第75話 草薙という男は『勇者』である

 大晦日の夜の戦闘は――


「くそッ、やってもやってもキリがないっすよ!」

「三嶋、そっちに行ってるぞ!!」

「なんて数よ……多すぎる!!」


 激化の一途を辿っていく。倒しても倒しても湧いてくるようにゲートが開いていく。黒服と魔物が入り乱れた状態。その日ストレスは大きすぎた。


 止むことない戦闘音。


 鉄器が激しく火花を散らすように夜に煌めく。


 ――アカンな…………ッ。


 草薙総司は戦場を縦横無尽に駆け抜ける。


「オイ、相棒! これはヤバいんじゃねぇか!?」

「わかっとるわ、これがヤバない言うたらお前は廃棄処分や!」


 その男に話しかけるモノがいた――草薙の腕に巻き付き食指を食い込ませ体の一部へと同化し脈を打つ。


 朱に染まった生きた武器。


 喋るほこ


 妖刀ならぬ妖鉾ようぼう


 その名は『隼風ノ鉾ハヤカセノホコ』という。


「三嶋!」


 三嶋の対応がわずかに遅れている。


「スイマセン!!」


 田岡から忠告があっても体が追いついていかない。


 ――くそッ……キリがねぇッ!!


 眼前の敵に注意を取られ横から来る魔物への対処の準備が間に合っていない。


 斬っても斬っても敵が黒い渦から次から次へと湧き出てくる。


 ――ダメだ………息がッ!?


 その光景を目に捉える草薙。


「ハヤカセ、気合を入れろや!」

「相棒、無茶すぎだ!」

 

 隼風ノ鉾は、吠える草薙の熱気を吸い取り赤く光を帯びる。


「飛ばさなアカンやろうぉおおお!」


 血液を吸い上げ、


 それを力に替え増幅していく。


 朱色の閃光が、


 闇を切り裂くが如く烈風を纏う。


 飛ぶ斬撃。


 それが三嶋の横を通り過ぎる。


「間に合ったわ……間一髪やんけ」

「無茶しすぎだ、相棒! こんなペースでやってると死ぬぞ、お前!!」

「うっさいわ、どっちにしろ何もしなきゃ死んでまうわ!」


 妖鉾の忠告に笑いながら糸目の男は返す。


 緊迫した雰囲気に飲まれることも無く、


 己を貫く強固な意志。


 死を伴う戦場であろうと、


 ふざけ乍ら笑みを絶やさない。


 だが、ハヤカセの忠告ももっともだった。


 数が多すぎた。


 強さはまばらでも明らかに、


 こちらの人員の10倍は、


 軽く見積もっている。


 ハヤカセは草薙をにえとして、


 能力を発揮する。


 仲間を庇いながらの戦闘――


 その代償は徐々に草薙を蝕んでいく。


 ――ハイペース過ぎるッ!!


 それに気づく田岡と志水。


「草薙さん、ハイペースすぎます! 一旦下がって回復してください!」


 遠くで戦闘する志水の叱咤が飛ぶ。


「しみずんに心配されてワイちゃん大感激や! この愛の力があれば三日三晩は不眠不休で行けるで!」

「冗談を言ってないでください!」

「そうです、草薙さん! 志水の言う通りです! 下がって!!」


 田岡と志水は必死に草薙を説得しようと試みる。


「あんな田岡ちんもしみずんもワイを誰だと思ってんねん……」


 ソレは戦闘中にも関わらず問いかける。


「ワイが大阪支部のリーダーや!」


 ソレがリーダだと。


「リーダーが戦闘中にケツ捲って逃げたら士気下がるやんけッ! みんな頑張っとるならワイはその全員分頑張らなアカン!! それぐらいわかるやろうッ!」


 そして、最前線に立ち次々と敵を葬り去っていく。


「それにワイが冗談言わなくなったときはこの世のおしまいって決まっとねん!」


 この男はガンとして譲らない。


 目の前で傷つき戦う仲間の姿を前に、


 先頭に立つべき自分が後方に下がるのはポリシーに反する。


 田岡と志水も戦闘を行いながら中での説得。


 時間を持てる余裕があれば、草薙を抑えることもできたかもしれない。


 しかし――


 状況が収まりを見せな。


 次々と開いていくゲート。


 出現する能力不明な多種多様な魔物。


 誰もが気を抜けない状況。多少の回復は出来ても治療行為を取る時間がない。それほどの均衡と緊迫した状況。それを草薙は理解していた。


 ――ここでワイちゃんが抜けたら………。


 僅かでも状況が変われば崩れてしまうほどのアンバランス。


 ――総崩れもありやで。


 その意気込みを吸い込むように、


 ゲートの渦が巨大に膨れあがる。


 草薙の糸目が開いて、


「嘘やろ――」


 空を見上げていた。


 ――なんや……アレ?


