第73話 お前の短絡的な思考とあの人の考え方は別物で雲泥の差だ

「田岡、三嶋、警戒を怠るなよ」


 黒服の三人は大阪港までの移動を終え、車から降りた。


「いつ敵が出現するかわからねぇ。見つけ次第即時戦闘を許可する!」

「ハイ!」


 辺りを見渡しながら喋る火神の言葉に田岡がだけが返事を返し、


 三嶋は呆れた様子で身構える。


 出現予測の精度が低いために時間も場所も誤差が大きい。


 時間の誤差は平気で一、二時間はずれる。


 それでも、情報としては無いよりはマシ。


 突然の襲来など多々あること。敵の強さも不明瞭であるが故にピリピリとした空気が張り詰めている。辺りは貨物用の倉庫が立ち並び戦闘条件としてはあまり良くない場所であった。


 それを察知した火神は動き出す。


「三嶋、田岡、そこで待機してろ」

「どこに行かれるんですか?」

「あそこだ」

「あそこ?」


 火神が指さす先を見ると何もない水上の場所を指している。


 それに三嶋は首を傾げた。


 それを意に介さずに水上の上に飛び降りる火神。


 三嶋は眉を一瞬顰めたがすぐに狙いがわかった。


 水上を歩くと同時に凍らせながら渡っていく火神。


 敵が出現した際に捉えやすいように距離を開けて、


 視認できる範囲を増やすということだった。


「なんなんすっか、アイツは……」

「三嶋、お前は態度が悪すぎる」


 火神が遠く離れたことにより背中合わせに警戒しながら田岡と三嶋は会話を交わしていく。三嶋としてはフラストレーションが全快である。車中での態度も悪いしおまけに戦闘についても明確な指示がなく、『即時戦闘』のみ。


 連携もへったくれもない上に、


「態度が悪いのはアイツですよ……」


 話す言葉は簡潔すぎて何を言ってるのか理解に苦しむ。


「これで草薙さんの法事にも間に合わないこと確定ですよ」

「お前……なぁ……」


 田岡は少し呆れた様子を見せた。


「全然わかってないな……」

「何っすか」

「火神さんからお前を教育しとけって指示もあるついでに教えてやる」


 何もわかっていない三嶋の愚かさが鼻につく。


「草薙さんの法事なんて二の次だ」

「はぁ?」

 

 三嶋は背中にある田岡に嫌悪の顔を向けた。


 草薙にお世話になっているのに、なぜ田岡がそんなことをいうのか理解に苦しむ。それに気づいていながらも警戒を怠らない田岡はそのままに諭すように三嶋に話しかけた。


「三嶋、俺達ブラックユーモラスの仕事はなんだ?」

「それは……」


 この黒服を着ている以上は現在職務に着いている。


「皆が平穏に暮らせるように魔物を討伐することだろ。それを忘れてお世話になった人だから法事を優先なんてのは考え方が間違っている。それにブラックユーモラスの活動資金は一般の方達の寄付によるものだ。それはみんなの俺達に対する感謝と期待が詰まったものだ」

「…………」


 自警団の運営資金のほとんどは寄付で賄っている。


 だからこそ、しがらみもなく自由に活動出来ている面が多い。


「ここで法事を優先するってのはその期待を裏切ることに他ならない。今は法事なんて関係ない、みんなの平和を守ることが最優先。それが俺達の仕事だ。職務だ」


 三嶋の態度は目に見えて余る。不貞腐れた態度でいていい訳がないと。


「火神さんが俺達で魔物討伐へ行くって案も最近の魔物出現数を加味しての選択だ。出現が増加している分、何か起きた時に人員を割かずに対処するための。あの人はそこまで考えたうえで行動をとっている。お前の短絡的な思考とあの人の考え方は別物で雲泥の差だ」

