から緊迫した様子を見せている。

 

 その男達はゾンビパウダーの元締めである早乙女さおとめ組の幹部たちである。早乙女組が情報を聞きつけ駆け付けたあとには牛窪の姿はなかった。


 だが、そんなことよりもいま優先すべきことはゾンビパウダーの回収である。これが商売道具の一つであるため、警察の捜査が入る前に全てを持ち出さなければならない。


「何やってんだ、嘘ノロォオオ!」

「ハイ、スイマセン!!」

「兄弟が時間稼いでる間に早く全部運び出せッ!」


 時間との勝負ということで一刻を争う。


 警察の足止めをするために幾人かの構成員が騒ぎを起こしている。


 他の組との銃撃戦を街中で行っている。


 そうまでしてでも回収する価値があるというもの。


 一度でも服用すれば命を代償にいくらでも金を貢がせることが出来る代物。おまけに常用しなければ呂律が廻らず情報が漏れることもない。金を生む魔法の薬。


 何を取っても、コレを手放すわけにはいかない。


「コレを………アチラへ運べばよろしいのですか?」

「なに言ってやが――!」


 言葉を止め、目を見開く。


 早乙女組の前にスーツ姿の白髪まじりの男がとぼけた笑顔で紛れ込んでいた。


 どこか立ち振る舞いが洗礼された男。


 極道とは違う明らかに異分子である。


「見ちまったもんは仕方がねぇな!」


 決断は早かった。


 相手は一人で物腰の柔らかさから強さを感じさせない。


 情報が漏れることを避けるためなら抗争も厭わない覚悟は出来ている。


 時間をかけてる余裕などない状況での行動。


 銃を胸元から抜き出し、


「ほぉ、コレはまた――」


 時政宗ときまさむねに向けるまで躊躇いがない。


「あばよ!」


 胸元から出した銃を一瞥してとぼけた様子を浮かべる時政宗へ、


 躊躇いも無く引き金を引く。


 発砲音が鳴り響き他の組衆くみしゅうも慌てて現場へ集まって来た。


 白髪の男と幹部がにらみ合って立っている光景を目にする。


「マカロフですか………い銃をお使いで」

「………………」


 幹部は何も言わずに膝を崩す。


「あ、あに――!!」


 組員から見える幹部の瞳孔は上を向いている。


「しかし、護身用としてはなかなかですがあまり殺しには向いていません」


 デコには一つの黒い穴が開いていた。


「兄貴ィイイイイイイ!!」


 幹部の死を感じ取り一斉に銃口を敵へ向ける。


 その異分子は排除しなければならない存在だと完全に認識されている。


「テメェは生きて帰れ、ガペッ」


 相手が喋っている最中でも、


「銃を構えて撃つまでが遅いですね………」


 幹部のトカレフを手に引き金を躊躇わずに引く。


「銃口を向けた瞬間に始まるモノですよ――」


 迷いなどなくしゃべりながらも次の標的へ銃口を向け二人目を貫く。


「――戦争は」


 一斉に時に向けて銃弾が発射させられる。


 だが、時には届かなかった。


 発射するより早く、幹部の体を軽く持ち上げ、


「ダメですね……狙うなら頭部です」


 自分の前で盾代わりにして銃弾を防いでいる。


「マカロフは携帯には便利ですが、ただでさえ威力が低い。だから護身用なんです。狙うなら迷わずに頭部ですよ」


 そういいながらも幹部の胴体にしっかり頭部を隠している。


 幹部のスーツの下には防弾チョッキが仕込まれていたことが仇となった。


 時の言った通りマカロフの銃弾が突き抜けてあたることはない。


 おまけに次弾の発射までのタイムラグは時からすれば長いのもネックである。


 これがマシンガンであれば戦い方も変わるというものだが、


 盾を持ったまま走り込んでいく。


 仲間の死体に僅かな動揺と躊躇いがはしり銃弾の雨がわずかに止んでいる。


「ご兄弟をお返し致します」


 距離が縮まり射程に入った瞬間に仲間の死体を相手めがけて投げつける。


 そして空いた手を使い相手の喉へと一直線に突き差し、


 横へ弾き出し喉の肉をえぐり取る。


 その手はまるで生き物の様に曲げられ、


 牙を持つように命を噛み取る。


 その動きはある生き物に似ていることから名づけられた。




 蛇拳じゃけんと――




「あまり………私にも時間がありませんので、手短にやりましょう」


 新しい死体の盾に持ち替えて時は優しい声色で諭す様に男達へ語り掛ける。


 それは圧倒的実力差ゆえの配慮。


 これから無惨にも死にゆく者たちへの祝辞のようである。


 そこに居合わせたものは相手が悪かった。


 その男は警察ではない。


 その男がもっとも得意とすることは暗殺である。


 それは江戸時代から始まった。八代将軍吉宗が作り出した直轄の組織。


 諜報活動を行う隠密の集団。


 その集団は江戸幕府が終わってからもあるじを替え秘密裏に残り続けた。理由は簡単なことである。諜報活動というものはいつの時代もなくならない。江戸より遥か昔から当たり前の様に行われている。そして現代ではスパイと呼ばれたりするもの。


