第74話 草薙という男は手に負えない

「あかん、マジでこれアカンやつやって」


 草薙総司くさなぎそうじという男は気の抜けた関西弁と京都なまりのような喋り方で一人頭を抱えていた。容姿は、ひょろっとしたもやしのように細い体と薄い線の様な糸目で首までかかるような長髪の黒髪。


「どうしたんですか、草薙さん?」


 一人頭を抱える草薙の元に三嶋が近寄ってきた。


「めっちゃヤバイねんって。どうにもかなわんわ」


 三嶋は質問を無視されながらも草薙に微笑みを向けて、


「だから何がですか?」


 再度優しく問いかけた。


「ごっつ旨いねん、このお好み焼き! これはワールドクラスやて!! やっぱおたふくソースですやん。これに青のりとかもう暴力的に味覚を破壊してくる最強のトッピングツートップやんか。もう手に負えんわ!」

「手に負えないのは草薙さんっすよ」


 ひょうきんなキャラクターと温和な性格の持ち主。


 火神とは違い人を寄せ付ける才を持っている。


 周りの人間を笑顔にするカリスマ。


 そのくだらない冗談がいつ死ぬかもわからない過激な職務にも関わらず、


 職場の雰囲気を賑やかにしていた。


「みっしーも食うてみんて! このお好み焼きキングはクソヤバイねんて!!」

「草薙さんの食いかけはいらないっす。断固遠慮しておきます!」

「みっしー冷た! ワイの関節キッスを遠慮するなんて、いつから倦怠期を迎えたのアタシたち! ごっつ残酷やで! この人でなし!! あんなに優しくしてくれたのに愛したら、その瞬間にポイなんてあんまりや!」


 手が付けられないほどのお調子者。


 しかし、それがブラックユーモラスの大阪支部代表。

 

 戦闘になればその頼もしさは群を抜く。


 相棒の槍を片手に獅子奮迅の活躍を見せる。


 そして、戦闘中でもユーモアを見せ周りに安心を与える男。


「ただいまっちょ」

「おかりえなさい」


 そして、家庭を持っている。


「もう翔太は、ねんねんころりよ?」

「えぇ、今二階で寝てますよ」


 帰宅はいつも夜遅くなる。


 優しいが故に仕事を人一倍ため込む気質があった。


 銀翔衛と本質的に似ている部分を持っている。


 職場に気を使い自分を蔑ろにしてしまう性格。


 損な性格な持ち主。しかし、本人は満足している。


 誰もが彼を前にすると笑顔を向ける。持って生まれたキャラクターが銀翔とは違う。人懐っこく柔和な性格。誰とでも臆せず気兼ねなく自分を曲げない。そういう性格。


「翔太ももう小学生か、大きなったな。オタマジャクシが人間になってもうたな」

「えぇ、お父さんはちっとも成長しませんがね」

「エライ辛辣です。ワイ傷つきマックスや……愛する美琴みことはんにそんな扱いされたら捨てられた子犬より悲し気に泣くで、ワイちゃん」

「鳴くのは夜遅いので近所迷惑ですよ……」


 話の長い旦那から離れる様に妻は立ち上がり問いかける。

 

