第67話 バレンタイン大作戦! —健全な男子高校生の反応—
俺の家で不思議なことが起こっている。
なんなんだろう、この状況は……。
「先輩、ダメな食べ物とかありますか?」
「いや……特にこれと言ってはないけど」
「じゃあ、カルボナーラでもいいですか」
「う……ん」
自分の家の買い物袋から食材を取り出して彼女は俺の台所に向かう。
「すぐ作っちゃいますね♪」
どこか生き生きしている。
白いニットなのに汚れたりしないか心配ってのも若干あるが……
エプロン姿が良く似合う――。
元から可愛い後輩がより可愛く見えちまう。
「いかん……いかん」
――自制を働かせないと。落ち着け、落ち着けオレ。
たかが女の子が家に来て、俺のエプロンを付けて、
料理を作ってくれてるだけじゃないか。
――ソレだけのことで何を動揺している、オレ。
ココアを一口すすり台所に目を向ける。
「ふふん、ふーん♪」
彼女が楽しそうに料理をしている。
初めて使うキッチンなのに調理器具などすぐに見つけてなんなくこなしていく。手際がいい。次々と食材が料理されていく。鼻歌交じりに体を揺らして全身で表現しているように見える。
料理が好きだってことを――
「これはわかるかもしれん……」
彼女が偶像崇拝されて宗教染みた信者たちを獲得するのも納得できる。
人が輝く時ってのは、好きなことをやっている時だ。
彼女の輝きが一番増す瞬間が――
料理をしている時なんだろう。
ゲレンデマジックというものより、
俺はエプロンマジックの方が、
より強力だと思う。
それが自分ちの台所でやられれば、なおのこと破壊力が高い。
一言で感想を述べろと言われれば
――かわいいだ。
それ以外、的確なものが思いつかない。
「先輩、飲み物はいりますか?」
彼女が料理を終えたようで食器に盛り付けを開始した。
「お茶とかあればお茶作りますけど?」
「あぁ、水しかないから水でいいよ………」
「は~い」
――何、コレ? 新婚さんみたいだよ……。
あまりに甘酸っぱい空間に顔の筋肉がピクピクとする。嬉しいという感情なのか、気恥ずかしいという感情なのか、なんと言えば分からない心地よくも何か落ち着かない。
「はい、お待たせしました!」
「あ、ありがとう」
「いっぱい食べてくださいね♪」
温泉卵が乗ったカルボナーラ。
バジルがパラパラとかかっていて色合いも良く見える。
「では、頂きます………」
俺はフォークに二、三回絡めてから口に運んだ。
毎度のことだが、当然出る言葉はひとつ。
「うまい!」
「うふふ」
心からの言葉だった。何食っても彼女の料理はうまい。
フォークが止まらずにクルクルと回る。
「うぐっ!」
「慌てないでください、ほらお水です。先輩」
手渡された水に手を伸ばす。配慮が行き渡っている。
水を流し込むように飲み込んで喉につっかえたものを流し込んだ。
「ゆっくり食べてくださいね」
目の前に見える景色に俺は食事に夢中になって気付いていなかった。
「――――っ」
――何か破壊力が高い!?
彼女がどんな顔で俺を見ていたかってことに。
「どうしたんです、先輩?」
「い、いや………」
俺の顔が少し熱を帯びた。
優しい笑みでこちらをじっと見つめている。
彼女の目は透き通っていて何か見透かされているような気分になる。
「ご、ごめんなさい! また私食べてるところずっと見ちゃってましたね!」
「あっ、うん」
焼き肉の時に俺が言った『食べられるのを見られると緊張する』と言ったことを思い出したように彼女は慌てて台所に戻っていった。
――そういうことで照れたわけではないが……助かった。
彼女が洗い物をしていてくれてるようだ。
俺は、一人もくもくとカルボナーラを味わった。
なんという、深い味わいだろうか。単なるパスタなのに。
一口入れる度に次が欲しくて堪らない。濃い味付けの中でスープのように喉を潤すホワイトソース。時折、主張してくるバジルと言う香草。卵の半熟具合が抜群でパスタの麺に程よく絡みつく。
――うまい、美味すぎるッ!!
あまりのうまさに食事にしか集中できん!