「わかりましたよ……」


 田岡の言葉を受け三嶋は警戒を戻す。


「俺が間違ってました……」


 表情は不機嫌さを保ちつつも頭では田岡の言ったことを理解した。


 そして、自分の甘さを――。


 ただ火神という男に対する評価はなんなら代わり映えはしない。


「ん――!」


 田岡の眼前に広がっていく亜空間。


 二つの小さい穴が周囲を飲み込むように不気味な暗黒で侵食していく。


 ――いよいよ、お出ましか………。


 三嶋もそれに気づき武器を取り出して腰を落とした。


 三嶋の鞘から刀が抜かれる。三嶋の武器は日本刀。


 刀の名は『絶刀神楽ぜっとうかぐら


 神速の居合が三嶋の特技。


 ――後輩を説教した手前……。


 そして、田岡も同様に武器を取り出す。獲物は斧。


 ――カッコワリィ所は見せられないよな。


 その武器の名は『不動金剛ふどうこんごう』。


 それを右肩に乗せ打ち下ろす態勢をとる。


 二つの亜空間を前に二人が戦闘態勢を整えた


 矢先――


 ――なんだッ!!


 ――なにッ!?


 二本の線が二人の顔の真横を通り過ぎる。


 田岡の横を白い光が三嶋の近くに冷気が殺意の刃となり飛んでいく。


 二本の攻撃は亜空間に刺さり敵の喉もとを刺し貫く。


 一体の魔物は白い炎に焼き尽くされ、もう一方は氷となり砕け散る。


 三嶋の反応より早く、田岡よりも遠い位置からの攻撃。


 誰よりも警戒を研ぎ澄ました男の攻撃は戦闘開始前に勝敗をもぎ取る。


 一部の隙も無く、一秒の時間も待たない。


 三嶋は後ろに目を向け体を向けた。


 ――うわー……お怒りかよ。


 グラサン越しにもわかるようにコチラを睨みつけている。


 水上を凍らせながらも熱のこもった視線を、


 二人に送っているのが良くわかった。


 それは車に戻ってから爆発する。


「テメェら、何をやってんだ!」


 後部座席から怒りと共に座席へ蹴りが飛んでくる。


 それは身を揺らすほどの衝撃を二人に与えていた。


「三嶋、テメェはスピードが売りだろうが! 何をモタモタしてやがる!」

「すいません……」


 運転中の三嶋は反抗的な眼つきを火神にわからないように作っている。


 戦闘経験の差が圧倒的に違うこともある。


 それに身構えた瞬間に終わってしまった。


 どうしようも出来るはずもない。


「相手が現れた瞬間に切り付けて連撃に持ってくのがテメェの持ち味だろうが! それをチンタラやってたら意味がねぇだろう!」


 それを罵倒されては面白くもなんともない。


「ただでさえ一撃目が軽いんだ! スピードで翻弄して連撃を繋げて威力を込めた一撃を放つ必要があるのに、初撃が遅かったらクソの役にも立たねぇだろうがぁッ!」

「つぅ――」


 激しく蹴られる座席の揺れが不快で、


 終わらない罵倒が不愉快で、


 ――なんだっ……コイツ!?


 三嶋は小さく舌を鳴らした。そして火神の標的は次に移った。


「オイ、田岡」

「ハイ!」

「お前は何を遠慮した?」

「……」


 黙る田岡。三嶋には火神の言っていることがわからない。


「お前、俺に気を使ったのか?」

「すいません……」


 ご指摘通りと言わんばかりに田岡が頭を下げる。


「何を躊躇してやがる! 一瞬で殺されるかもしれないのに何を遠慮してやがる!」

「うぉ――」


 激しく田岡の席が揺れる。火神は見抜いていた。


 三嶋は戦闘態勢が不十分だったが、田岡は整っていた。


 一撃を打ち切るチャンスがあった。


 しかし、火神の初動に合わせるか、


 自分で動くか僅かな躊躇いが出足を鈍らせた。


「何を一丁前に俺に合わせようとか考えてやがる! 百年はぇんだよ!」


 それ故、動き出しが火神より遅れた。


「テメェが勝手に動こうが俺が合わせてやる、だから好きに暴れろッ!」

「ハイ!」


 火神のイライラは収まらない。両足を広げ、頬杖をつき小言をぶちまける。


「こんな状態でよく生き延びてんな……今まで何をしていた。どいつもこいつも」


 三嶋はその姿をバックミラー越しに睨みつけた。


 嫌悪が増していく――


 火神の暴力性が凄まじく草薙とのあまりの違いに嫌気がさす。



≪つづく≫

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