第72話 雑魚が勝手に口を開いて意見してんじゃねぇぞッ!

 ――あぁ……お腹いたい……。


 田岡は車中でお腹を抑えて苦しんでいた。


 決して用を足したいとかそういものではない。


 不貞腐れながら片手運転する後輩と、


 チューインガムを風船のように膨らませるグラサン上司。


 それが同じ空間にいるだけで拷問。


 いつ後部座席から攻撃を受けるか分からない状況に胃が締め付けられていく。顔から汗が噴き出すほど痛みを訴えっている。田岡が出来るのは早く到着して終わりにしてくれと神に願うことだけ。


 しかし、神に願いは届かなかった。


「どうした……」


 ――頼むぜ……。


 目の前に連なる車の行列。渋滞である。


 田岡の脳裏に浮かぶのはナゼここで渋滞なんかしてんだよということだけ。


 工事の情報などは何もない。


 事故渋滞であれば予測不能だが、


 それともまた違うものだった。


 目の前に事故車両が見えてこない。


「田岡さん……交通規制っすね」

「なにやってんだよ、警察は!」


 田岡の怒りの矛先は眼前で誘導している警察へと向かう。


 赤く光る誘導棒を軽快に回して右折するように促している。


 その姿に眉を顰めたのが火神である。


「オイ、田岡……」

「なんでしょう?」


 名前を呼ばれギクッとする田岡。


 名前を呼ぶのは命令がある時。


 ということは、


 さっき、警察の文句を言ったから、


 もしかしてぶっとばしてこいとか言わんですよね、火神さん?


 と内心動揺する田岡。


「ちょっと車降りて聞いてこい」

「何を……です?」

「何をじゃねぇだろうがッ!」

「うぉッ!」


 田岡がわからなかったことにイラつく火神は後ろから助手席のヘッド目掛けて革靴の裏を見せながら蹴りを放った。それに連動するように田岡の身が揺さぶられる。


「なんで交通規制なんかやってんのかって、聞いて来いって言ってんだよ!!」

「ハイ、ただいま!」


 シートベルトを外し一目散に向かう田岡とその姿を軽蔑の視線で見送る三嶋。


 車内の雰囲気は最悪。


 法事よりも静かでギスギスした空間である。


 ――はぁ………外の方が気楽だ。


 そこから逃げ出した田岡はすぐに警察の元へ近寄った。


「ブラックユーモラスのものだ」

「どうも、お疲れ様です!」

「少し話を聞かせてくれ」

「ハイ、なんなりと!」


 警察手帳とは別の黒い手帳を見せる田岡。


 それはブラックユーモラスの一員であるという証明書。


 そして、誰もが知っている黒い制服が田岡の立場を如実に物語る。それに警察は敬礼で姿勢を正して対応する。ブラックユーモラスの世間的評価は高い。


 高くなければおかしい職種である。


 誰よりも強くなければならない上に命がけの職務。


 選ばれたものしか入れない自警団。


 その権力は創設からわずかな十年程度の時間しか経っていないとはいえ絶大な効果を発揮する。


「いったい、何故ここで交通規制をしている?」

「魔物の発生予定がありまして……その件で来られたのではないんですか?」


 警察の反応で田岡は状況を理解した。


 この交通規制は魔物出現予測による避難誘導ということを。


 そして、その魔物退治がブラックユーモラスへ依頼が行っているということ。


 この世界ではあまり精度は高くないがゲートの感知技術が開発されている。


 まだまだ謎多きの異世界とのゲートについて、微量な因子の変化を感じ取り凡その時間と場所を割り出すことまでは整っている。


 あの夏の日の様に――


 田岡は急いで火神に報告へ戻った。


「どうやら魔物が発生するようです。すでにブラックユーモラスへの連絡は済んでるみたいです」

「そうか」


 田岡の話に火神はポケットから携帯を取り出す。


 三嶋は田岡の報告に耳を傾けながら火神の動向を伺っていた。


 電話口から微かに漏れる女性の声。


『お疲れ様です、火神さん!』

「志水、大阪市内の魔物発生時刻と地点を教えろ」

『ハ、ハイ、ちょっと待ってください!』


 志水は突然の連絡に困惑した。


 支部には連絡があったが、


 火神がどうしてそれを知っているのか分からないが為に対応が遅れている。


『30分後の大阪港付近です!』

「わかった。それはコッチでやるから支部内のお前らはトレーニングをしとけ」

『わかりました!」


 電話を切った火神に運転席の三嶋が、


「コッチでやるって、」


 顔を向けて決まった内容に水を差し始めた。


「草薙さんの法事はどうするんですか!?」

「はぁ?」

「時間に間に合いませんよ!」


 三島の問いに憮然とした表情を返す火神。


 田岡はすぐにその気配を察知した。


「三嶋、今は魔物討伐が優先だ! 法事を優先するバカがどこにいる!?」

「なっ! そんなの――ぐぉッ!」


 三嶋が反論しかけた瞬間に後頭部に振動が襲った。


 先程の田岡と同様の事故である。火神のキックがヘッド部分に炸裂した。


「雑魚が勝手に口を開いて意見してんじゃねぇぞッ! 三嶋!!」

「そうだ、三嶋! お前は!!」


 火神の罵倒に乗っかるように声を出し、後ろで火神へ低頭ていとうする田岡。余計なことを喋るな、火神さんの指示に従えと言っているようなものである。

 

 ――なんなんだよ……ッ。


 それに三嶋は心底納得いかないがハンドルに手を掛けた。


 三嶋としては支部内に人員が居て連絡も言っているのだから、自分らが行く必要がないし、草薙さんの法事に間に合わないという時間的制約もある中での状況。


 ここで出しゃばる必要がどこにある?


 と内心不満だらけである。


「田岡!」

「ハイ!」

「お前、いったい三嶋にどういう教育してんだ!!」

「スイマセン!」

「帰ったらしっかり教えておけ!!」

「わかりました!」


 田岡は威勢よく返事を返し罵倒をやり切り助手席へと戻った。


 しかし、田岡は火神の意見に賛同している。


 三嶋の考え方の方が間違っていることがよくわかってるからこそ、


 火神の正しさが良く理解できている。


 そして、火神という男をよく理解している。


 火神という男は言い方ややり方は乱暴だが――


 やっていることは間違いでないはということを。



 三人を乗せた車は渋滞の横を突っ切り、


 警察の交通規制を無視して、


 大阪港へと進んでいく――



≪つづく≫

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