「ごちそうさまでした」
気が付くと、数分で俺は食事を終えていた。
「お粗末様です。食後のコーヒーなどはいかがですか、お客様」
「頂くよ♪」
「はい」
――あー、ダメだ。こんな日が俺にも来るなんて想像をしてなかった。
料理の味への満足感と満腹感と、
女の子が家で食事を作ってくれるという状況が、
何かを俺に錯覚させている。
「コーヒーです」
「ありがとう」
二つ分のコーヒーを入れて彼女もソファーに座る。
料理を終えて、ひと段落ということなのか、エプロンはもう外していた。
「これは強が……美咲ちゃんを離したくない気持ちがわかる」
「先輩も私を家政婦扱いする気ですか?」
彼女がイヤそうな顔をして俺に問いかけた。
「そういう意味じゃないよ。素直に褒めてるんだよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます♪」
いつも通りの彼女とのやりとりはどこか心地いい。
コーヒーを飲む姿を見つめた。
「チチっ……ふぅーふぅー」
熱いのが苦手なのか少し舌を出して冷ましている。
その姿が微笑ましく、愛おしい。
『君が幸せに生きられる生き方を見つけて欲しい』
銀翔さんからの言葉が頭を過った。
少しくらい欲を出してみてもいいのかもしれない。
俺が幸せになってもいいのかもしれない。
バレンタインデーという雰囲気と――
俺の家である雰囲気が俺を少しおかしくしていた。
「あの、先輩――」
彼女は何かモジモジしながら言いたげなことがあるようだった。
「なに?」
なんとなく言いたいことがあると分かり、
いつもの俺なら言葉巧みに誤魔化すはずだった。
けど、何か警戒心が俺には無くなっていた。
「先輩って、イマ好きな人はいるんですか!」
彼女が勇気を出して聞いた質問だったのだろう。
「えっ――」
しかし、それは俺を現実に引き戻すに十分なものだった。
――好きな…………ひと。
好きな人はいた。忘れてはいけない人。
俺の記憶から絶対に消えない人。
赤い長髪、金の髪飾り、
そして、宝石の様な赤い瞳。
記憶の中で俺が殺した彼女が囁いた。
――『うらぎりもの』と
自然と口が動いた。
「――いるよ」
それは呪いじみた答えだった。
「それは先輩のヒロインのかたなんですか……」
「そうだね」
厳密に言えばそうだっただ。でも、彼女にソレを言う必要はない。
「……そうですか」
彼女は俺の前でしょんぼりとした様子を浮かべた。
――コレでいい。
幸せなど願う権利なんて俺にはない。
ソレを忘れて生きていくことなんて、出来るわけがない。
俺は心を悟らせない様に平静な仮面を被る。
◆ ◆ ◆ ◆
「よっと………」
美咲はソファーを立ち上がる。
空気が重くなってしまわないように、
表情を読み取らせない為に。
――いるんだ………好きな人。
聞かなきゃよかったと後悔しても、口から出したものもう元には戻せない。
なんとなく学園対抗戦の時には気づいていた。
櫻井には忘れられない誰かがいることを。
「いっぱい本があるんですね」
空気を変えないように話題を変えようとして、
本棚に手を伸ばした。
「あれ………っ!」
その瞬間に大きな地震が起きる。
地震はブラックユーモラスによる戦闘によるものが原因だった。その日誰かが大きなストレスを受けたことによる魔物発生。グラグラと揺れる本棚。
「アブねぇ!」
咄嗟に櫻井は美咲をかばうように動き出す。
美咲は自分に倒れてくる本棚の前で立ち尽くして目を瞑った。
――間に合わねぇッ!
櫻井に動揺が走る。
距離が短いが突然のことに対応が遅れている。
足に力を込め一歩でも早く縮める為に飛んだ。
――間に合えぇえええ!
飛んだ姿勢から本棚の端を回し蹴りで横に蹴り飛ばす。
「クッ!!」
空中での無理な体勢での回し蹴り。
そして、手を伸ばし美咲を抱きかかえるようにして引き寄せた。
「アイテテ……間に合った」
櫻井の上にのっかるようにして抱きかかえられる美咲。
咄嗟の行動であるが故に無意識での対応とわかっていても、
ピンチを救ってくれた男の抱擁は乙女にぐっと来るものがあり、
「は、はわわわ――」
動揺が走る。
「大丈夫、美咲ちゃん?」
「だ、だい、大丈夫です」
「ご、ごめん!」
櫻井も美咲が顔を真っ赤にして焦っている状況に抱きかかえてしまったことにすぐさま気付いた。慌てて手を離すと彼女の大きめのニットからうっすらと水色のブラジャーと胸部が覗き込む。
――くぅッ! 目に毒だ!!
だが櫻井は鉄壁の仮面を持つ男。
――仮面を被れ!!
すぐさま平静の仮面を整える。
「よかったよ……無事で」
伊達にデスゲームを生き残ってはいない。
「わ、わたしこそ、ごめんなさい!」
美咲が慌てて状態を起こすことにより
「うっ…………」
下腹部にムニっというこすりつけるような衝撃を受ける櫻井。
だが平静な面を保ったままである。
――なに……?
しかし、美咲を違和感が襲った。
「は、は、わ、あばば、ば」
口をパクパクとして全身を真っ赤に染め上げる美咲。
「ご、ごめんんさい!」
すぐさま起き上がり買い物袋を手に持ち、
コートとマフラーを取って全速力で、
「し、失礼いたしましたぁあああ!」
一目散に逃げるように出ていった。
「…………ぁあ」
平静な面を保ったまま仰向けに寝転ぶ取り残されるピエロ。
美咲は半泣きになりながら家路の道を走り抜ける。
「なんなの、あれ――」
美咲は怖かった。知ってはいても怖かった。
「な、なんか――」
男性に対する抵抗力がないゆえに恐ろしかった。
下腹部で何か蠢いていたものが――。
さすがのピエロも顔は平静でも、
「ムクムクしてたぁあああああ!」
体は健全な男子高校生だった――
≪つづく≫
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