 その名は残り続けている――。



 日本特殊諜報機関――



 御庭番衆おにわばんしゅうと。




◆ ◆ ◆ ◆




「オロチはさすがだなー」

「だろ。もっと褒めていいぞ、晴夫!」

「まさかお前がここまで頭がキレるやつだったとは」


 晴夫とオロチは朝まで騒いだままにまた元の場所へと向かっていた。


 それは、オロチのによるもの。


「しかし、考えてみればその通りだよな」

「だろ。俺はピーンときたぜ。あの馬鹿どもが簡単に金を稼げるわけがない!」

「その通りだ。まったく」


 金に汚い男であるが故の逆転の悪魔的発想だった。


 それを聞いた晴夫は目を丸くし、すぐさま話に飛びついた始末。


「あのヤクを使って稼いでたんだろうな」

「痛覚無効とか意味わからんけどな。だが、金をどこにしまってあるかということだよな」


 自慢するように自分の頭を数回こづくオロチ。


「俺の天才的頭脳のセンスだ」


 それに賛同するように晴夫はご機嫌な笑みで頷きを返す。


「そんなキタねぇ金じゃ、なおさら銀行なんかには預けられない」

「ということはだ……わかるだろう、晴夫?」


 顔クシャクシャにして得意げな笑みを返すオロチに、


 晴夫も同じような笑みを返す。





「十中八九アジトに隠してあるわけだな!!」

「違う、百発百中だ!」




「よっ、オロチ様!」

「はっはっは、くるしゅうない!」


 オロチの発想とは、牛窪に言われた月200万という大金。


 どこかバカ騒ぎしながらも、


 あの金があったらなーと執着心を捨てきれずに夜を過ごしていた。


 だからこそ、ふと気づく。


 その金はどこにあるのかと。


 そこからオロチの推理は早かった。名探偵もびっくりの速度で、


 確信を着く答えに辿り着き、


 それを晴夫に話して今に至るというわけである。


 オロチの予想は正しい。


 牛窪の金は上納金として早乙女組に収める分もあったが、がしゃ髑髏の活動資金としても一定の報酬を貰っていた。それは月200万などというはした金ではない。チーム内である程度分配されているが余ってしまうほどの額であった。


 ソレを隠しておく場所など近場では一つだけである。


 それを全て掻っ攫ってしまおうというのがオロチと晴夫のたくらみだった。


「これは窃盗ではないな、オロチ?」

「当たり前だ、元からきたねぇことして稼いだ金だ。それを盗んでバチなんか当たるか」

「少しでも心の綺麗な俺様たちが使うことで金も浮かばれるってもんだよな」


 もはや二人の頭はお花畑でご都合的解釈に歯止めが効かない。


「その通りだ。俺達がしようとしていることは鼠小僧ねずみこぞうみたいな義賊的な行いだ」

「あぁ、朝からいいことをしてしまう自分の善人さが憎い!」


 どう考えても窃盗だが、相手の上げ足を取りマウントを取るがごとく自分たちの意見を言いたい放題である。


 だがそれぐらい浮かれるのも当然。まだ学生の身分でありながら確実にあたる宝くじを手に入れたような高揚感に身を包まれているのだから。


 ソコに、近づいてはいけないと知らずに――


 アジトのもう間近まで来ていた。


 数台の黒塗りの車が遠くにとめてあるのにも目をくれず、


 二人は気分上々のまま扉付近まで近づいてしまった。


 中から僅かに聞こえるコンクリートを叩く革靴の音。


「晴夫……」

「先客がいるのか……?」


 その音は徐々に目を見合わせる自分たちの方へと近づいてくる。


 体が自然と内側から何かを訴えかける感覚が襲う。


 血の気が引き何か重力が増えたような圧力。


 ――プレ…………シャーッ!