 見たこともない空一円に広がる黒い渦。


 それは異世界と現実を繋ぐゲート。


 状況の崩壊の兆し。


 それは悪夢を連れてくる。


 重量感のある腹を見せて、


 空から徐々に姿を現す。


 いくつもの砲台を身に纏い、


 デカい腹を見せソレは、


 大阪の上空に存在を誇張する。


 ――デカすぎだろッ……!


 黒服の目が見開く。誰もが空を見上げた。


 それは巨大な建造物。まるで空飛ぶ要塞。


 大陸が空を飛んでるようなモノ。


「全員回避や!」

 

 砲台が光を収束させる。


「上からぎょうさん撃ってくるでぇええええええ!!」


 草薙が叫ぶ。


 数十の砲台から光の砲弾が降り注ぐ。


 黒服も魔物も関係なく、


 無慈悲に堕ちてくる砲撃。


 異世界の種類は様々である。


 それは、現代より高度に成長した技術を持つ異世界からの刺客。大量のレーザーが大雨のように激しく無慈悲に地上を打ち付ける。


 敵側の大量殺戮兵器――ソーラーレイ。


 戦況は一気に傾きを見せる。


 文明の遅れを嘲笑うように、


 前時代的風景を一蹴する熱線。


 辺り一帯ははじけ飛ぶ。


 境界線などなく魔物も人も含めて、


 吹き飛ばす絶望の一斉砲撃。


 光の槍の如き神罰が大地を焼き尽くした。








「全員無事か――!?」


 瓦礫の中から慌てて草薙が起き上がる。


 瓦礫の山に埋もれる魔物の死体と、


 仲間の状況を確認する。


 魔物が一掃され、


 そこに仲間達の弱弱しい声が聞こえる。


 ――全滅………っ。


 脳裏に過る、絶望。


 いま動ける仲間もいなくなった。


 ――コレは………キッツイわ………。


 敵は遥か彼方――空飛ぶ異世界要塞。

 