「それより、子犬さんはお腹は空いてますか?」

「めっちゃすいとる! エンプティランプが点滅しかけとりますよ、お宅の旦那はん! ガス欠寸前やで!!」

「ハイ、ハイ」

「マッハで頼むで、美琴はん!」


 どんな職業であったとしても、それが死を伴う職場であったとしても、


 家庭に戻れば普通の父親と変わりない。


 わが子の成長を楽しみにし、妻を愛し、


 一家を守る大黒柱。


 そして、その柱は大阪地区の平和を守るほど大きい存在。



 だが――


 その柱は崩れ落ちることとなる。



 それは大晦日の夜の出来事だった。


 誰もが年を忘れ新しい年を迎えようとしていた。


「これ今年……めっちゃヤバい奴参加しとるやんか」


 大阪支部では会議室の巨大スクリーンを使って、学園対抗戦を酒のつまみに大盛り上がりだった。そこには漏れなく三嶋も田岡も志水も参加していた。


「一人レベル違うやつおるでッ!!」

「あぁ、如月隼人ですか確かにヤバいっすよね。それにしてもなんで一人で参加してるんですかね?」

「如月ちゃうよ! ミッシー!! もっと飛びぬけてオカシイやつおるやん!! 明らかに学生レベル超えてる人智超えたバケモンがおる!!」

「えっ?」

「三嶋、お前もまだまだだな」

「なんっすか、田岡さん……」


 画面に映っている涼宮強。ちょうど東北との戦いを終えたところだった。


「みっしー、マカダミアの方や! コイツはマジでごっつヤバイわ……」


 画面上でも伝わる異常さ。


「どないな身体能力してんねん!! ギガ進化済みのゴリラやん!!」


 すでにステータスだけでもトリプルSランク。


 ブラックユーモラスの隊員でもトリプルSランクなど数えるほどしかいない。


 ――アカン…………。


 その戦闘はふざけているが見るものが見れば圧倒的に鮮明にわかる。


 ――これ、ワイちゃん負けるで………。


 草薙の脳裏をかすめる敗北のイメージ。


 強と戦えば負けるかもしれないと思ってしまうほどに。


 それは現ブラックユーモラスの大阪支部の代表が描いた想像上での戦闘。


『涼宮選手の勝利です………』


「田岡ちん……涼宮………?」


 そして、アナウンスが流れると同時に眉を顰めた。


「……ゆうたよね、今?」

「言いましたね……」

「まさかな……」

「えぇ……」


 頭を過るブラックユーモラスの創設者。


 二人は眉間にしわを寄せながら画面を眺めていた。


 ――似とるっちゃ、似とる……けど。


 晴夫から家族の話でよく聞いたのは娘の話ばかり。


 ――おらんはずやしな…………息子。


 超絶かわいいとか彼氏出来たらぶっ殺すとか美咲をいかに溺愛しているかという自慢話。そのせいで草薙と田岡には息子がいるという認識がいまいちなかった。


 ――まぁ、ええか!


 どうでもいいことは考えない主義。


「こりゃ今年はマカダミアで決まりやな。あれには学生レベルじゃ勝てへんよ」


 扇子を仰ぎながら、もう勝負は見えたと解説者気取りのわいちゃん。


「ブラックユーモラスが参加しているようなもんやんか」

「えっ……そうなんですか。如月の能力も時間停止で結構厄介ですよ」

「みっしー、あれは能力とかの次元ちゃう」

「能力じゃないって…………」


 少なからず、いや大半が能力に頼る戦闘方式になる。


 その中で能力以外の部分とは何かと三嶋はピーンと来ていない。


「もはや、パワーの塊よ。走って殴られたら終わり。一発お陀仏コースで南無三」


 ――まさにゴリラよ。


「スピードもタフネスもパワーもけた違いや」


 ――あんなん反則やー。


「軽自動車対戦車みたいな感じや。戦争にも戦闘にもならんわ、お手上げや」

「なんすか……その超人ゴリラ……めっちゃヤバイ」

「だから、言うてるやん。めっちゃヤバイゴリラだって」


 涼宮強の強さが物議を醸しだす中、


「なんや………」


 サイレンの音が支部内に響き渡る。


 それは不気味で人を不安にさせるけたたましい音。


「大掃除の時間やな――」


 それを聞き草薙は席を立ちあがった。


「ほな、みな行こうか」


 草薙の指示を皮切りに隊員たちは動き出す。


 魔物の出現予測をもとに位置を割り出し、

 

 大阪北部にある万博公園へ移動を開始する。


 暗い闇に姿を隠すように黒服の男達は空を駆け回っていく。


「田岡チン……年越しはうどんとそば、どっち派?」

「草薙さんは相変わらず緊張感がない……」


 この男に緊張感は皆無である。


「田岡チンは麺にはコシがある方が好きなんやな!」

「どうして、そうなるんですか……」


 周りを巻き込みずっと冗談を言い続ける。


「だって緊張感が欲しいゆうから! わかったわ、年越しはごっつバリかたのラーメンにしようか! 魔物なんてちょちょいのさっさで終わらせて年越しラーメン食おうや!」

「俺は、どっちかっていうと、そば派です」


 それが周りの隊員にも聞こえるような大きい声で行われる。


「後だしやんか! おまけにキャラは薄だしやん!」

「余計なお世話ですッ!」


 みんながくだらないと言わんばかりに頬緩める。


「なに言ってんだか……草薙さん」「薄だしって」「あの人、アホや」


 魔物が出ようと草薙のスタンスは変わらない。


 それが戦闘の緊張感を緩和する。


 草薙が持つリーダーの素質でもある。


 だが、ソレはこの日で終わりを迎える――



≪つづく≫

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