 

 自然と腰を落として身構える態勢を取っていた。


 ――なんだ……。


 夏の暑さのせいもあるが額からにじみ出る汗が頬をつたい下に落ちる。


 ――誰だ…………。


 総毛立つような居心地の悪い感じが気配を増していく。


 ――誰が…………来る。


 それが扉に手を掛けた瞬間だった。


「オッラァアアアアア!!」

「やめろ、オロチ!!」


 相手の姿が視認できるよりも早く渾身の回し蹴りが音を立てる。


 全身を襲う悪寒に身を任せるが如くオロチは動き出してしまった。


 晴夫が制止を促したが間に合うはずもなかった。


「ほぉー…………」


 それは前に現れてしまっている。


 二人は言葉を失いオロチは上げた足を下ろせずにいた。


 それは音を鳴らした。


 しかし、届いてはいない。


「――いい蹴りだ」

 

 確実に頭部を狙ったがわずかに当たっていない。


「あっ、あっ、あっ――」


 晴夫は知っている姿に言葉を出せず口を痙攣させ、


 オロチの体にとめどなく汗が流れでる。


 来ている服の色を水気で変えてしまうほどの大量の分泌。


 一刻も早く逃げだしたかったがそれも叶わない。


 足を掴まれてしまっている。


「ふむ」


 男は晴夫を見つめてひとつ頷いた。


 男の動きに注視して二人は動きを止めている。


 オロチの渾身の蹴りは怪我をしていようが全体重を乗せた本域だった。


 それを片手で涼し気に止められている。


 さらに時の纏っている空気が二人を緊張させていた。


「すまない、殺気を出し過ぎて驚かせてしまったみたいだ……」


 何か強がろうにも圧倒的差を感じずにはいられない。


 ――人間じゃねぇ…………だろッ!!


 生物としての本能が格が違うと訴えかけている。


 その者の出方次第で自分たちなどどうにでもされてしまうということが分かっている。男がポケットから何かを取り出す動きすら恐怖に感じ、身をすくめる。


「…………靴が汚れている」


 それは白の小さなタオルだった。


 それでオロチの靴に息を吹きかけ磨きだす男。


 ただ静かに終わるのを待つほかない。


 すぐに拭き終わり足を軽く押しやる。その反動に逆らわないようにオロチはゆっくり地面に足を下ろした。固まるように立つ二人を前にそのタオルをバンと音を立てて広げる。


 大きな音にびくっと肩を震わした二人を、


 気にせず男は靴を拭いた面を中に折り畳み、


 綺麗な面で自分の頬についた血をふき取った。


 一挙手一投足に目を見張り、強張る二人。


「いい判断でしたね……それと良いキックでしたよ」


 それは一瞬で制止の判断をした晴夫とまだ見ぬ敵に渾身の蹴りを頭部目掛けて放ったオロチへの賛辞。


「中には――――」


 男は固まる二人の間を通り抜け、優しい声で伝えた。


「入らない方がいい。身の為です………」


 そして、消えていった。


 足音が聞こえなくなったあとも固まったように立ち尽くす。


 それはほんの数秒だった。


 だが二人には途轍もなく長く感じられた。命を握られている感覚に当てられることなど初めてだったのだから。息を止めるのをやめ、呼吸荒げ息を吸い込み、


「な……んだ……あれ……はっ」

「この前……話しただろう……がっ」


 恐怖に体を震わせて上擦った声で目を見ずに会話を交わす。


「あれが……白髪の殺人鬼か……っ?」

「警察……じゃねぇだろう……」

「あぁ……あれは…………」


 その男を思い出しながらオロチは声を絞り出した。




「――――死神だ」





 その後、二人は時政宗の忠告を守りアジトへは入らなかった。


 入っていればどうなっていたかはわからない。


 見なくてよかった――無数に転がる屍を。


 そして、そのアジトは一時間もしない内に燃えて消し炭となる運命だった。



「政玄様、大体の見当は付きました」

『ありがとう』


 電話越しに二人は会話を交わす。


「では、警察ではなく御庭番として動きます。あとの始末をお願いします」

『わかった。手を回しておくよ。で、相手は誰なんだい?』

「早乙女組という暴力団です」

『早乙女組ね……』


 男の言葉少ない答えに僅かばかり腑に落ちない政玄の声色が返ってくる。


 それを察して時は言葉を紡ぎだす。


「製造者についての情報はまだわかりませんので、後程ご連絡いたします」

『頼んだよ』


 男の答えを聞き満足した様子で政玄は電話を切った。


 話の本題を正確に捉えてることを確認できたが故に満足だった。


 今回の発端はゾンビパウダーという代物が世に出ないようにするということ。あくまでも暴力団はそれの元締めでしかない。製造方法自体が出回ってしまえば終わりである。


 だからこそ、急ぎ簡潔に伝え次に素早く行動を移す必要が時にはある。


 警察の制服をゴミ箱に捨てて、


「では、行きますか――――」


 静かに黒い皮手袋を両手にはめたスーツの姿の白髪交じりの男は歩き出す。


 血塗られた死神の鎌を両手に宿し振るう場所を求めて――



≪つづく≫

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