第77話 1993年火神恭弥の過去 —暴力との出会い―

 1993年5月――


 携帯電話など一般に普及もしていない。Jリーグが開幕しサッカーというものが日本の熱狂的なスポーツになる前段階。バブルは崩壊し経済は後退期。


 成長が遅くなったように街もまだ長く続いた昭和の面影をどこか残しつつ、


 バブルの明るさもどこか消えきっていない形で、


 音楽や流行などが目まぐるしく変わっていく。


 そんな時に火神恭弥の運命も変わり始めた。




 火神恭弥かがみ きょうや――中学三年生の春の出来事。




 二人の男との出会いによって、


 彼という人間は大きく変わることとなる。


 まだ、火神が大人しかった時の話。


 黒髪に大人しそうな長髪。


 勉強は出来た。中学校から名門私立中学に通う程に。


 されど、勉強しかできなかった。


 運動などからっきしで何もできなかった。生まれつき眼つきが悪く人の目を見ることが嫌いだった。生まれつきのものが誰かを不快にさせることがわかっていたから。


 それが自分をいくつもの事件に巻き込んでいるということを、


 重々理解してるが故に、目は口よりものを言う。


「返してください!」

「お前、ガンつけてんじゃねぇぞ!」

「コイツ、足立学園じゃん。私立ってことはお前ボンボンか?」


 もやしのような男が黒髪を揺らしぴょんぴょんと飛び跳ね、


 取り上げられた学校鞄を取り返そうと必死に飛びつくが、


 右に左に振られ滑稽なさまを見せていた。


 見るからに親分と子分のような不良に絡まれている。


 北千住の駅構内で必死に抵抗を見せる、


 火神を横目に見るように誰もが通り過ぎていく。


「おい、オロチ。喉かわかねぇか?」

「そこに自販機があるぞ」


 そこに二人組のガラの悪い男達が通りかかる。


「小銭がねぇから貸してくれないか?」

「お前に貸した三千円がまだ返ってきてねェだろうが」


 二人組の男――ぼさぼさの長髪をした男と獣のような鋭い目を持ち危険な匂いを発する男達。横目に向けられる視線が交差した。火神は救いを求めるようにその男に視線をぶつける。


「テメェ、なに俺様に――」


 瞬間、男は立ち止まり口を開いた。


「ガンくれちゃってやがんだッ!?」

「ちが――っ!」

「オイ、やめろ! 晴夫!」

「なんだ……コイツッ!?」


 獣のような鋭い目が威圧をぶつけて、


 今にも喉元に噛みついてきそうな雰囲気を醸し出す。


 火神は委縮した。さんざんな一日である。


 ただ目が合うだけで敵が増えていく。


 そして何より、この町は治安が悪い。


 23区いち治安がおっかない。


 東京都足立区という場所は――


「ほら、行くぞ、晴夫」

「チッ……あぁ」


 舌打ちをひとつして近くの自販機に向かって消えていく二人組。


 その中、鞄を取り上げている不良二人が、


 面白いことを思いついたように口角を緩ませた。


「お前、鞄を返して欲しきゃ、アイツら一発殴って来いよ」

「えっ!? そんなこと出来ませんよ!」

「一発殴るだけでオッケーだって言ってんだろう。たった一発こつんと、殴って来れば返してやるから。それとも鞄はいらないのかな?」

「あぁ――」


 線路の上に鞄を放り投げようとする仕草を見せられ慌てる火神。


 中には教科書や財布。


 おまけに財布の中には――


 貴重なアイドルのテレホンカードが入っている。

 

 度数未使用の激レアテレホンカード。


 この時の火神にとってそれは大切なものだった。


「ほぉおおおお――」


 ちらりと自販機前に目線を向ける。獣のような男が自販機を前に太極拳のような呼吸をして力を込めている。その横でヤンキー座りしてそれを楽し気に眺めるぼさぼさの長髪。


「晴夫、考えるんじゃない感じろ! ドン シンク フィール♪」


「来てます、来てます――」


 燃えよドラゴンと謎の霊能者の様なセリフ。


 アホさがにじみ出るやりとり。


 ――こつんとだけ……。


 火神は決心した。軽く殴って終わりにしようと。


 意を決して走り始める。


 ――気づかれない程度、さっといって、ポンと!!


 運動が苦手な為に内またで体を横にフリフリしながら走っていく、


 眼つきの悪い男。



「チェストォオオオオオオオオオオオ!」


「―――――!?」


 走っている火神の前で男が自販機目掛けて右こぶしを繰り出した。


 ――ナニやってんのッ?!


 鼓膜を叩きつけるような爆音。


 ――鼓膜がぁああ!

 

 自販機が大きく振動し中からものを振り落としていく。


「大漁だ、大漁だぞ!! 晴夫!」


 溢れ出てくる缶ジュース。それをかき集める長髪の男。


「だろ――んっ!?」


 火神に気付いた、晴夫。火神も気づいた。


 ――目が合っちゃった!?


 手を出しちゃいけない男だということに。

 

 自販機を殴ったパンチの威力が尋常ではない。


 ――止まらないと!? とっとっと!?


 この男にやったら殺されると勘が働いたが止まれない。


 運動不足の為に足がもつれて転がり込むように、


「ご、ごめんなさぁあいいいいいい!」


 晴夫に飛び掛かっていく姿勢となってしまった。


「グォッ――――ッ!?」


 謝罪する火神の合掌が晴夫の顔面に突き刺さる。縦ではなく横に出された合掌。それは平泳ぎの態勢で晴夫の額にぶつかった。その勢いに晴夫も後方に態勢をくずされながらも、


「イテェじゃねぇかぁあああああ!」


 右のボディブローを撃ち返した。


 火神の内臓を叩きつけるような一撃。


 もやしっ子に突き刺さる不良の一撃。


 言葉一つも出なく、意識は簡単に刈り取られた。


「オイ、晴夫……やりすぎじぇねか……」


 白目をむきその場で地べたを舐めるように痙攣をしている。


「イヤ……突然きたから……」

「コイツ……泡ふいて死んだヒキガエルようになって痙攣してんぞ……」


 火神の死にざまは尋常ではなかった。おしりを突き出すようにあげ、


 白目をむき膝をガクガク震わせている。


 得体のしれないホラーギミックの死体。


「見るからに弱そうだし……アバラいっちゃったかもしれねぇぞ?」

「………………」


 見るからに弱いと書いてある存在。それに晴夫が本気の一撃を打ち込んでしまった。事態がマズイということに晴夫の汗がしぼりだされる。殺人事件になるかもしれない。


 視線を動かしナニかないかと探す。


「あっ」


 晴夫は見つけた。光明の糸口を――


 二人組の不良が鞄を持ってコッチを見ている。


「「えっ?」」


 近づいてくる獣の様な男。


「テメェらか、アイツを俺様にけしかけさせたのは……」


 無駄に正解するのが恐ろしい所である。


 指の関節を鳴らしながらそれは暴力を纏い二人に近づいていく。


「全部、テメェらのせいだからな。容赦しねぇぞ」


 震えあがる不良たち。


 ソイツは圧倒的なまでに暴力的だった――



≪つづく≫

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