 明日を生きれる保証など誰にもない。


 突然として脅威にさらされる。


 誰もが不条理に押しつぶされる可能性を秘めている。


「最悪や――こんなんッッ!!」


 その日常という魔物に抗う術もなく、


 人は翻弄される。


 誰にでも訪れる絶望。


 それが遅いか早いかの問題でしかない。


 生きていればこそ出会うことになる。


 自分の力では抗えない不条理。


 敵は上空にそびえ立つ要塞。


 其処に鉾を持った男一人でどうにかしろと。


「ハヤカセ…………」


 強大な絶望を前に男から静かな声が出た。



「最後の、お願いや――――」



 その男は勇者だ。


 その男は黒服を纏うブラックユーモラスだ。


 その男は一人ではない――


 抗う武器がある。


 そして、


「力を貸してくれ――――」


 関西一帯を守護する支部のリーダに、


 他ならない。


「なっ、相棒!?」

「やるでッ!」


 男は決意を声に出す。動ける仲間も居なければ回復を待つ時間もない。砲撃を撃ち終えて煙が出ているのを見据えていた。


 アレは熱反応によるものだ。


 まだ追撃を撃ってこないということは、熱が冷めるまで次弾が撃てない可能性でもある。そのわずかな絶望の歪に男は声を上げたのだ。


「バカが! そんなことしたらお前!」

「それは承知しとるやさかい、」


 絶望に打ちのめされようと諦めないものがいた。


「最後や、ゆうてんるやんけェエエエエエエ!」


 不条理に抗おうとする叫ぶものがいた。


 そういう者を――人は『勇者』と呼ぶ。


「全部くれたるさかい、あのエセラピュタをぶっ壊わしてくれやッ!」


 相棒と呼ぶ武器に願いを告げて、


 男は力を込める。


「バカ、無茶だッ!」


「ハァ、アアアラアアアアアア――!!」


「相棒ォオオオオオオオオオ!」


 必死に叫ぶ声を無視して、


 男は全力を注ぐ準備に移った。


 隼風ノ鉾が止めようとしている理由も、


 この先自分がどうなるかなど、


 理解している。 


 草薙は異世界で『勇者』だった、男。


「ワイちゃんの全部ッ――――」


 全生命力を注ぎ込んでいく


 ――決死の覚悟は終わった。





「クレタルわぁアアアアアアアアアアアアアアア!!」





 平和な明日を勝ち取るための揺らぎない決意。


 自分の命が、


 今日尽きようとも皆の平和を守る意思。


 草薙総司という男は揺るがない――。


 接合部分が激しく脈打つように、


 ハヤカセへ血肉が注がれていく。


 地上を染める朱色の光。


 それは草薙の生命の輝き。


「ハヤカセ、今までありがとうな……」


 二つの世界を共に見て来た相棒に、


 別れを告げる様に男は走り出す。


「よせぇ、相棒!」


「相棒…………」


 男は一人駆けだした、瓦礫の中を、


 仲間もいない戦場を、ただ一人で――。


「あとは頼んだでぇえええええええ!」


 その手に自分の血肉の全てを与えて、


 魂を込めた。


「これがぁあああああ!」


 疾風となり、


 夜の闇を紅く燃やす様に叫びながら。


 それは最早、命を懸けた疾走。


「ヤメロォオオオオ、相棒ォオオオオ!」


 苦楽を共にした武器は叫ぶ。


 こんなところで、


 お前は命を落としてはいけないと。


 ――ごめん………ハヤカセ、無理やわ。


 それでも、


 男の足は止まることを許さなかった。


「ワイちゃんのォオオオオオオオオオオオ!!」


 この街に守るものがありすぎる。


 ――最後のワガママや………許してぇな。

 

 この街には男の全てがある。


 守るべき仲間がいる。守るべき家族がある。

 

 守るべき人々がある。守るべき暮らしがある。


 ソレに引き換えられるものなど、何も無いと男は走る。


 その手に自分の命を懸けた武器を持ち、全霊を叩きこむように腕を絞る。


 ここまで着けた加速を全て乗せるかのように、力を込めて、


 ――解き放つ。




「全力やァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」




 ――頼むで、相棒ォオオオオオオオオオオ!



 この絶望を切り裂けと――。


 制止も聞かず鉾を持つ腕を引き絞り矢のように放つ。


 空中要塞へとその輝きは光速を超え、投げ込まれる。


 遥か上空に男の決意が差し迫る。紅い光で闇を照らし光速の線を描き出す。


 大きく紅く光る鉾が――男の生きた証。


 その生命の輝きが、絶望をもたらした巨大な建造物を貫き穿つ。

 

 草薙の強い決意をカタチにして空に、

 

 一閃の光を残し――要塞を木端微塵に打ち砕く。





 空が大きな音を立てて、瓦礫を落としていく。


 絶望の断末魔が空で泣き喚く音がした。



 ――これは……ウルトラマンのワイちゃんも


「アカン……エンプティやわ…………」


 ――カラータイマーが………消灯やんな。


 ソレを見届ける草薙の体がドンドンと白くなって灰に変わっていく。


 ――いつか来る思てたけどな……来るもんやな。


 それでも、男は笑っていた。


 別に死が珍しいわけではない。ソレを見なかった日々ではない。


 ――ワイちゃんの………番ってことやな。


 皮膚がボロボロと崩れ落ちていく。


 体の表面が無くなっていくが不思議と感覚はなかった。

 

 それに血が出ることも、もうなかった。


 本当に空っぽの体になっていた。


 ――みんな…………。


 動けなくても立ち、


 倒れている仲間に目を向けて、


 ――あと、よろしゅうな……。


 別れを告げた。


 守り切った安堵もある。だから、穏やかに死ねる。


 本当にそうだろうか――。


 男は最後に悲し気な顔を浮かべた。何も無くなった体でも魂が生き続けている。

 

 最後の最後に男が出した言葉は、


 不似合いものだった。


 いつも冗談を言ってごまかす、


 男の本音が――


「ゴメンな、」


 死ぬ間際にポロリと漏れた。


  


翔太ショウタ――堪忍や、美琴ミコトはん……」



 懺悔だった。守るべきを守れなくなる無念を吐き出した。


 それだけの言葉を残して、大晦日の夜に多くの命を救い、


 一人の勇者が命を落とした――。



≪つづく≫

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