第66話 バレンタイン大作戦! —ドキドキ初体験—

 一人暗く染まる道を歩いていく。


「悪いことしちまったな……」

 

 俺が行ったときには涼宮家には灯りが付いてた。


 おそらく美咲ちゃんももう帰ったのだろう。


 家から騒がしい音もしてたし、


 結局のところ俺は彼女と会えずにバレンタインデーを終えた。


「悪いことしたな…………」


 彼女が俺を探していたということに胸がチクリと痛む。


 知らなきゃいいことを知ってしまってるが故に痛みを覚える。


 彼女が俺を好きだということ。触れなきゃよかったと後悔をする。


 触れればわかってしまう――ソレが俺だから。


 そして、その度に後悔を繰り返し不幸を味わうのが、


 俺だから……


「本当使えねぇな、この能力は……」


 人の気持ちってのを知るっていうのは罪なことなのかもしれない。


 本心なんてものは誰もが隠したいものでソレに触れる俺は厄介者でしかない。


 おまけに俺の能力にはONとOFFがない。いつでも発動している。見たくもないものを見てしまう。知りたくもないのことをいつも知ってしまう。


「ん……?」


 視線が取られた。私服を着た少女。ファーのついた茶色のコート。チェックのマフラー。黒いニーハイソックスにコートの下に見えるピンクのスカート。


「ハァ…………」


 寒空の下で手を吐息で温めている――


 さらさらな黒いショートカットとさくらんぼのような髪飾り。


 俺の家の前でその小さい少女が冷えてしまった両手を白い息を出して温めている。自分と同じように買い物袋を持って耳まで真っ赤にして誰かを待っている。


「せんぱい……出てこないかな……」


 ――こんな所にいたのか………。


 自動ドアの前で中を覗く姿が可愛らしい。


 思わず頬が緩んでしまうほどに愛らしい。


 俺は静かに彼女に気づかれない様に向かって歩いていき、


 一緒になって後ろから、


「早く……来ないかな……」


「こんなところで――」


 セキュリティがかかっている自動ドアの覗き込む。


「何してるの、美咲ちゃん?」

「せっ、せぇんぱい!」


 急に声を掛けられたことに体をびくっと震わせて、


 飛び上がるほどに驚く彼女の反応がおもしろくて、


 慌てる彼女を前に俺は微笑みを向けた。


「い、いや、あの~、たまたま買い物で近くを通りかかったら、素敵なマンションがあって、あったので! そ、それで、それでちょっと中がどうなっているのかなと思いまして、覗いていたんです!!」


 必死にごまかす彼女がつく嘘が俺を和ませる。

 

「確かに結構おしゃれなマンションだよね、ココ」

「そ、そうですね!」

「美咲ちゃんはマンションとかに興味があるの?」

「興味あります! 一人暮らしとかに憧れています! うちの兄から解放されたいので!!」

「そうか」

「そうです!」


 必死に思いついたことを喋り動揺する彼女への笑いを堪えながら、


 俺は彼女の嘘にのかってあげて笑みを返す。


 彼女が『誰』を待っていたのかぐらいわかってる。


 それがわかっているから、


 真冬で寒い風が吹くのに胸の内が、


 胸の奥が、


 ――温かくなっていく。



 どれだけどこを探しても見つからないわけだ――灯台下暗し。

 

 彼女は頭がいい。俺に会える場所を探して待っていた。


 必ず俺は家に帰る。


 ここで待っていれば一番会える確率が高いって思ったのだろう。


「このマンションが気になるの? 中とか見てみたい?」

「えっ……一人暮らしの参考に見れれば助かりますけど……」

 

 会えないと思ってたせいもあるかもしれない。


 彼女を探していた時間があったせいかもしれない。


 気の迷いってやつのかもしれない。


「じゃあ、ここは――」


 俺はポケットからマンションのキーを取り出し回して見せる。


「俺の住んでるマンションだから中を見てみる」

「えっ!? いいんですか!!」


 彼女が俺を待って体を冷やしていたのが、


 気掛かりだったのもあったのかもしれない。


「美咲ちゃんなら、いいよ」


 俺はセキュリティキーを差し込み自動ドアを開け、


「どうぞ」


 彼女を招き入れる。


「お、お邪魔します!」


 買い物袋を持ってガチガチに緊張する彼女を乗せてエレベータが動き出す。その中、手ぐしで髪を整える彼女。俺はエレベータの窓に反射して映るそんな彼女の姿に癒されていた。


 

