第76話 それはな、よえぇからだよ

 命をとして職務を全うした草薙を知っている三嶋からすれば、


 草薙の代わりと言われてもその相手が、


 火神では対比になる訳もなく嫌悪だけが増していくばかり。


 車内でも無言の姿勢を貫き続けて目的地へと着いた。


 法事には間に合うはずもなく草薙家の正面に車を止め、


 火神を先におろし二人はその後を着いてくように歩いていく。


 小さな日本庭園が広がる玄関を通り抜け、


 火神がぶっきらぼうにインターホンを鳴らす。


「やぶ遅くににすいません、ブラックユーモラスの大阪支部長火神です」

『あぁ、火神さんですね……どうぞあがって下さい」


 インターホン越しに草薙美琴くさなぎみことの声が招く。


 その声は疲れた様子を含んでいたが、


 火神のことを知っている素振りを匂わせた。


 それに三嶋は疑問を抱きながらも火神に続き中に入っていく。


 火神が先陣を歩き迷わず客間につくと、


「本日はありがとうございます………」


 喪服姿で美琴と息子の翔太が正座してブラックユーモラスを出迎えた。


「すいません、バタバタしてあまり片付いてなくて……」

「別に構いませんよ」

「ほら、アナタ……火神さんが見えられましたよ………」


 仏壇の位牌に呼びかけるようにして美琴は火神がきたことを草薙に伝える。


 ソコにある黒い位牌は何を答えるでもなく草薙の死を映し出す。


「…………ッ」


 その光景に三嶋は顔を咄嗟に下に向けて唇を噛みしめた。


 ――草薙さん…………ッ。


 実感が襲ってきた。もう会えないのだと。


 二度とあのふざけたギャグも笑顔も見れないということを。


「線香あげさせてもらってもいいですか?」

「どうぞ上げてやってください……」


 静かに火神は仏壇の前に動き出した。


 そして、ロウソクに火をつけ線香に火をともした。


 まるで草薙に語り掛けるように火神はサングラスをかけたまま、


「オイ……草薙。ちっと、はえぇんじゃねぇか」


 位牌に向かって問い掛けた。


 自分より先に亡くなるのは、


 順番がおかしいという想いを込めた言葉だった。


「どうしようもねぇ、やつだ。お前は……ホントどうしようもねぇ」


 大阪支部の現状を見てきた火神だからこそわかる。


 どれほどの負担が草薙一人にのしかかっていたかを。


 だからこそ死んでしまったら、


 教えることも出来ねぇだろうと意味を込めた言葉がそれだった。


「あとは任せておけ――オマエはゆっくり休め」


 火神と草薙の中はそう浅くはない。


 大阪支部長とNo.2。


 別に仲良しこよしでもないが、お互いの実力を認めあっていたし立場を共有していた。自分たちが若い世代を引っ張っていかなければならないと。


 かつてのカリスマであった晴夫とオロチ二人亡きあとのブラックユーモラスを支えていたメンバーの二人。


 その一人がいなくなった寂しさを、


 火神は噛みしめながらも意志を受け取る。


 その姿に田岡も目を伏せた。


 田岡もソレを意識する立場にあるからこそ、


 ――くさなぎ……さん、お疲れ様でした。


 火神の言葉が良くわかる。


 だが、沈んだ空気をぶち壊す様に喚く声が部屋に広がっていく。


「お、おとうちゃんん――」


 大粒の涙を流し上を見上げながら鼻水を垂らす。


 その少年は今日と同じように父亡きあと、ずっと泣き続けていた。


 父とは彼にとってヒーローだった。


 優しく強い象徴、


 誰もが憧れる黒服を纏うカッコいい男、


 平和を守る英雄、


 彼にとって父とは自慢だった。


 大晦日も父の帰りをずっと待っていた。


 眠気眼を擦りながら必死に抵抗してテレビの前でカクカクしながらも起きていた。幾度となく母親にベッドに行くように言われても断り待ち続けた。父が帰ってきたら一番に言いたかった。


 ――あけましておめでとうと。


 それを憧れのヒーローに言いたかった。


 だけど、言える機会はこなかった。


 なぜなら、その日に少年のヒーローは死んだのだから。


 だからこそ悲しみが消えずに残る。


 ずっとそばにいてくれると思っていた。


 死ぬなんてことはないと思っていた。


 だって、誰よりも『強い』証を纏っていたのだから。


 あの黒い制服を――。


「翔太……泣くのはあとにしなさい。お客さんがいる時は我慢なさい……」

「だって、だってェエエエエエ――」


 母は困ったように息子をなだめるが収まる気配を見せない。


 泣き止まない息子を前に怒鳴ることも出来ずに困っている。


 なぜなら翔太の気持ちが痛い程わかるから。


 自分も体裁などを気にせずいられるのであれば、


 この場で慟哭していたであろう。


 ――つれぇ…………よ。


 その姿に三嶋もつられて目を細めた。

 

 自分の不甲斐なさを感じた。


 草薙と一緒にいたのに守られることしかできなかった自分が悔しい。もう少し強ければ彼を救えたかもしれない。だが何もできなかった自分を恥ずることしかできない歯がゆさがこの光景を生み出している。


 ――あぁ…………くそぉ。


 それが、わかったが故に涙が零れそうになった。


 その中でグラサンをかけた男は子供に近寄っていた――


「オイ、ボウズ」


 そして、声を掛けた。


 少年の前でヤンキー座りして、


 グラサンの奥から少年を睨みつける。


 少年は泣き止み、その男を見上げるようにして顔をあげた。


「なぁ、何で泣いてんだよ?」

「えっ……そんなの……だってお父さんが……お父さんが――」


 泣き堪えようとしたが溢れですものが止まらずに零れだす。


「お父さんがぁあああああ――」


 その姿に男はまた疑問を投げかける。


「親父が死んで泣くほど悔しいか? 親父が死んで泣き叫ぶほど悲しいか?」

「がなじぃよ……」

「そっか、ならなんでこんな想いをしなきゃいけないか教えてやろうか?」


 男は少年の頭に手を乗せ答えを告げる。






「それはな、よえぇからだよ」





 それは父が死んだのが弱かったからという冒涜に、


「えっ――」


 少年には聞こえた。


 ――なに言って………っ。


 それと同じく三嶋にもそう聞こえたが為に、


 ――なに言ってんだよッ、ヤロウォオオオ!


 三嶋は火神を殴ろうと一歩踏み出した。


 父を亡くした少年に、


 草薙を侮辱するような発言をしたことに、


 怒りを爆発させた。


「――――ッ!」

「…………」


 が、三嶋は田岡に肩を掴まれ動きを止められた。


 三嶋は視線で告げる。


 なぜ止めるのかと。田岡は分からない三嶋に待てと視線でおくる。


 火神という男の発言は難しい。


 彼を知らないものにはそれは理解できるものではない。


 ただ、火神恭弥は知っている。


 弱さとは罪であり、


 弱ければ奪われるだけだということを――



≪つづく≫

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