◆ ◆ ◆ ◆ 



 少女が異性の部屋に上がるなど初めての経験である。


 おまけにそれが好きな男性の家となれば、


「ここが俺の家」


 なおさら心臓が高鳴るというもの。


「ハ、ハイ!」


 ガチガチに緊張する少女の前で優しい笑みを浮かべる男は扉を開き招き入れる。


「うわー……」


 目の前に広がる男性の部屋に少女は目を輝かせる。


 そこには一本道の廊下の先に広がるリビング。


 そして横に襖で仕切られた部屋が一つ。1LDKの構造。


「一人暮らしっポイ! すごくキレイお部屋ですね!」

「そうかな……ハンガーあるからコートとマフラー貸して」

「お、お願いします!」


 緊張が解けぬ少女を前に男は愛でるように微笑みを浮かべてコートを受け取り、ハンガーにコートとマフラーをかけてあげ暖房を入れている。


 コートを脱ぐと小さい体に大きめの白のニットが顔を出す。


 気合を入れておめかしをしてきた、少女である。


 リビングに広がる光景に目を回す少女。


 黒塗りのソファーに緑色の絨毯。


 大きい本棚に所狭しと埋め尽くされる本。


 4人掛けのガラスのテーブルの上に、


「これって……」


 PCが置かれ写真が積まれている。


「あっ!」


 男は動揺して写真に手を伸ばす。


 仕事の途中で買い物に出たままだった。


「せんぱい………」


 目を細めて男を見つめる少女。


「どうして……」


 先程までウキウキしていた気分が一気に盛り下がった。


「兄の写真が大量にこんなに……」


 必死にごまかさそうとする男。


「いや、ちょっと! これは! なんっつうか!!」


 じー、と訝しむ少女。


「………………」


 先程とは打って変わって立場が逆転している。


「別に構いませんけど……先輩は生粋の変態さんですから」

「なっ! ちょっと待って誤解してるって!」


 縦に積み上げられた大量の兄の写真。


「「誤解も何も別に女装が趣味で男性が好きでもいいじゃないですか」


 少女の中ではホモ疑惑が若干残っている。


「むしろ趣味が一貫されてていっそ清々しいくらいですよ」

「そうだね……どうせ変態ですから。これぐらいいいかもしれないね」


 男が拗ねたように呟く姿に少女は緊張から解かれくすくすと笑っていた。


 男は写真を片付けPCの電源を落として台所に向かう。


 取り繕うことをやめ、買ってきたココアにお湯を注ぐ。


 彼女の冷めきった体を温めるために。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ソファーに二人で座り、湯気が出るココアを飲んでいく。


 音のない空間。テレビもつけず音楽もかけずに、


 ただ二人の熱いココアを冷ますように吹き付ける息だけが響く。


「先輩、そういえば」

「何?」

「今日は何の日だか知ってますか?」

「今日はバレンタインデーだね」

「チョコとか貰ったんですか?」

「いいや、さっぱりだね」


 少女はその答えを聞いて嬉しそうに、


「じゃあ、私が先輩の――」


 買い物袋からチョコを取り出した。


「チョコ第一号ですね。ハイ、先輩」


 微笑み合うように見つめ合う二人。


「ありがとう」


 驚くほど自然にチョコを渡せたことで少女も自覚をしていなかった。


「私の方こそ、いつもありがとうございます」

「こちらこそ」


 だが時間がたつに連れ、また緊張が彼女に戻ってきた。


 ――わぁ……キレイ………。


 自然と見つめ合ったことで櫻井の顔がよく見えてしまったが故にぶり返す。


 ――睫毛まつげ長い……ッ!!


 顔立ちの整った風貌。そして優しい目が自分に向けられていると。


「せ、せんぱい! ココアありがとうございました!」


 顔を真っ赤にして立ち上がり台所へと逃げるように歩いていく。


 その姿を男は微笑んで見送る。


「コップは置いといて、後で洗っておくから」

「いいですよ! ごちそうになったんですから、せめて洗わせてください!」


 律儀にも顔を真っ赤にした少女は誘いを断る。


 自分で使った食器を洗っていくことで少しづつ平常心を戻していく。


 手慣れた動作、日課の動きが、動揺を消していく。


 だが動揺が消えたことで見えてきた。


「先輩……ちゃんと料理してますか?」

「えっ?」


 やけに台所周りが汚れていない。


 それにシンクも綺麗で水垢ひとつない。


 少女は自然と下の戸棚を覗いてみる。


「あんまり料理してませんね。今日は何を食べるつもりだったんですか?」

「何って……」


 男の頭にあるのはバランス栄養食。


 男の一人暮らしであるが故に大体作るとしても凝った料理を作ることはない。手の込んだものといってもカレーぐらいである。少女は自然と冷蔵庫を開けて確認した。大体の食材を見れば何を作るかわかる。


「プロテインと……調味料しかないじゃないですか……」

「いや……今日は作る気がわかなかったから」

「先輩、エプロンをお借りしていいですか?」

「えっ、別にいいけど……」


 了承を得た少女は台所にあったエプロンを手にして身に着けた。


「いつもお世話になってるしバレンタインデーだから特別です。作ってあげます」

「マジで?」

「ちょっと待っててください♪」



≪つづく≫

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